哲人皇帝を偲ぶ令和市民

 ある日の夕暮れ時、僕は四日後、図書館へ返却しなければならないのに、積読つんどく(=読まずに放置している本の意。※自社調べ)となっていた本を読んでいた。

 明治大正のならいざ知らず、教養主義が壊滅状態にあるとされる昨今では「それは仕方ないね」と言ってくれると信じて書名を明かそう。


 ローマ帝国皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスの『自省録』だ。


 ローマ五賢帝の最後の一人であり、「哲人皇帝」として知られている。

 案ずること勿れ、僕は何も講義録を書いている訳ではない。

 このノートはあくまでも、古今東西の名作に触れ、感じたことや執筆を通して思った事を書き連ね、ゴールであり始まりでもある約束の季節・夏を目指す一つのドキュメンタリーとするのが目的である。


 そのため、ローマ史やストア哲学について、あれこれ書くのは筋違い。

 この決断を後の人が残念がるような人になりたいね。


 このノートの冒頭から読んでいる者が存在すると仮定して筆を進めるが、察しの良いなら「また自分を皇帝だとか言うのか」などと呆れているかもしれない。

 まちゃれまちゃれ。麻呂は何も、かような絵空事を糧として日々を生きておるわけではあるまい。


 僕と哲人皇帝との最大の共通点は、労役ではなく文芸の道を心の憩いとして上に見ていたという点である。

 彼はどうやら皇帝として生きることを望んではいなかったようで、その「日常」とは別の、理想な世界である「哲学」を熱心に学んでいたという。

 これは今の僕に非常に近しいものがある。

 ある種、宗教的二元論を彷彿とさせるほどに、日常と執筆を乖離させ、己の精神を生かしている。

 有り体に言えば「生きがい」であり「ライフワーク」だが、これまた昨今では発言者のマイナスイメージから、用いるのを憚れる単語だ。


 働きたくないでござる!と書くのは簡単だ。

 だが一方で執筆は一日でも早く仕事にしたいと考えている。

 これも真新しい考えではないが。それはYouTuberへの幻想を見れば明らか。


 そのためにも、パクスロマーナ<ローマの平和>を生きた哲人皇帝を知るのは有益だろう。

 ストア哲学とはストイックの語源となったことからも、その大まかな思想体系を察することができる。それを皇帝の身分で実践しようとしたのだから、なかなかの人物だ。

 昭和天皇も『耐え難きを耐え、忍び難きを忍』ぶことを望まれた。



 僕にとって執筆とは、たまさか見出した世界であって、確かに幼い頃から読書はしてきたけれども、僕は書くつもりは無いという主張を持っていたので、名実ともに偶然の産物なのだ。

 その状況にすこぶる感謝をしつつ、神に仕えるが如き神聖さでもって、信者を作り出してゆく所存。信者は文字通り儲けに繋がる。

 古代ローマはいざ知らず、古代ギリシャにおいて、哲学は余暇のある市民階層の特権的行いであって、奴隷に哲学は出来ないとされた。

 そういった側面が、学問・芸術一般を労働・日常と区切らせるに至ったのだろう。

 パトロンがいなければ、ダ・ヴィンチと言えどもルネサンスの実行は無理難題。


 つまり、別世界とも言うべき物事を見つける事と同様に、それを継続するのもまた、一部の人間にしか出来ない所業であって、それはネタ切れという身近なものから、何らかの妨害といった他者・世論によるものまで幅広い弊害がそこかしこに潜んでいる。

 そんな中、ただ一心に<あの夏>の訪れを心待ちにし、受動態に陥ることなく、日々執筆に励むという事自体が貴いものであることを今一度認識し、進み続ける所存。

 死ぬまで執筆しているかは分からない。

 先述したように、ネタ切れもあり得るし、執筆以上の関心を持つものを見つけるかもしれない。あるいは執筆する時間・体力などが何らかの理由で一切取れなくなる可能性も否定できない。


 だからこそ

 だからこそ、クリスチャンで言う所の「復活の時」を待ち望んで戒律を遵守するように、あの夏の澄み切った大空を全身でもって味わうその時までは書き続けなければならない。

 たとえそれが語彙を弄ぶ行為とみなされようとも、立場と矛盾してもなお、貫き通したマルクス・アウレリウス帝を思い出し、季節を変えなければならない。

 あの夏の到来を実感した者こそが、使徒となることができる。

 それは暦や元号といった「時」を支配する者が、最高権力者たる皇帝・天皇となった事からも分かることだろう。

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