来年の夏が生きられる

 僕は久方ぶりにこの手記を手に取った。机の真ん中の引き出しにしまっておいた、俺の執筆に伴う感情の記録・日記から離れていた俺は、何だかえらく遠方から帰ってきたかのような郷愁の念を感じざるを得なかった。

 なぜ俺は日記を書かなくなったのか。日々が忙しくなったから?

 それもあるだろうが、実際の所はもっと精神的問題だ。「執筆への原動力が変わった」のだ。

 執筆を始めた当初、僕はこの世界に生きてはいなかった。死に時を常に求め、執筆においても「どうせ死ぬのだから、書いてみるか」といったようなマイナスからの出発だった。

 心の闇を文字通り、昇華するための、自分にしかできない健全な開き直り先。執筆だけで、己の精神不安を解消・払拭しようと本気で考え、読者評価が僕の命を繋いでいた。「死ぬこと以外はかすり傷」という言葉があるが、僕の場合は「かすり傷がつけば即END」のスタンスでもって一瞬を過ごしていた。


 だが今はそうではない。もちろん、まだまだ僕には不安がある。依然として労働への苦手意識は僕に棲み付いており、数ヶ月も経たない内にまた苦悩の日々が続くのだろう。

 だがしかし、今の僕には以前感じていた一種の希死念慮などほとんどなく、趣味の拡大解釈とでも言おうか、ライフワーク的視点で創作に挑みだしたのだ。

 だから僕はこの手記をしばらく放置したのかもしれない。徐々に変わっていた心を文字にして捉え直した今、僕は真の意味でweb作家となれたのかもしれない。

 命の預け先ではなく、共存のすえに命を絶やす平穏無事な世界へと。


 時は確実に流れている。季節はすでに夏の盛り。今年の夏も残すところあと一ヶ月といったところだろう。今年の僕は執筆はもちろん、その他の方面でも、以前時折使った表現を用いれば「下剋上」はできなかった。

 だが、僕は幸いにも来年の夏への布石を打つことに成功した。

 ある出版社の新人賞へ応募しているのだが、その応募方法は大きく分けて二つ。

 一つは従来同様、原稿用紙を郵送で。もう一つは小説投稿サイトから。

 僕はもちろん、投稿サイトから応募してるが、一つ自慢できることがある。

 そのサイト内での応募作は現時点で30作を越えているが、その中で僕の小説の人気ランキングは一位なのだ。

 まだ、この新人賞は開設されて10年も経ってはいないのだが、見たところ前後500作ほど毎年応募されているようだ。という事は原稿用紙の作品に圧倒されるかもしれないが、無理難題ではない可能性が現時点では十分にある。

 様々な人や読者、そして作品に場所。執筆を通して僕は時の流れに取り残されることなく、少しずつ違った景色を見ることができている。

 そうしたことに気づかせてくれるという点でも、この手記を書き始めたのは間違いではなかったと言えるだろう。まだ見ぬ夏を飛翔するまでは絶対に停まれない。

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