感受性の高まり 浄化の先には

 夏を三分割するならば、その序章たる水無月の終わり。僕は映画館にいた。言わずと知れた名作アニメーション『風の谷のナウシカ』を観るために、街へくり出したのだ。

 僕がチケットを購入した放映時刻は午後14時からのもの。だが、映画館のあるショッピングモールに到着したのは午前11時。

 なにゆえにこうも早々と着く時間に出掛けたのかと言えば、昼食を喫茶チェーン店でとるつもりであったからだ。

 これだけではかなり言葉足らず。その喫茶店で長居するつもりであり、そこで何をするかと言えば執筆だと決めていたのだ。

 それも12時の昼食時までにあるものを購入しておいて。


 嫌に回りくどい言い方が目立つので、その物を明かすと、折り畳み式のBluetoothキーボードだ。

 普段から感じていることだが、僕は執筆するに当たって、スマホから入力するよりも、パソコン、すなわちキーボードからの方が数倍効率がよく、それに伴って、脳内での創作の種だ「言葉」になるのも早かった。

 しかし、それを外でなると重量や荷物のかさばり等の理由から、やはりスマホに頼らざるを得ないのだった。


 それが今回、持ち運び簡単なキーボードを購入したことで、本当の意味での「小さなパソコン」と化したのだった。

 早速喫茶店で開封し、パスタが出来上がるまでの数分で接続する。折り畳めば文庫本サイズであり、いささか値は張ったにせよ、よい買い物であったとブレンドコーヒー片手に痛感したのだった。

 そしてチー牛ならぬ三種のチーズパスタを食べ、再び広くなった机にまたもやキーボードをセットする。意識高い系の人口数値を上げてしまったが。


 そしてとうとうやって来た14時の高等遊民タイム。いや、独身貴族と表現してもいいだろう。幾度となく観てきた、それも個人的に一番好きなジブリ映画。これを道楽と思わない人の方が少ないだろう。もちろん仕事でもないのだが。


 だが、数時間後、正確には視聴中もだが、本当に驚愕した。

 僕は初めてナウシカで泣いていたからだ。それもクライマックスだけでなく何度も。

 名作なのは当然として、映画館の大スクリーンと音響のなせる魔法。ソーシャルディスタンスの一環として前・両隣があらかじめ空席でなければバレていただろうが、実際はお手洗いで確認したところ、花粉症か説教後レベルで瞳が赤くなっていたので、映画館内ですれ違った人には言わずもがな、これほどまでに感動した記念として、王蟲オームのおもちゃも買ったので、映画館外でも、その袋のせいで号泣したことが一目瞭然だった。

 その後30分はただ茫然とベンチに腰掛け、内心では名作視聴後特有の虚無感・カタルシスに浸っていたのだが、客観的に見れば、人通りの少ないベンチで放心状態というのが正確なところだ。


 己の感受性が高まっている。そう実感する。確かにだいたい1年くらい前から、アニメなどで泣くことが度々あった。鳥肌はもっと以前からあるのだが、涙を流すのは僕の精神性を語る上では特異なことだ。


「年を取れば涙もろくなる」とはどこかで聞いたことがあるが、まさかこんな早くに訪れるものでもなかろう。老いていると自認する人より、健康だと思っている人が確かに健康だというので、ここでは成長と捉えておく。

 そしてその成長は、他でもない様々な名作コンテンツを享受・咀嚼そしゃくし、その上、今度は自ら創り出そうとしているこの状況の賜物であるとみて間違いは無いだろう。


 ナウシカのように自然本位に、慈しみ深く生きたい。宮崎駿のような人を泣かせられる創作者になりたい。そういった思いを忘れない為にも、王蟲のおもちゃはパソコンのあるデスクの左側に飾っている。

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