Point of no return.
初めて僕は自らの小説によって報酬を得た。金額は数十円ほど。
だが、アルバイト代数万円を手に入れたあの時よりも感慨深いのは、本当にしたい事を行い、また、執筆で稼いでいる専業作家やそうでなくとも換金できるくらいに人気な作家は星の数に勝るとも劣らず存在しているにもかかわらず、「自分にしか書けない」ものを
そして更に楽しみなのは、いささか下世話な話だが、今回付与された金銭は、執筆開始した当初、すなわち4月分であるのだから、それから着実に読者が増えていった5月、そして我が人生において空前絶後の着火点6月。
世界中で感染症が
それが最終地点ではないにせよ、書籍化という大いなる目標。
今の僕にはもう執筆を辞めることは出来ない。
帰還不能点はもうとうに過ぎ去り、仮に天下を取れず、その表舞台に名をはせる事さえできないにしても、ルビコン川は既に渡っており、賽は投げられたのである。
デロリアンが鉄道によって破壊された現代。僕の人生が「ドリーマー」として良くない方向に進んでいようとも書き続けなければならない。
ドクことエメット・ブラウンが第三作ラストに「君の未来はまだ決まってないということ。誰のでもそうだ。未来は自分で切り開くものなんだよ。だから頑張るんだ」と熱く語りかけたあの言葉を信じて。
僕が初めて『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を知るに至ったのはテーマパークUSJにアトラクションがまだあった時分だ。
もうその頃にはホームズに傾倒しており、将来は本気で科学者となるつもりでいた。
ニュートンやアインシュタインを泰斗とする理論物理学や、エジソンのような実験科学にも興味を抱き、お小遣いをそういった類の書籍であったり、ホームセンターで実際に実験機器も買ったりしていた。
そんな時にそれらの象徴たる世界観を一身に浴び、惹かれないはずはなく、僕は驚くべき行動に出たのだった。
カミナリの研究を小学五年生の時に本格的に始めた。「小5の調べものを研究などど……」と思うことなかれ。
ある日の放課後、当時それこそホームズとワトソンの如く多くの時を共にした友人K君とある公園へ行った。あるものを家に取りに行ってから。
その日の天気は秋の曇り空だった。その雲を眺めて「今日ならイケる」と確信し、K君の片足を棺桶に入れさせるような行動を実行する事に決めたのだ。
公園に着き、風はそう強くないのと技術の拙さから、僕は少し手間取っていた。
避雷針の設置に。
そう、僕は小学五年生の晩秋、落雷実験を行ったのだ。当初、アメリカの実業家にして発明家であるベンジャミン・フランクリンの実験を参考に、凧を避雷針にするつもりだったが、風を上手くとらえられず、仕方なく傘を括り付け、飛翔力と誘電性を増すことにした。
先ほどまでの天気は崩れ、避雷針の昇る天空は積乱雲で埋め尽くされた。木に避雷針を括り付けて、僕たちは距離をとって様子をうかがう。もちろんビデオカメラで録画もしていた。
その時、天気予報では雨など表示されていなかったにもかかわらず、雷鳴がとどろき、大雨が降り注いだ。
だが、よかれあしかれ、落雷することはついに無く、雷を生じさせただけで実験を終えることとなった。
ずぶ濡れの僕らは暖を取るべく、我が家へ向かい、その非日常を噛みしめながら、ゲームをしたのだった。
あの時も確かに自分史の分岐点であり、再び分岐しようという今、偶然か必然か思い出した。
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