「夏」を恋い焦がれる

 夏、それはあらゆる生命体にとって一番活発な時期である。草木が生い茂り、人々の気力は、その気温の如く、上昇してゆく。いにしえより現代においても、数多の作品は巧拙を問わず、夏を一大イベントとして、転換期として描き続けている。それ故に、日がな一日中、液晶パネルに映された、二次元美少女を愛でる、一見夏を謳歌していないように見えるヲタクでさえも、夏というある種の舞台装置は特別なものであり続けている。


 僕は科学に関する話題は、文系にしてはわりと好きだ。しかし、文系のための科学であるSF作品は、それほど観たことも、読んだこともない。高級なスポーツカー?を改造したタイムマシンに乗る青年と科学者を主人公とする映画は何度も観たが、それ以外はと言うと、事実思い出せない。


『イリヤの空、UFOの夏』


 これを知ったのは昨日の事だが、厳密に認知したのは、それ以前に一度機会があった。


 ここ最近はしばらく話していないが、高校生の頃、極めて優秀な成績を修め、社交的であるという、素晴らしい好青年な友人がいた。仮にTと呼ぶが、Tはその広範な知識からは意外に、全くと言ってよいほど、本を読まなかった。では、教科書を?違う。彼はよくゲームをしていた。天賦の才能と要領のよさが、彼を彼たらしめたのだろう。


 僕はTと深い友情を築いていた、と明言すると、いささか意味深だが、確かに親友であった。この過去形に関しても深い意味はない。

 Tは、真面目であり、ユーモアもある、時代が違えば、まさしく紳士的であり、ノブレス・オブ・リージュを兼ね備えた貴族といったような性格だった。


 そんなある日、我が校で「読書週間」という、読書好きでない生徒にとっては、タイムスケジュールが大幅に変更されることから、嫌悪さえ感じる数週間が始まる。

 Tはと言うと、日頃の読書習慣が無いだけであって、別段、苦を感じている素振りは見せなかった。


 僕はクラスに一人はいる、無類の読書好きだったため、日頃親しくしている、なおかつ、普段本を読まない人間が、読もうと思い立つ書物は何ぞや、と内心期待を膨らませていた。


 そう、『イリヤの空、UFOの夏』だった。


 往々にして、読書趣味のない人間が、こういった場合に陥ったとき、観察者としてはすこぶる退屈だが、世間の流行りの小説、映画化が決定した小説が持ち出される。


 しかし彼は、ライトノベルを選んだ。いや、ライトノベルを選ぶこと自体はそう珍しくない。我々の年代ではなく、また、そう書店でみかける訳でもない、少し古いライトノベルだったのだ。つまるところ、彼のれっきとした読書趣味に基づく、「蔵書」なのだった。


 観察者たる僕は興奮し、すかさずへと移った。


「どういう話?」

「SFで、ちょっと古いラノベ」

 公言していないが、僕には少し信者体質とでも言おうか、悪く言えばストーカー的側面があり、心から信頼を寄せる人物の愛好する作品を、自分も鑑賞し、語り合いたいという欲求がある。

 これはとりもなおさず、自分が語りたい作品を知っている友人がいなかったからである。

 「鳴かぬなら こちらが鳴こう ホトトギス」

 といった思考でもって、心のメモがあるとすれば、確かに僕は記録しておいた。


 しかし、SFを趣味としない僕は、メモを片隅へと追いやり、いくばくかの月日が流れた。


 そんなある日、よかれあしかれ、同じ毎日に退屈を感じた僕は、何か気を紛らわす、その上、自分の精神を肥やすような、有り体に言えば「神作品」はないかと、電子情報をさ迷った。


『イリヤの空、UFOの夏』


 再び邂逅する事となった、在りし日の僕が気になった、Tの好きな作品。調べてみると、YouTubeにて第1話が公開されていた。かつての親友が信奉した作品であろうと、流石の僕も、思考停止で「購入」をクリックするほど、社会性に難はない。そのために公式がわざわざ、1話限定で公開しているのだ。


 結論から言うと、話数の少なさからか、はたまた元々こういうシナリオなのか、あまりにも謎が多すぎる気がした。いや、そんな感想は結論ではない。本当の結論は「素晴らしい」の一言に尽きた。Tとこの作品の株が同時に上がったのだ。SFへの偏見が崩れ去り、ゼロ年代のアニメ文化の崇高さを再認識した。


 僕はこういった、昔の深い作品が創りたかったのだ。静かに読者・視聴者へと語り、人間心理のリアルさを見せつけ、場合によっては、純粋なハッピーエンドではない、ハッピーエンドを提示するような名作を。

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