プロローグ4「焔の乙女」


 その日、大陸の一角を統べる剣と英雄の大国————エクラスタ王国の更に外れ。


 たとえ、最高位Sランク冒険者や大戦を経て英雄と呼ばれる者すらも近付かない山岳の更に奥地。


 剣山の如く鋭く尖った山々が連なり、数多の竜種が跋扈ばっこする禁忌区域で一人の少女が発した、怒りの慟哭と大地を揺らさんばかりの轟音が幾度となく響き渡っていた。

 

「まったく、なんなのよ!! なんだっていうのよ!!」


 深紅の如く染まった赤髪と同じような顔色になるまで怒りに震えた彼女は、長髪を揺らしながら数十にも及ぶワイバーンの亡骸の上で吠える。

 

「あッの、馬鹿ッ!! 何が、俺は死んだから後はよろしく、よッ!!」


 彼女が荒ぶる度に、Sランク冒険者すらパーティでないと苦戦を強いられるワイバーンの首が次々に宙を舞う。


「いっつも、そうじゃない!! なんでもかんでも、面倒な事は私達に押し付けて、あの馬鹿師匠!!」


 彼女の手には右には全てを焼き尽くさんばかりの業火を宿す長剣を。


 左には、大蛇がのたくったような字で書かれた手紙があった。


 そして、彼女が怒り心頭になっている原因がまさに、その手紙である。


「しかも、この字! 絶対あいつ、酔いながら書いたわね! 文おかしいし、私の愛称そのままで書くんじゃないわよ!!」


 ウガーッ!と一人の少女が吠えた。


 けれど、急にしゅんと大人しくなっては、「ま、まぁ? 別にアイツが私の事、そんなに気になるってんなら良いけど……」と年相応のしおらしさも見せる。


「って、そうじゃなーーい!! はぁはぁ……、それより馬鹿師匠の事だし、どうせアイツらにも送ってるわよね……」


 黒く禍々しい巨龍の亡骸の上で、しばし考える。


 そんな時、一匹のワイバーンが巻き起こした風が手紙の端を切り裂いた。


「……ぁ?」


 すると、怒りに震えていた肩が徐々に静まり、徐々に笑みへと変化。


 その瞬間、誇り高き竜種の一つであるワイバーンが散り散りになりながらも必死になって逃げ出した。


 本能からくる絶対的な危機感。


 普通の剣戟など物ともしない灰色の強靭な翼を大きく広げ、我先にと他のワイバーンを蹴散らしてでも、少しでも前へと燃え盛る可憐な少女から距離を離そうとする。


「そう言えば、アイツが言ってたわね」


 彼女に呼応する様にどこからともなく業火が吹き荒れる。


 その死の炎は、大地を、亡骸を、空気を。


 全てを燃やし尽くす地獄の業火と化す。

 

「敵意を向いた相手には容赦はするな。一度目は寛容と脅迫を。そして、二度敵対したのなら」

 

 薄く笑みを浮かべる少女から発せられる、ワイバーンの吐く高熱の炎すら飲み込む地獄の業火。


「—————強者の余裕を以って地獄の底へぶち込んでやれ。だったかしら?」


 赤から青く、遂には純白の白へと変化し、全てを純白の雪化粧の様に静かに、荒々しく、燃やし尽くしていく。


 片手に構えた長剣が白銀に光り輝く様子はまるで勇者の一振り。


 だが、威力は勇者の一振りをも軽く上回っていく。


 笑みと共に上段から振られた長剣。


 余波で暴風が吹き荒れ、白炎が全てを飲み込んだ。


 白色の業火の勢いは大地を燃やす事にすら飽きたのか、今度は火に絶対の耐性を持つ竜種の一つであるワイバーンを一瞬にして溶かす。


 竜は適応する土地に対応する事で、各々に属性に対し、絶対の優位性を持つ。


 彼女が敵対しているワイバーンに至っては火口で産まれ、長い年月を過ごす事で、鱗は鋼鉄の如く硬くなり、けれど、柔軟なしなやかさを持つ、炎に対しての絶対の耐性を手に入れるのだ。


 生半可な炎属性魔法等で攻撃すれば、それこそ逆に吸収され、ワイバーンの力の糧となる程に。


 けれど、今回は相手が最悪に悪かった。


 彼女が力を振るえば、全てが紅に染まる。


 魔物も地面も空も――――全てが焔に染まる。


 次々と空中から地面へ墜落していく幾十のワイバーンを視界の端へ追いやると、既にワイバーンに興味を無くした少女はゆっくりと自分の目的に向かって歩き出した。


「それにしても、竜と言ってもこんなものなのね。期待して損しちゃった」


 彼女の通った跡には数百ものワイバーン含め、魔王に匹敵すると言われる古代龍の無残な亡骸が残っていた。


 そして、ある日を境に数日に渡って、かの大国の隣国に位置する小国では空が不気味な程に赤黒く染まっていたという。


 魔王の進行かと大国含め、調査に入ったが、それが一人の女性が起こしたのを知っているのは極僅かである。



 そして、そんな彼女達が暗闇より深き異常な思いを馳せる男。


 世界最強の師匠は――――――


「ヨッシャァァァァアアアア!! オラァッ!! そこだ!! イケ! チ・ガ・う!! カウンターだ! ヨシ、そこだァァ!! イケェッツ!!」


 むさ苦しい男達に紛れて魔物を用いた博打に身を興じていた。

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