第一章 

1.悪運


「くっそぉぉぉぉッッ!!」

「はははっ、残念だったな。あんちゃん」

「見てろ! 次は勝つさ!」

「ぬはははは! それはさぞ見ものだな! んじゃ、俺はここで失礼。この後、妻とのディ・ナ・ーがあるんでね」

「ぬぉぉぉぉぉぉ!!」

「という事で、さらばだ、あんちゃん! またな!!」

「俺の分まで奥さん喜ばしてやんないと、許さんからなッ!! そして、骨までしゃぶられろ!!」

「ぬははははは!!」


 背中を見せて水を得た魚の如く、活き活きと走り去っていく姿を血涙を流さんばかりに睨みながら、愚痴を溢す。


「はぁ……」


 しかし、おかしい。


 必ず勝てると踏んで賭けた筈なんだが……、財布の中身は今やスッカラカンの一文無しだ。


「なんで、あのタイミングなんかなぁ~」


 ボリボリとボサボサの頭を掻き、傍目から見たらチャラいと言わざるを得ない見た目で当てもなくブラブラと練り歩く。


 右耳に付けたピアスに、伸び切ったボサボサの白髪を纏める赤色のヘアピンが目立つ。他にも、手には黒色の指輪を嵌め、腰に身に付けた一目で業物と分かる長剣。


 蒼穹色の瞳で辺りを睥睨し、和風の服を着崩した姿は、まさしく不審者か、変わった旅人に見えなくもない。


 だが、その姿を見飽きているのか、俺がいる都市――――エリエールには俺を不思議がって見る者もいない。


 それだけ、俺の様な変人が多いって事に他ならないってわけだ。残念な事に。


「おう、兄ちゃん! その様子だとまた負けたのか!」

「うるせぇ! 次は勝つんだよ!」


 エリエールは南に位置する小国アルカスの中に点在する都市の一つだ。


 広大な森と海に面している都市だからか、林業と漁業によって近年大きく発展した都市でもある。


 と言ってもまだまだ小さいが。


 言い方を変えれば発展途上ってやつだ。


 国の首都からも遠く離れているし、滅多に首都の情報等も入ってこない。


 そのおかげか、面倒事に関わる事も少ない上に穏やかな街の気風と相まって、俺の様なダメ人間には住みやすい土地という訳である。


「あっ、ルーカス! また、お金を無駄にしたの!?」

「おぉ! なんだチビ助? 何か用か?」

「何か用じゃないよ! このチャラ男! しかも、チビ助言うなッ!!」

「おいおい、どうした? 今日は随分と不機嫌じゃねぇか」


 目の前でぴょんぴょんと跳ねながら文句を言う娘っ子の頭を雑に撫でつつ、適当にあしらう。


 今、俺の目の前で膨れ面をしている娘は、俺がこの都市に来た時から世話になっている宿屋の二人いる娘のちっちゃい方だ。


 宿屋だから当たり前なのかもしれないが、眠る場所に食事等、世話になっているからか、今では砕けた口調にも慣れてしまった。


「やめろ~!! 私を子供扱いするなぁ!」

「で、そんなに慌ててどうしたんだよ?」

「あっ、そうだ! 助けてよ!」


 おぉ、切り替えの速さは流石看板娘。


 というより、また問題を持って来たのか……。


「はぁ? お前、また何かやらかしたのか? あのおじさんに怒られても知らんぞ?」

「ち、ちがうよ! 私じゃなくて、面倒な客が来たんだよ!」


 面倒な客? 


 面倒事は嫌いと言ったばっかなんだがなぁ。


 仕方ない。きゃんきゃんと騒ぐ小娘を放置して、その面倒な客とやらがいる宿へと足を向けた。


 俺の関わりの無い奴ならともかく、その面倒な客とやらには少しだけ心当たりがなくもないのだ。


 とても面倒くさい事に。


「いた、あいつ!」


 少し歩いて追いついた小娘が俺の前に出て自分の家兼職場の宿内をヒョコっと覗き見る。


 俺もそれに倣って、っと。


 そこには、案の定、嫌でも見知った顔。


「うわぁ……」


 思わず関わりたくないという雰囲気丸出しの声を上げても仕方ないだろう。


 俺の視線の先には、俺の隣で覗き見る小娘と身長的には同じだが、筋肉が発達した体格を持つ怪しい男が対立していた。


 身長と争う声、体格にかかる重心から見るに、それなりにやってきた人種か?


 しかも、髭面といい。


 ありゃぁ、ドワーフじゃねぇの?


 もう一方の少女の方も少女の方で、目深のフードで顔を隠し、黒いコートで全身を覆ってはいるが……、不自然に盛り上がった頭と腰回りが異様に目を引く。


 何故か腰辺りの膨らみは不自然に左右にゆらゆらと揺れており、たまにピタッと止まるが、少しするとまたユラユラと揺れだす。


 はぁ……面倒な事になった。


 まぁ、最初はほんの出来心で助けたのだが、何故か俺が逃げる度に追いかけては、見失い、見失っては問題を起こすのだ。


 そして、その問題って言うのが、また面倒で、本人が全くその問題の原因だいう事に気付いていない。


 現に今も————


「おいテメェ! 子供だからって大人を舐め腐りやがって!!」

「ふんっ! わらわは本当の事を言ったまでだ! 貴様こそ、心の何処かで引っかかったからこそ、怒りを覚えたのだろう?」


 この調子だ。


 表情は見えないが、見えなくてもどうせ「言ってやったぞ!」とドヤ顔して小さな鼻をフンスフンスと鳴らしてる事だろう。


 俺にはその光景しか見えない。


 もう帰っていいかな?


 いや、俺関係無くね?

 

「ちょっと、さっさと解決してよ。チャラ男の客でしょ?」

「そうだったぁ……全く故意じゃないけど、俺が連れてきたんだよなぁ……ってか、その呼び名止めね? 俺、チャラ男じゃねぇし」

「分かったなら、さっさと行く!」

「わーった! わーったから、押すな!」


 そして、何故か毎度の如く喧嘩の仲裁に行かされる。あぁ、悲しきかな。


「このガキ! こっちが我慢して聞いてれば!!」


 明らかにお相手さん御冠である。


 というより、マジで何したんだ……こいつは?


「あ〜、そろそろやめません? 何が原因かしらねぇけどさ」

「誰だテメェ!」

「あっ! レ……ルー! 何処に行っていた! 探したのだぞ!」


 騒動の原因らしき少女は、パタパタと走り寄って来ては、もう離さないと言わんばかりに俺が着ているダボっぽい和服に抱き着き、僅かに見える目線を向けてくる。


 ん、完璧に巻き込まれたわ……。


 しかも、明らかに怒気が俺に切り替わってるし。


「テメェ、そいつの保護者か何かか? だったら、これを弁償して貰おうじゃねぇか!」


 そう言って出してきたのは、一個のポーション。


 と言っても、正確にはポーションが入っていたであろう割れた空の瓶だが。


 しかし、瓶に微かに残っていた液体の色を見るに、通常の回復用のポーションではなく、体内に流れ、魔法を使用するときに使用する魔力を回復させる貴重価値の高いポーション。


 通称、マナポーションのようだ。


 品質の悪い下級から魔力を飲めばたちまち全回復する最上級マナポーションまで色々あるが、この娘が壊したのは中級よりの下級マナポーション。

 

 それでも、相場で言えば一つで都市で小さな一軒家が買えるぐらいの値段がするぐらいには高価なモノだったりする。


 それを何をやったか、このガキンチョが壊した、と。


 はぁ……。


「てか、お前も何やったんだよ? お相手さん、カンカンじゃねぇか」

「わ、わらわは何もしてないぞ! ただちょっと、そのチョビハゲに当たっただけだ!」

「それは十分やってんだよ、この馬鹿」

「ルーに馬鹿だけは言われたくないぞ!!」

「だったら、アホ!」

「アホも嫌じゃ!!」

「さっきから、ごちゃごちゃうるせぇ!! それで、テメェはどう落とし前つけてくれるってんだよ!!」


 どう、ってもなぁ。


 ってか、そもそもコイツの言ってる事本当なのか?


 まぁ、こいつが当たったって認めてるとは言え、他の証言も欲しいところか。


「なぁ、誰か。この一部始終を見てた奴いるか?」

「テンメェ!! 俺の言ってることが信じられねぇってか!!」

「はっ、信じられないも何も、なんでガキのやった事を許してやれねぇ大人を信じられるってんだよ。で、どうなんだ?」


 男の歯軋り音が聞こえるが、これ以上喋っても面倒なので、無視。


 ザワザワと色々な話が飛び交う宿屋で周囲の言葉。


 聴覚をこっそり強化させて聞いてみると、


『おい、どうすんだよあれ。このままじゃ、殺傷沙汰だぞ?』

『あの子は悪くないってのにねぇ』

『あぁ、確かにあの子供は悪くねぇ。自分が酔っ払って周囲に強く当たり散らしてた所に止めに入ってくれただけだ』

『どう考えても、自業自得だべ』


 など、男を擁護する言葉は一つも聞こえない。


 男も男で自分が何をやって、周囲がどう思っていたのかを理解してるからこそ、その額に焦りが見え始めた。


「こんの、クソ野郎ッ!」


 男が手にしたのは腰に差していた一本の質の悪い長剣。


 刃は欠けてるわ、元の長剣自体の質も悪い。相当ななまくらを掴まされたようだ。


 いや、ここに来るまででそうなったのか?


 まぁ、どちらにしろ、自分の命を預ける武器なんだ。マナポーション云々より先ずは長剣を変えた方が良いと思うが……。


 こればっかりは、経験と知識が無いと分からないのでしょうがない事だけど。


 だが、切れ味は最悪に悪くても、一応、刃物は刃物なわけで。


 それが向けられているのは当然、俺である。


「そのガキごと、後悔して死ねやッ!!」


 明らかに殺意を持っていきなり振るわれたそれに、長剣を振るった男以外の誰もが溜息を付いた。


 俺がこの都市に来てから偶然とは言え、何をやったかを知ってる人が大半だからこその反応というやつである。


 そして、考え事をしてる間にも、上段から振るわれた長剣が俺を捉える。


 だが、それに簡単に当たるってのもワザとらしいか。


 ガキンチョに衝撃が行かない様に少し抑え、半歩下がっただけで、長剣が俺に当たる事なく、素通りする。


 男にとってみれば、当たりそうなのに当たらないって感じだろう。


「チッ! 一回避けただけで! ――――ッ!?」

「おいおい、刃物は室内で振り回しちゃいけませんですぜ。お兄さん♪」


 切り返しで下段からの振われた切り上げを指先で剣先を摘まむ事で止める。


 軽くではあるが、これぐらいで俺の指から長剣を引き抜けなくなっているんだから、ドワーフの筋力とはいえ効果はあるな。


 それにしても、やっぱりアイツらみたいにはいかないか。


 アイツらとコイツを比べるのはアレなのだが、この都市まで来たという事でほんの少し期待したんだけど。


 まぁ、いいか。


「なッ!? ぬ、抜けねぇ! あッ!」


 まぁ、何にせよ長剣を向けてきたんだし、脅すくらいはいいよな。


 長剣を男から奪い、逆に男へ剣先を向けた。


 これで静まれば良いんだが。


「っ!」

「で、どうするんだ?」

「こ、降参だ」


 よっし。これで面倒な事終了っと。


『おおおおおッ!』

『流石は、ルーカスだな!』

『こりゃ、良いもん見れた! よしっ、酒持ってこい!!』


 いつの間にか大事になっていたらしい。


 俺達を囲う様に野次馬の住民達が展開しており、決着が終わると何故か宴を上げ出した。


 酒好きの男達が多い、この都市ならではの光景だな。


 何かあるとすぐに宴会をやり出すのは。


 それに、この気の変わり具合はいつもの事だが、やっぱり、初めての人にはなれないよなぁ。


 ここの住民にとっては、これがいつもの事だからこれが普通だが、男はポカンと周囲を見渡しだす。


 はぁ、しょうがない。


 これも、何かの縁ってね。


「お兄さん、そろそろ喧嘩止めて酒でも飲もうぜ? な? ほら、飲め飲め!」

「あっ、ルー! 妾にもくれ!」

「はぁ? お前は、まだ未成年だろうが! ほら、これやるからこっちこい」

「わわっ! 何をする!」


 宴で飲み始めた住人の巻き添えにならない様に俺の方へちびっ子を抱き抱え、椅子に座らせてやる。


 遂には、時間が経てば、酒に弱い一部の男達は地面や机の上で豪快に寝出した。

 

「俺だってなぁ! こんな事したかねぇんだよぉ! でも、でもよぉ!」


 そして、こっちにも酒に弱いハゲが一人。


 机にうつ伏せになり、酔って真っ赤な顔がチラチラと見える。


「てかよ、お前どうしてこんなとこ来たんだよ」

「あぁ? そんなの! 決まってんだろ! 冒険者だからだよッ!」

「ほぅ? 冒険者とな! なら、妾達と同じではないか! なぁ、ルー!」


 俺の隣でチビチビと果実ジュースを飲んでは、頬一杯に食べ物を詰め込んでモキュモキュしているガキンチョが会話に入ってくる。


「ほら、ちゃんと飲み込んでから喋れ。しかし、冒険者って事はお前、まさか早まったのか?」

「……こう言っちゃなんだが、あん時の俺らは馬鹿だったんだよ。最初は依頼も、どんどんこなして、ランクも上がって。俺達に達成出来ない依頼なんて無いと舞い上がってた……。そしたら! 今回のこれだ!」


 何があったか知らんが、色々大変だったようだ。


 おおよその見当は付くが。


「なぁ、俺は何を間違ったんだろうなぁ」

「はぁ? そんなん、知らん! てめぇで見つけろ」


 おっと。つい、本音が。


「はははっははあは!! 流石はルーじゃ!」

「ひでぇ……」

「で、俺らって言ってたが、お仲間はどうしたんだ?」

「……言いたくねぇ」


 この感じは……。


「なるほど、追い出されたのか」

「うわぁぁぁぁぁぁぁああああ」

「あっ、ルー! 何、大の男を泣かしとんじゃ!!」

「まぁまぁ、元気出せって。それにいい機会じゃねぇか」


 何せ、ここは大陸から見ちゃ、相当辺鄙へんぴな田舎街。


 一度何かに失敗し、挫折した者や何かを変えたい者達にとって十分役に立つだろう。


 それを懇切丁寧に教えて数時間。


 目の前で遂に理性のタガが外れたのか、大きないびきを掻きながら寝るハゲのおっさんがいた。


 この野郎……ッ!


「前途多難ってやつだな、ルー♪」

「はぁ~~~~~~…………だりぃ」

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