2.新たな弟子
「なんだとッ!? 死んだ? 忌々しいアイツがかッ!?」
「はっ! なんでも、いつの間にか、この様な手紙が王室に届けられており、内容によると『無窮の天魔』として知られるレイウェンス=アイリェウレ様の遺書だと」
「アレに様なんぞ要らんッ! それに、あの忌々しい奴がそう簡単にぽっくり逝くものか!! 捜査員を派遣して、こんなくだらん茶番を終わらせろッ!!」
「は、はっ!!」
とある大国の一角。
大陸の金全てが眠る土地とも呼ばれるエクラスタ王国の王城で、その声は響いた。王の怒気が籠った声に俄かに騒ぎ出す貴族達。
彼等はいつもの王との各地の状況について定例の会議を行っていたのだ。
その中に舞い込んだ凶報、または吉報は瞬く間に貴族内に走る。
だが、何も王国の彼等だけが驚いたわけでは無い。
その衝撃は大陸全土へとばら撒かれたからだ。
ある小国は魔術の神が消えたと嘆き、またある連邦国の一つは星が魔王に倒されたと騒ぎ出し、ある大国はこれを機に世界の覇権を取るべく動き出す。
世界がこれまで以上に騒いでいる元凶を辿れば、それはある一人の男が出した、一つの手紙だった。
『まず初めに、この手紙は俺が死んだ後に送られる様になっている。
お前らの所に俺の超超可愛いプリティーなメイドさん達がせっせと送っている事だろうさ。あっ、手を出したらご想像にお任せするが、楽には死なさん♪
ともかく、最初の一文で、意味が分かる者が大半だと思うが、ともかく、俺はレイウェンス=アイリェウレという。
お前らの認識に合わせて簡単に言うのならば、この世界の頂だ。
そんな俺がこんな手紙を送った理由は二つ。
一つは最強という名に飽きたからだ。
お前らは俺が何かすんじゃねぇかと監視だの密偵だの、暗殺者だのこれまでに随分と沢山送って来たわけだが、そんな無駄な経費が必要無くなるわけだ。おめでとう!
さて、正直、これで魔界や天界、妖精の国、竜国等の他の種族達がどう動くかは知らん。
まぁ、元は人族の大陸を何故か俺が拡大していただけだし、後は大国のお偉いさん方で奪われるなり、拡大するなり好きにやってくれ。
俺の愛弟子達がいるわけだし、協力さえ取付けられれば最悪でも滅びやしねぇだろ。
もう一つは、愛弟子達を国の方針とやらに巻き込んだら、俺のメイドさん達が国家を滅ぼすだろうさ。
弟子のアイツらがお前らに黙って従う程、可愛げが全くないのはアンタ達、国家のお偉いさんは知っている通りだと思うが、精々アイツらと敵対しない事だな。
お前らは知らんと思うが、アイツらは俺が直接育て、俺の全てを叩き込んだ奴等だ。
そんなアイツらを巻き込むのなら、アルラス聖国の二の舞になると覚えてくれればいい。
あっ、そうそう。
アイツら、これからすこ~し暴れると思うが、小動物がじゃれ合う程度のモノだから、安心して国の総力を挙げてどうにかしてくれ。じゃ、後はよろしく。
レイウェンス=アイリェウレ』
そんな馬鹿げた手紙が各国家に渡った訳である。
しかも、それは何も人族だけに渡ったものではなく、全種族に渡った。
天界、魔界、聖霊界、竜国、そして獣人族等の亜人種達の住む大陸、他様々。
だが、男を知る者からすれば、誰もが首を揃えて彼らしいと言う。
束縛を嫌い、権力を嫌い、自由を好む。
そして時々、周囲巻き込んで盛大に馬鹿な事をやらかす。
言ってしまえば、先延ばしになっていたモノが本来の形に収まっただけに過ぎないのだ。
自分がいなくなった後の事を気にしたわけでは到底無い。
そんな事を考える暇があったら、男の場合、有り金叩いて高級娼館にでも通ってる。
そして怒り狂った弟子達に追い掛け回されている。
怠け者でめんどくさがりで、大の女好き。
酒は三度の飯より呑み、賭博にも手を出して有り金を全て溶かすようなダメな男だが、それでも、弟子達や彼を知る者は彼を最高の男だと断言する。
それで常にトラブルに巻き込まれているのは自業自得だが。
だが、その手紙によって世界がまた大きく変革を遂げ出したのは紛れもない事実。
ゆっくりと。
だが、確実に止まっていた時が動き出した世界。
数多いる他種族の中で今度は誰がレイウェンス=アイリェウレの後継となるか。
そして、世界最強が表舞台からいなくなった今、他種族との拮抗を保っていた壁が取っ払われ、再びの戦火が降ろうとしていた。
*
「はぁ……はぁ……にしても、なんでルーはこんな辺鄙な街にいるのじゃ?」
「おいおい、そんな事考えてる暇あるのか? ほれ、次行くぞ~」
「鬼! この鬼! さでぃすと師匠!」
「おぉおぉ、元気じゃねぇか。なら後五十追加な~」
「鬼畜なのじゃぁぁぁぁああああッッッッ!!」
俺を中心に百を超える魔法陣を構成し、一斉掃射。
それを必死で防いだり弾いたりを繰り返し、悪戦苦闘しているのを余所目に、愛しき俺のメイドちゃんが持ってきた情報に目を通していく。
「ほぉ〜、和国に三大国の使者がねぇ~。どう考えても、アレだよなぁ~」
この世界は主に四つ――――天界、魔界、聖霊界、人界。
これをもっと簡単に纏めて言えば二つ――――天界と人界に分かれている。
世界の区別と言った方が良い。
俺含め、この世界で一番人口が多いとされている人族。
そして、人間と獣が混じり合った亜人種。
人間よりも体格が随分と小さいが、強大な魔力量を持つ妖精種。
この妖精種の中には、モノづくりが得意なドワーフや男女共に眉目秀麗な上に風魔法と弓を得意とするエルフが存在する。
と言っても、ドワーフやエルフは妖精種と付いてはいるが、背の大きさだったり、顔立ちだったりとかなり違う。
最後に広大な南の最果ての地にいるとされ、人間からは魔の上に立つ者、魔族がいる。
魔王はこの魔族の中から産まれ、又は選ばれ、十人存在する。
聖国筆頭に、人間の中では国の上層部以外の平民等は魔王は一人として知られているが、それは全くの嘘だ。そんな虚言を言いふらしてる理由は知らんが、ともかくだ。
他にも、巨人種や竜人族、幻想種など小さな種族もいるが、大まかに分けて人族、妖精種、魔族。
この三種が地上での種族となる。
そして、もう一ついるのが、空を統べる者————神種。
そんな彼等が住う場所、天界と呼ばれる場所には天使や神々が住む。
この世界において、神とは崇めるものでもあるが、同時に身近な存在でもある。
東方に存在する和の國————大和では八百万の神というのもあるし。
天候を操る神や海の繁栄を司る神、炎の化身たる炎神なんかもいる。
それらがいるのが天界。
要するに、世界を真横から見た時、一番上が神種、下が人族、妖精種、魔族という訳だ。
唯一の例外として天界にも地上にも存在する魔物の存在があるが、魔物の多くが魔王に従うため、魔族という括りになっている。
だが、だ。
言ってしまえばこの四種、すこぶる仲が悪い。
神種は魔族を嫌悪し、魔族は他種族を嫌悪する。
人族の場合、自業自得の面が大きいが、捕縛や密猟など行った所為で妖精種からは忌み嫌われ、魔族とも敵対行為をし、神種にも手を出した事がある。
それを愛弟子の一人に言ったら、「じゃあ、全部潰せば解決するね!」と満面の笑みで言われた時には、俺は育て方を間違えたのかと思ったが。
「はぁ……はぁ……はぁ、んっ! ルー! 終わったぞッ!」
声に引かれ、ミラの方向へ視線を向けてみると、所々地面は陥没してるし、頬に土が付いてるけど、体全体見ても、怪我らしい怪我は一つもない。
今回の修行の目的は多数戦を想定した場合の防御だ。
しかも、その敵ってのが自分と同等程度の相手十人を想定している。
実際にはもっと一人が放出してくる魔力弾はミラと同等程度であれば三十は多くとも出せるから半分以下だが、上出来だ。
「ん〜? どうした、もう疲れたか? お前の姉弟子達はこんなん目を閉じて、他の事に集中しつつ、片手間で出来る事だぞ?」
「むぅぅぅぅうううう!!」
「ふっ……ふふっ、あははっはっは!! いやぁ、悪い悪い。上出来だ! お前と同じぐらいの時のアイツらでもここまで出来たのは居ないからな」
「ほ、本当か!? 妾、頑張ったか?」
「あぁ、本当だ。よく頑張ったな」
「〜〜っ!! そ、そうだろう! そうだろう! 妾、頑張ったであろう!」
こういう可愛い表情を見せれば、他の男共もコロっといきそうなもんなのになぁ。
この人見知りのお姫様ってば、そんな事全然しないから。
「ルー! 何か、失礼な事考えてないか!?」
まぁ、俺の新しい弟子だ。
少しずつ、成長していけば良いだろ。
「考えてない、考えてない」
「そ、そうか? いや、でもさっき確かに……」
と言っても、さっきみたいに騒動に巻き込まれるのも面倒か。
ミラにはまだ正式に弟子にするとは言っていない。
それなのに、俺を追っかけて祖国を出て来た時には、諦めに似た感情も出て来たもの。
しかし、ちゃんと見てやれば中々に面白い弟子になりそうな気がしている。
だが、一つ聞かなくてはならない事がある。
「ミラ。お前、俺の弟子になって何がしたい?」
「それは、条件か?」
「いや、単なる興味だ。これに答えなくても良い」
「なら、言うぞ! 妾は、我が祖国をもっと大きくしたいのじゃ! 誰もが笑顔で幸せな国にする。それが妾の願いであり、叶えるべき夢なのじゃ!」
「なら、俺の弟子なんてやる前に他にもっとやるべき事があるんじゃないか?」
ミラは竜国の姫だ。
と言っても、家出姫だが。
俺が竜国に行った時に一匹の邪龍を殺した事で何故か懐かれ、ここまでついて来たという経緯だったり。
今はミラの両親が実権を握ってはいるが、ミラにも外の世界を見て欲しいとかなんとかで国総出で送り出したのである。
いや、そうなると家出ではないのか?
まぁ、何にせよ、頑固なお姫さんである。
とはいえ、
「それはお主に教えてもらえればいいじゃろ? それに、姉様と一時でも婚約者だったお主なら、その辺りの事も叩き込まれているはずじゃしな!」
「…………」
「? どうしたのじゃ?」
「……はぁ。だからお前、あんなに気兼ねなくついて来たのか」
「母様にも遠慮は要らないって言われておったからの! それに、姉様からはこれ受け取っておるぞ!」
そう言って渡してきたのは一枚の手紙。
嫌な予感しかしない……。
しかも、なんか禍々しさが薄っすらと見えるのは俺の勘違いではない筈……。
それに、何故か端っこに見える青髪と覗き込む目線。
「い、いや! これは後で読むとする! け、決して逃げてる訳じゃないからな!」
「姉様に見つかったら、今度こそルー殺されるんじゃないんか?」
「そ、それは勘弁してほしいわ……。まじ洒落にならん。あの笑っているのに笑ってない笑み! ああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「にひひひっ♪」
お、恐ろしい……!
何故、俺に勝てない者などいないというのに、女達の笑みには勝てないのか。
……はっ、俺は一人で何を……。
「ん、んんっ。まぁ、いいや。ミラ、俺は弟子になる奴に最初に言っている事がある」
と言っても、覚悟を試すとかではなく、その者のこれからの事だが。
正直なところ、俺の弟子が悪者になろうと聖人になろうと、どちらでも構わない。
もしくは力を使わず、静かに平民として生きる、それでも全然構わないのだ。
ただ、彼女達が何の為に力を求めて、これからの長い人生、何をしたいのか。
それを知るのが師匠の最初だと考えている。その事はミラが声高々に言ってくれた通り。
まぁ、俺の場合は、目的に一直線でもいいが、回り道に寄り道をして色々な経験をさせてから目的に到着という感じだが。
「お前がやりたい事、それは分かった。だから、お前は俺に意地でもついて来い。ただし、文句を言え。不満も思う存分に述べろ。そして、望みのためならば俺を切り捨てる覚悟もしろ」
不満を言わせるのは、内々に溜まったストレスを自分に向けるため。
それで、自分の不幸は他人の所為となる傾向は後々に取り除いていくが、一番危険なのは、ずっと溜め込んでいたストレスが爆発する事。
反骨精神も必要だが、やり過ぎては元も子もない。
そうなれば、全てが嫌になり、世界も色を掠れていく。
俺だって、愛弟子達にそんな世界は弟子達には見せたくないしな。
二つ目は、俺を切り捨てる覚悟を持つこと。
やがてミラは一人で国を統治する事になる。そうなれば、味方はいるが、最後には一人で決めなくてはならない時が多々ある。
そういう時、自分の夢を捨て、他者に縋り付く様では一向に進まない。
まぁ、全てが悪い訳ではないが、ようはその覚悟をつけさせる事が必要なのである。
師匠である俺がこうと言えば、それに従う。それで夢を捨てる事になっても。
俺はそんな結果を望んではいない。
自分の夢を叶える為に自分で考え、俺の意見を切り捨ててもしがみ付く意思を養っていきたいものだ。
「その為に必要な知識、力は俺が幾らでも与えてやる。その代わり、心は自分で鍛えろ。悩んで、怒って、泣いて、笑って。その全てがお前をより強くするだろうよ」
それが、一人前に出来る様になったら、弟子卒業って事だな。
まぁ……、何故か卒業したのにも関わらず、いつまでも構ってくる弟子達がいるのだが……。
「分かったのじゃ。でも!」
静かに聞いていたミラが突如大きな声を出す。
「ルー……いや、師匠は絶対に見捨てないぞ! 師匠を切り捨てて望みだけを得るなんて、そんな事は絶対にしない! それは妾自身の怠慢じゃ!!」
その瞳は真っ直ぐに俺の瞳を捉えて離さない。
ただただ、真っ直ぐにそれは違う!と宣言した。
「妾はきっと……いや、必ず将来に何か重大な事を決めなければならぬ時が幾多も来ると感じておる! 確信に違いない! でも、じゃ! 例え、民達と師匠を天秤にかける事になろうと、師匠だけを見捨てる事など、決して無い!!」
それは眩しい程に強い瞳だった。
短くもキラキラと睡蓮の様に綺麗な青紫髪と宝玉の如き、翠瞳が俺を見つめて離さない。
「妾は、そんな事をせずとも、全てを救って見せるのじゃ! そして、そんな妾を強くしてくれるのが師匠なのだろう?」
「ん? あ、あぁ……」
「だったら安心じゃ! ルーは最高、最強の師匠だからな!!」
全く、不安なんぞ微塵も感じてないような屈託のない純粋な笑みだ。
やっぱり、そうか。
小さな身体に俺よりよっぽど強い龍を飼ってるらしい。お前は俺の想像以上に面白い奴に育つかもしれん。
とは言え、昨日の騒ぎといい、まだまだ教えなくちゃいけない事も多そうだが。
「……ふふっ、あははははっ!!」
「な、何がおかしい! 妾は本気じゃぞ!」
「いやぁ、悪い悪い。悪気はないんだ。そうだな、じゃあ俺の予想を超える弟子になれよ、ミラ」
「当たり前じゃ、そんな事! いつか、成長した妾を見せて、師匠をギャフンと言わせてやるわ!」
「ギャフン! これでいいか?」
「むぅぅぅぅうううう!! この、馬鹿師匠!! 妾を侮辱するでないわ!! 誰も今言えと言っとらんだろうがァッ!!」
「あはははっはははっ!! ゲホッ、ゲホッ、痛い痛い! 噛むな! 叩くな!」
怒ったミラに噛みつかれ、宝玉の様に綺麗な藍色の鱗が揃った尻尾で叩かれる。
笑い死そうな声と俺を追い掛け回すミラの影。
そして、地面を揺らす衝撃が赤い夕暮れに映ったのだった。
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