3.友達


 妾の師匠――――ルーカス。


 本名、レイウェンス=アイリェウレは良く分からない男だ。


 本当の年齢は分からないし、顔で判断しようにも、どう見ても十七歳ぐらいのチャラい青年にしか見えない。


 なんでも、レイウェンスとしての元の姿ではすぐにバレるので、世界中を放浪していた時の姿の方がバレない、らしい。

 でも、内面が大人だからか、妙に大人びていて度数の高い酒を好んで呑む。


 加えて、極度のめんどくさがりの怠け者で姉様以外の尻尾を追いかけ回す程の大の女好き。


 城にいた頃は誰よりも遅く起き、誰よりも早く寝る程に、ずば抜けてだらしない。


 なのに、姉様や母様、父様はしょうがない奴だと、もう一人の駄目な息子を見る様な眼で師匠を見る。

 それが妾には理解出来なかった。


 我が祖国、南東に存在する孤島――――竜国には三人の姫、通称『龍姫』が存在する。


 龍神を信仰し、崇め奉る和国の大神社を模した総本山『龍霊山』の巫女。


 竜国の統治を行い、国外との外交や貿易、国内の治安の維持等。様々な事を決定する妾達、『龍王族』の長女。


 世界の秩序を保つ一角として存在する幼妖精龍を守護し、幼妖精龍を代弁して他者に言葉を告げる『宣告者』と呼ばれる幼き少女。


 竜国は、言ってしまえば実力至上国家だ。


 力こそが国の判断基準であり、それは魔力、知力、純粋なる力、そして財力と四つの力を総合して判断される。


 元々、竜というのは高価な金属類に惹かれる性質を持つ。


 妾達、王族も竜人族全体も例外ではなく、その血を濃く受け継いでいる為、金銭の価値と言うのは重要だったりするのだ。


 その中で妾を見ると、良くて真ん中。

 悪く言えば、決定打に欠ける出来損ない。


 金銭は王族として持っていようと、それは私の金ではない。それは、民からの金。

 即ち、国の金。

 決して、妾個人の金ではないのだ。


 だからか、妾が王族と言えど、その待遇は決して良いものではなかった。


 勿論、父様や母様は優しく育てて下さったし、姉様は妾に力の使い方、国の統治等色々な事を学んだ。


 だが、正直言って、妾は全然頭が良くない。

 姉様が十から九を学び身に付ければ、妾は十の内の二ぐらいだ。

 そこから練習して、練習して、そしてようやく五に出来る程度。


 王城の皆んなは良い。

 だが、他の勢力の。

 それも、敵対関係にある邪龍を信仰する民達はどう思うだろうか。


 答えは簡単だ。

 王族の中に不出来な出来損ないが産まれたと言うのだ。

 付け入る隙間が出来た、と。


 だが、それはあくまでも裏で囁かれる事。

 でも、それを知っている悪意のある者が表に出たら?


 それが妾と師匠が出会ったあの日なのだ。



「いっ! つぅ…………?」


 窓からガラスの凹凸に反射した暖かな陽光が部屋に差している。


 日が登ってからまだ早いのか、若干肌寒く、空が僅かに橙色に白んでいた。


 そして何故か、俺の腕の中でスヤスヤと寝息を立てるミラを確認。


 コイツ、また寝ぼけて俺のとこに潜り込んで来やがったな。


 通りで腕が痺れを通り越して痛みを感じると思ったら……。

 あぁあぁ、腕にくっきり跡がなっとる。


 竜人族の力は、いっぱしに人間の何倍もあるから、普通の人間なら争っただけで全滅の危機に陥るからなぁ。


 それが子供となれば、更に力の加減なんて分からんだろうし。

 それも追々教えていくとするか。


 それにしても、良く寝る子は育つと言うが、


「お前、全く変わらんなぁ〜」

「ん、んん……」


 つるぺったんで、すとーんである。

 何がとはあえて言わんが。


「ん……んんっ? 師匠?」

「お、起きたか。どうだ、身体の具合は?」

「あぁ、特に異常は…………………………ルー」

「ん? どうした? 遠慮はするな、昨日弟子になって師匠と呼ぶのが恥ずかしいからって〜、このこの♪」

「では、遠慮はせんぞ……、何さっきから妾の胸を触っとるんじゃ! このアホ師匠ッッッッッッツツツツツ!!」


 おや、バレたようだ。


「おっと、危ない危ない」


 しかし、たわわに実った胸も良いが、小さいのもまた……。

 もみもみ。


「だから、触るなと言っとるんじゃッッッッッツツツツツツ!!」

「ぁ痛ァァア!! なにすんじゃァァアア!!」

「こっちの台詞じゃ! この馬鹿師匠ッ!!」

「弟子の成長を実感するのも師匠の役目だッ!!」

「何を自信満々に言ってやがるのじゃ!! それに、だからって年頃の娘のむ、胸を触る馬鹿がおるかァッッッッツツツツ!!」

「ぐはぁッッツツ!!」


 丁度いい感じに入った尻尾のボディブローで俺の身体が宙に浮き、部屋の反対側まで飛ぶ。


 その時に走った衝撃で軽く頭を打つわ、危うく気絶しそうになるわで改めて竜人族の力の強さに驚きを感じる。


「全く、この馬鹿師匠めッ! …………わ、妾だって、この先もっと大きく」

「いつっぅ……んぁ? 何か言ったか?」

「なんも言うとらんわッ! この大馬鹿師匠めッ!」

「ぶほっ! ったく、おいおい、怖ぇなぁ~」


 飛んで来た枕が顔面直撃。

 ボサボサの寝ぐせだらけの頭を擦りながら、ふぁあ~と欠伸をする。


 やっぱり、慣れない時間に起きると眠いな……。

 頭がどうも晴れない。


「しょうがない、もうひと眠り……」

「はぁぁぁぁぁぁ~~~~、まぁ良い。で? 師匠、朝食は食べんのか?」


 あぁ、凄いジト目。

 何度も見てきた愛弟子達のジト目に凄い似てる。

 とはいえ、腹なんてあんまり……グゥ~~。


「そういや、昨日疲れたから宿行ってそのまま寝ちゃったんだっけな」

「妾は腹が減ったぞ!! ル……師匠!」

「別に言いにくかったら他の言い方でも良いんだぞ?」

「いや、師匠と呼ぶ! そうしたら、弟子っぽいからな!」

「弟子っぽいってなんだよ、弟子だろ?」

「雰囲気ってやつじゃ!」

「まぁ、いいか。んじゃ、飯食いに行くぞ~」

「いやった!」


 ほんと、飯の事になるとすぐ機嫌が治るのはありがたいと思うべきか。

 支度を整え、二階に取った部屋から一階に降りる。


 俺達が止まっている宿では、二階に宿屋。

 一階に食事処がある。


 すると、他の客へ朝食だろうパンやスープを運んでいた宿屋の娘————イアナと目が合う。


「あっ、おはよ! ルー君、ミラちゃん!」

「ふぁ〜。お〜、おはようさん」

「おはようなのじゃ!」

「なんだか、ルー君、眠そうだね? さっき暴れてたので疲れた?」

「うるさかったか? 悪いな、迷惑かけた」

「ううん、大丈夫。他のお客さんには、私から言っとくから。それで? 今日はどうする?」

「そうだな、じゃあオススメとパンでも貰うか」

「イアナ! 妾も今日はオススメとやらが良いぞ! あとパン! 焼きたてのやつじゃ!」

「は〜い♪」


 奥の厨房へと入っていくイアナの背中。

 その間に手頃な席を見つけては、腰を下ろした。


「なんじゃ、師匠。また、悪癖が出てるのか?」

「いやいや、男ってのは、神秘の浪漫を夢見る生き物なんだよ。だから、これは悪癖じゃなくて良癖と呼べ」

「でも結局、それは周囲から見たら女子おなごの尻を狙う変態じゃ」

「うっ、そんな目で見るなっての。つか、変態じゃねぇわ!」

「痛ッ! なにするのじゃ、師匠!」

「は~い、ご注文のパンとスープ。それと、今日のオススメ、熟猪肉のビーフです! それと駄目よ、ルー君。弟子とは言え、女の子を安易に叩いちゃ」

「そうじゃ! そうじゃ!」

「うっ!」

「ルー君!」

「っく! はぁ……悪かったって、ほら」


 イアナの圧力に負け、大人しくミラのサラサラとした青髪を撫でる。


 宿屋の看板姉妹で有名な長女————イアナの「ルー君」呼びは今に始まった事では無い。


 以前、この都市に来た時に魔物から助けた事で気に入られたのか、それ以来ずっと「ルー君」呼びなのだ。その時の俺は子供のような容姿で色々と遊んでいた事もあり、俺の前では姉として振る舞う。


 俺としたら、一回りも下の女に君付けで呼ばれるのはアレなんだが……。


「それでいいのじゃ~! 良い良い~♪」

「良かったね、ミラちゃん♪」


 はぁ……。

 なんだか、コイツ、他の弟子達に似てきてないか?


「あっ、ルー! それと、昨日の!!」


 バタバタと音がしたと思ったら、昨日、俺を呼びに来た娘っ子――――サリナが厨房の扉の前で何故か仁王立ちをしていた。


「こら、ちゃんと挨拶しなさい!」

「うっ、で、でも」

「でもも、ますもいりません。初対面の時は、ちゃんと挨拶するの」

「むぅ…………サ、サリナ……です。イアナお姉ちゃんの妹です」


 目線を下に自分のスカートの裾を握り締めながら言う姿は紛れもない恥ずかしがり屋の人見知り。


 知った仲だと、フレンドリーというか、お嬢様気質というかなんだけどな。


「はい、良く出来ました♪」

「え、えへへっ♪」


 やっぱり、この姉妹仲良い。

 良きかな良きかな。


 ミラとも仲良くしてくれれば、このお姫さんも友達出来るかね~。

 でも、当の本人がこれじゃな~。


「おおっ、チビ助」

「チビ助言うなぁ!」

「で、どうした?」

「そうだ、ルー! 今日、どっか連れてってよ! お昼休みにさ!」

「どっかってどこよ?」

「どっかはどっか! なんか面白そうな所!」


 面白そうな所って言ってもなぁ……。

 この街の住民であるサリナが行った事が無い所なんてあるのか?


 しかし、面倒だ。

 サリナは元気だけは有り余ってるからな。

 下手したら、一日中連れ回されかねん。

 そして、俺の金が溶ける。


 何か良い手は……ん~、ん?

 そういえば……いるじゃねぇか。

 俺の隣に暇そうな奴が!

 よしっ、決まりだ。


「いいぞ。ただし、ミラ。お前が案内してみろ」

「えっ、わ、妾!?」

「これも修行だ♪ え、何その苦虫噛みつぶした様な顔……」

「師匠のその顔、何かいやらしい事考えてる顔じゃし」

「酷ッ!?」

「……じゃが、分かった。え、えっとサリナとやら!」

「は、はい!」

「わ、妾が面白い所に連れてってやるぞ!」

「ぇ……で、でも」

「サリナ。行っておいで」

「……ん! よ、よろしく!」

「任せておくのじゃ!」


 うんうん、修行と言う名目にしてはいるが、これで少しでも仲良くなれば――――

 

「と、いう事で。サリナの代わり、よろしくね♪」

「はぁッ!?」



 って、思ってたのは確かだが……。

 まさか――――


「そうそう! ルーってば、毎回綺麗な女性に目を送ってるんだよ!」

「わ、妾もイケてるとは思わんか! なぁ、サリナ!」

「ぇ、ぁっ、た、確かにね。ぁ、そうだ! 今度は何処行く!? 漁場行く? それとも、宿場町? 雑貨屋とかもどうかな!?」

「妾はその微妙な間がとても気になっているのじゃが……」

「た、偶々だよ! ね!?」


 なんか、めっちゃ仲良くなってる~~~~!


「ルー君、良かったんじゃない? これが、君にとっての思惑通りなんでしょ?」


 食堂の戦場から一区切りついた一階で今も尚、せっせと食べ終わった皿の配膳や掃除等数多の事をこなすイアナに戦々恐々とする。


「いや、確かにそうなんだが…………複雑」

「ふふっ。見た感じ、二人共似た者同士だからね」

「確かに。ミラもサリナも人見知りだからな」


 目の前で花咲かせている二人を見る。

 それに、ミラにとっては国外で初めての友達だからなぁ。

 

「ルー君、嬉しそう♪」

「えっ、ば、馬鹿言うんじゃねぇよ」

「そう? 耳赤いよ?」

「ぐっ……うぅ……」

「ふふっ」


 だ、駄目だ……!

 このままでは、俺の調子が狂う!

 どうにも、イアナの前では何か、本調子じゃなくなるんだよなぁ……。


「ごめんなのじゃ」


 ミラの申し訳なさそうな声が静かになった一階にやけに響いた。


「どうした?」

「あっ、いや……」

「わ、私が悪いの! 明日も遊べないかなって、思っちゃったから」

「ち、違うのじゃ!」


 バツが悪そうに頬を掻きながらも、視線が僅かに下に向く。


 そして、ちらちらと向けられる意味ありげな視線。

 もしかして?


「わ、妾は妾の目的の為に師匠とやる事があるのじゃ!」

「あっ、もしかして街を散策してた時に言ってた修行?」

「そうなのじゃ! そして、冒険者稼業もやらなくてはならぬ!」

「まだ小さいのに、凄いね! それじゃ、修行が無い時に遊ぼ!」

「ル……、師匠……」


 そ、そんな捨てられた子猫のような瞳で見られると……。

 意地悪したく――――


「ルー君?」


 イアナの言葉に思わず背中にぞくりと何かが走ったような感覚。

 慌てて、意地悪思考を捨てる。


「も、勿論大丈夫だとも! 遊べる時に遊んでおけ。ただし、修行自体は手加減しないからな?」

「〜〜っ! 勿論、そのつもりじゃ!! 妙に師匠が甘いのが気味悪いが、ともかく、師匠! 早速、冒険者ギルドにいかないか?」


 元気だなぁ。

 それに、確かに時間も昼前になったし、丁度良いか。


「それじゃ、ミラ。早速……と言いたい所だが」

「ん? どうかしたのか?」

「早く着替えて、荷物置いてこい」


 目の前のミラは散策途中で買ったのか、何故か猫耳フードの付いた上着を羽織ってる。両手には手提げ袋いっぱいの商品。


 確かに、角とか尻尾とかを隠すのには最適だけど、いいのかそれで?

 お前、誇り高き龍じゃないのか?


「にしても、そんなに沢山。一体、何買ってきたんだ?」

「これか? 妾の修行に役立つと思ったのと、これからの旅に必要そうな物じゃ! それと、これはな――――」

「あっ! ま、待ってミラちゃん!! それは————」

 

 そう言って出してきたのは、大量の木皿や龍を模した縫いぐるみ、そして初級の魔導書。


 その中で一つだけ気になる物が……。

 いや、この街では違う用途があるのか?

 でもなぁ……これどう見ても……。


「それは?」

「ふふん! これはな、妾の首輪じゃ!」

「……は? 首輪?」


 何言ってんだこいつ?

 ま、まさか朝のアレで頭がおかしくなったのか?


「あちゃー」

「イ〜ア〜ナ〜?」

「お、お姉ちゃん!? ち、違うんだよ! ただ、私はミラちゃんが『私は師匠の弟子、つまりは師匠のモノ』って言ってたから!」

「それでも、やる事が違うでしょ! 全くもう……?」


 にしても、首輪ねぇ。

 やばっ、なんかゾクってきた。


「どうしたの、ルー君? 顔色悪そうだけど」


 首輪って言うと、アイツのこと思い出すから、身の危険を感じるんだよなぁ……。


「な、何でもない! 気のせいだろ、そう、多分……」

「なんじゃ、師匠? 気に入らんか?」

「気に入らん。お前は俺の弟子であって奴隷じゃねぇ。ガチの変態はいるが、それはアイツだけで十分だ。しかも、お前には首輪は似合わんだろ」

「そうか? 見た限りではカッコ可愛いのを選んだつもりなのじゃが」


 カッコいいって言うが、だからって狂暴犬専用の首輪みたいなトゲトゲしい奴を買って来なくてもいいだろうに。


「要らん要らん。それに、そういうのはもう……身内で充分間に合ってる……」


 あぁ、思い出したらまた寒気が……!

 思わず後ろを振り返り、窓の外を見る。

 何かに見られた様な、気がする……かも。


「どうしたのじゃ、師匠? なんだか、急に昔の女がヤバすぎて手に負えなくなった哀れな男みたいな顔しとるが」

「いや、お前、どっからその例え……はぁ、いいや、さっさと荷物置いて来い。着替えは……任せる。終わったら、ギルドに行くぞ〜」

「あっ、待つのじゃ~!」


 あぁ、天気だけは晴れ晴れとした清々しいほどの快晴だ。


「ルー君、現実逃避?」

「だね~。目が虚ろだもん」


 そんな訳の分からない事をぬかす姉妹の言葉を右から左へ受け流しながら、俺は宿の前でミラが来るまで現実逃避ならぬ、たらればの妄想を夢見るのだった。

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