4.伝説の賢者と弟子はFランク冒険者


「それで師匠~、今日は何をするのじゃ?」

「ん~? あ~、どうすっかな~」

「なんじゃ? 無計画で出たのか?」

「そうは言っても、お前の修行場所の確保も意外と面倒なんだぞ? 街中に近いと被害を市民に出すから、大規模な事は出来ないし、かと言って外に出ても今のミラには手に負えない強い魔物もいるからなぁ」


 宿を出て、中央通りに面した冒険者ギルドへ歩いていく。


 結局、ミラは散々悩んだ結果、いつものフード付きのコートを着ていく事にしたらしい。


 なんでも、昼前に買った猫フード付きのコートは「妾がもっと強くなって、傷つける可能性が消えたら使うのじゃ!」と鼻をふんふんしていた。


 その時には、きっと身長も伸びて使えなくなっているのではないかと思わなくも無いが、言わないでおこう。

 面白そうだし。


「そろそろ、魔物討伐の依頼をやりたいぞ!」

「今の話、聞いてたか? はぁ……しかし、そうは言っても、今のお前の戦い方じゃ、魔力の調節が出来なくて、結局魔物の破片も残らねぇじゃねぇか」

「じゃあ、また雑草取りか?」

「そうなるな」

「うげぇ……」


 冒険者ギルドとは、回復薬の素となる薬草の採取や人間に害をなす魔物の駆除、または捕獲を目的と生業とした傭兵。


 簡単に言ってしまえば、武力を持って外敵を排除したり出来る、ちょ〜っと武器の扱いに長けたなんでも屋である。


 けれど、実力が高ければ一生貴族の様に豪華絢爛に過ごす事も、億万長者にもなれるという、己の実力がモノを言う職でもある。


 そして、有名な冒険者が世界各地を旅し、それを記した物を小説化した本は瞬く間に世界中に広がり、今や冒険者という職業の火付け役にもなってしまった。


 最東端に浮かぶ島国である和国から最北端に位置する帝国まで。


 最高位のSランク冒険者に成る程に、実力に伴った金額と難易度になるのだ。


 だからこそ、毎年毎年危険だというのに男女問わず、冒険者になる若者が後を立たない。


 しまいには、冒険者を育成する教育機関なんてものも出来てしまったのだから、世も末である。

 そして、俺達はというと――――

 

「よ~し、到着っと」


 冒険者ギルドの扉を開け、穏やかで平穏な音から野郎どもの騒々しい声へと変わる。


 ギルド内は一階に飲み屋や依頼を受ける受付、解体屋による魔物の買取も行なっている。


 二階には高ランク冒険者専用の個別のテラス席が、三階にはギルド長室やギルドが管理する書類室が存在する。


 二階に至っては、高ランク冒険者達が衝突しない様にと考慮された結果。


 冒険者ってのは、舐められたら終わりみたいな雰囲気あるから、それを配慮しての事だろう。


「おい、見ろよ。今日も来たぜ」

「あぁ、あの若師弟か」

「面白いよな、Fランクの雑草取りマニアだぜ?」

「ホント、男の方は腕だけは良いのにな。勿体ねぇ」


 この街の冒険者ギルドへ行けば、いつもこの調子である。


 俺達がギルド内に入った瞬間、さっと波が引く様に音が消えた。


 聞こえるのは嘲笑う声や疑問の声。

 無関心を装って警戒する視線に好奇の視線。


 これにも、そろそろ面倒になってきたなぁ。


「いいのか? 師匠? 師匠が馬鹿にされてるぞ?」

「俺じゃねぇだろ。ミラ、お前じゃねぇか?」

「何を言う。見よ、あの者どものギラついた視線の先を。あの者共は皆、師匠を見ておるぞ? 狙われておるぞ?」

「ちげぇよ、アレは面倒な弟子を良く育ててるなって関心してんだよ。つか、変な事を言うな、ゾワってきただろうが。ゾワって!」

「クフフフッ。でも、妾が面倒じゃったら、師匠は超面倒じゃな!」

「……うるせぇ」

「自覚はあるのじゃな? クフフフッ♪」

「あら、ルーカスさん! ここ毎日ですね? ミラさんも、こんばんは」


 いつもの如く、周囲の雰囲気などそっちのけで冒険者ランクごとに分けられた依頼ボードへ行き、ミラと馬鹿話をしつつ、膨大な数の依頼書を見渡していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「リヨナか」

「来たぞ!」


 片手に数十枚を超える依頼書を持っている所を見ると、完了したのではないな。

 また増えたのか?


 ミラが手を上へと出すと、合わせてリヨナも手をパチンと合わせる。

 仲の良い事で。


「それで、どうだ? 今日は何か薬草探しはあるか?」

「ルーカスさん……、またですか?」


 冒険者ギルド指定の制服を身につけたリヨナ。若くしてギルドの受付に抜擢される程の実力者だ。

 そして、元B級冒険者という肩書付き。


 栗毛を左右に分けた前髪を手を当て、明らかに呆れたような瞳を向けてきた。


「あのですね、そろそろお二人共その実力に見合ったモノをですね……」

「あ~……そうは言うがな、リヨナ? 俺達は何も、金が欲しいわけじゃねぇんだよ」

「何を言うとるのじゃ? このダメ師匠は……」

「どういう事?」

「どうも何も――――」

「あっ、馬鹿! 言うな!」

「え〜、なんでじゃ? 良いじゃろ? 別に。いつもの事らしいし」

「だからって、他人にポンポン言うもんじゃねぇ!」

「はぁー、しょうがないのぉ~。じゃぁ、今日の夕食の決定権は妾のものじゃ!」

「……分かった分かった。何でも食わせてやる」

「…………自分の金じゃ無いがな?」

「こっのッ!」

「本当に仲が良いですね、二人共。まるで兄妹みたい」


 クスクスと笑みを浮かべるが、勘弁してほしい。


 何故か俺と一緒にいる弟子達は俺の弱点を知り尽くしているのか、時を見計らって使ってくるのだ。


 相手の弱点を見つけて、叩きのめせとは教えたが……これをそんな風に使えと教えた覚えは無いんだが……。


「とはいえ、ルーカスさん達が薬草取りの合間に魔物を狩ってくれるから、こちらも助かってるのも事実。という事で、今日はこれなんて、どうですか?」


 自信満々に取り出したのは一枚の依頼書。

 依頼者は……ここから近くの村長。


 で、依頼の物はミクノ草っと。

 これは……ふむ、いい経験になるかね。


「んじゃ、これで」

「なんじゃ? 決まったのか? ……ミクノ草? なんじゃこれは?」


 魔物依頼の書類をリヨナから受け取ってパラパラと眺めていたミラが反応する。


「ミクノ草とはですね、ここら辺に生える薬草の一種で回復薬の原料となる物なんですよ」

「それじゃあ、これを取ってくればいいのじゃな!?」

「と言っても、それだけじゃないんだよな」

「何かあるのか?」

「それは行っての秘密という事で」



「師匠~!! こんなの、聞いてないのじゃぁぁぁぁぁああああ!!」


 ミラには言って無かったが、ミクノ草とは険しい山岳地帯のみで群生し、高所になればなるほどにミクノ草の質が向上する薬草である。


 これは、ミクノ草自体が日光に当たれば当たる程に栄養が蓄えられるという事、更には、日光とは別に月光も関係するとされる。


 つまり、日光でも月光でも、光があればいくらでも成長するのだ。


 そして、ミクノ草が付ける花は甘い蜜と枝付近に小さな果実を作り出すため、それらを求めて魔物や野生の動物が寄って来る。


 普通の草花では花が咲いた後に果実が宿るが、それが同時に起きるのがミクノ草の特徴と言っても良い。


 最大の問題は、集まって来る魔物を餌に強力な魔物も引き寄せてしまうという事。


 魔物は他の魔物の核を体内に吸収するか、長い年月とダンジョンなどの魔力によって強くなる為、大抵の魔物は他の魔物を喰らう。

 

「この! 邪魔じゃ、ワンコロがッ! 妾の魔法で潰してやるわッ!」


 ミラが声を荒げると同時に中級炎魔法『蓮祭爆破カーニバルブラスト』が地面を揺らす。


 当の俺はというと、絶賛、上空からのんびり見ているが—————


「ミラの奴、暴れてんなぁ」


 心配と言えば、アイツがこのまま暴れると地面が穴ぼこだらけになるという事。

 そしたら、俺が戻さなきゃならん。


 穴ぼこになって、土砂崩れにでもなったら、監督責任で俺の所為にされかねんからな。


 そして、ミラの実力で言えば、そろそろ……。

 やっぱり苦戦し始めたな。


 灰狼グレーウルフが仲間を呼び、群れとなってミラを取り囲みだした。


 あれ程、魔力管理と状況判断をしっかりとしろと言ったんだが。


「手助けは必要か〜?」

「い、要らないのじゃ! これぐらい、妾だけで!」

「そうか? なら、足元に影が潜んでいる事も知ってるよな?」

「なぁッ!? 一体、どこから!」

 

 影魔法か。

 闇魔法の一種だが、それを使う灰狼グレーウルフは歳を食った魔物が主に使う攻撃手段だ。

 だとすると、こいつらのボス。


 そして、その有効範囲は実力によって差はあるが、精々半径三十メートル。

 ランクに振り分ければ、精々、Cランク程度だが、今のミラにとっては格上の強敵。


「ハァ……ハァ……」


 影から飛び出してきた下級影魔法『影串かげぐし』を咄嗟に避けたミラだが、身体的能力はあるが、反面、魔力量は全体的に低く、魔力操作も悪い。


 純粋な腕力での力はあるが、上手く制御は出来ておらず、技と呼べるものは一つもない。


 今の状態は大火力で相手を倒し、力で捻じ伏せる戦闘を取っているが、言い換えれば、無鉄砲。


 だ、が。

 素質自体は悪くない。


「うぐッ! 喰らえ!」


 拳を振り抜いた反動で身体を捻る動作を加え、遠心力を使ってミラの生まれである蒼龍の尻尾が鞭のようにしなり、灰狼グレーウルフの横腹に直撃。


 咄嗟の事だったからか、周りに展開していた一匹の灰狼グレーウルフが反応出来ずに巻き込まれ、木々をなぎ倒して停止した。


 今ので骨が折れて即死だな、ありゃあ。

 巻き込まれた方も、尻尾を食らった方が受ける筈のダメージが下敷きになった事で死亡。


 今ので態勢が決まったな。

 無茶な攻撃だが、それが好機に転じたと見るべきだろう。あれが若さかねぇ?


 まぁ、残りは二匹。

 だが、魔物の方も分かっただろう。

 ミラの方は満身創痍とはいえ、手負いの獣程怖いものは無い。


 そして、ミラは戦闘中に後先を考えない直情的性格になる事が多々ある。


「よっと」


 地面に足をつけ、ミラの方へ向かう。


 その間にも、二匹から攻撃受けても、身体も器用に使い、満身創痍ながら地面に叩き潰していた。


「ぷふぁ……………つ、疲れたのじゃ……」


 辺りが血塗れ。

 残りはボスだけだが、まだ出て来ようとして来ない。

 様子を見ているといった所か。

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