5.初戦闘


「お疲れさん」

「ん! 師匠! どうじゃ!? 頑張ったぞ!」


 ん、そうだな……、頑張ったな。

 魔物が潰れてぐちゃぐちゃだけど。


 魔物の討伐証明となる部位ごとぐちゃぐちゃだから、半銅貨一枚の金にもならないけど。


「ん〜、頑張ったけど、分かってるよな?」

「うぐっ……、また、潰してしまったのじゃ」

「分かってるなら良い。そうだな〜、今日はいい加減、その力の制御を行うか」

「ほ、本当か!? なら、早くやろう!」


 目をキラキラさせて見てくるミラ。

 ミラにとって、力の制御は真っ先にやらなくちゃいけないモノだったからな。


 何せ、これが出来ればやれる事が格段に増えるのだから。


 今のミラは力と魔法の威力はCランクだが、その他は精々Eランクだろう。


 他を置いて、力と威力を鍛えるという方法もあるが、それでは高威力の魔法を連発しては魔力切れになり、戦力外になるを繰り返す事になる。


 AランクやSランクには威力のみを極限に上げた魔法使いや剣士、闘士などがいるが、今のミラにはそれを目指してもらっても困る。


 それを行なって許されるのは回復薬やタンク、司令塔である後衛職のパーティーである事と、高威力の魔法をぶっぱしても枯渇しない膨大な魔力量あってこそ、出来る技なのだから。


 そして、それを適切に戦闘に組み込む知略が必要なのだ。


 俺が合図を送り、行なっても良いが、それではいつまでもミラが成長しない。

 感覚は掴めるだろうが、それは今じゃなくても良い。


 加えて、その力の無鉄砲さが通じない相手に出会った時、必ずミラは負ける。

 だったら、武器はいくらでも作っておいて損は無いだろ?


「な、なんか、師匠が極悪人の顔をしてるのじゃ……」


 ん、んんっ。

 何はともあれ、先ずは力の抜き方や細かな操作が出来る様になってもらおう。


 だが、馬鹿みたいな龍の力を封印する訳では無い。

 こんな特別な力、使わない方が宝の持ち腐れだからな。


「そんじゃ、始めるか」

「師匠! 師匠の影に何かおるぞッ!」


 やっと出て来たか。

 こいつらのボスの灰狼グレーウルフが!


「いいか? 今のお前は制御出来てない百の力を百で出しているに過ぎない」

「そんな事は分かっとるのじゃ!」

「そして、その力はお前自身の龍の力が大きく関わっている。と、言う事で。ミラ、お前、これ持て」

「わっ、なんじゃこれは? 水……か?」


 俺が投げ渡したのは魔法を使って即席で作った水風船である。


「言いたい事は分かったな?」

「力を込めれば直ぐに壊れるのか?」

「じゃ、それを両手に持ってボスと戦ってみるか。あっ、両手で六以上壊したら、お仕置きな?」

「なぁッ!? き、聞いてないぞ! そんな事!」

「何、可愛いものだから安心しろ」

「そう言って、魔物溜まりに放り込んだのを忘れんからな!!」

「あはははははっ!」

「笑って誤魔化せると思っとるじゃろ!!」

「まぁまぁ、ほら、やるぞ〜。それで、テメェはいつまで俺の影に入ってんだ?」


 視線を向けた瞬間、俺の影から飛び出す灰狼グレーウルフ


 空中に飛び出た一瞬を狙って、すぐさま反応したミラの拳が直撃。

 振りかぶっての、大振りの一打。


 だが、威力は高いが、当たった直後————ミラが上半身水浸しになった。


 俺はすぐさま自分の前方に細かなハニカム構造の防御魔法を展開した事で濡れなかったが、ミラは直撃である。


「はい、割った〜」

「うぐぅ……なぁ、師匠。コツとか無いのか?」

「お前なぁ、もうちょっと自分で考えてだな」

「だったら、姉様に胸触られたって言う」


 戦闘の邪魔になるので、ミラの背後へと移動した俺へ向けられる視線は悔しそうだ。


 一撃で出来ると思ってないから、六まで増やしたんだがな。


 とは言っても、この感じは欠片も検討がついてないか。


「ま、待て待て。早まるな、ミラよ。それは、物理的に俺の首が大変なことになるから、やめておくれ」

「なら、いいじゃろ?」

「はぁ、んじゃ、まずミラ。相手をよく観察しろ。攻撃はしなくて良い。水は手のひらの中でも転がしてろ」

「ん? わ、分かったのじゃ」



 再び、木々の影に潜った灰狼グレーウルフが影移動をしながら妾へと迫る。


(見ると言っても、一体何処を見れば……)


 高速で迫る影移動から飛び出して来た灰狼グレーウルフを避け、地面から突き出た『影串かげぐし』を避けては叩き折りながら、再び対峙。


(流石に厄介じゃな……、魔法で吹き飛ばせれば楽じゃが、さっきの戦闘で魔力は枯渇寸前で魔法なんて撃てないし、出来るのは近接戦闘のみじゃ)


 しかし、


(そう易々と懐には潜り込めないのじゃ……。影串は影がある場所なら何処でも出せる近接戦闘に適した魔法じゃからなぁ……。しかし、なんじゃ?)


 だが、灰狼グレーウルフは一向に影に入る気配が無い。


 影魔法を使わない灰狼グレーウルフなど、図体が大きくなった他の灰狼グレーウルフとなんら変わらない。

 歳を追うことで手に入れた最大の武器を捨てるようなものなのだから。


 のにだ、いくら睨み合いが続いていようと、普通ならとっくに影に潜ってる筈……。

 

(どうしたのじゃ? ……!? クフフッ、そう言うの事か! 何だかんだ言いつつも、師匠はツンデレじゃの〜)


 しかし、相手も困惑しているようで、灰色の身体から闇魔法特有の紫色の魔力が目に見える程に放出されるが、どれもが無駄に終わる。


 原因は間違いなく灰狼グレーウルフの真下に展開された白色の魔法陣。


 灰狼グレーウルフが放出した魔力を自身の魔法陣に取り込み、紫色に変化。


 それに気付いて逃れようとしても、一寸の違いも無くピッタリと真下に付け、逃がすことは無い。


(まるで、灰狼グレーウルフが行こうとしている場所が分かっているかのように動いておる。いや、違う。まるで、灰狼グレーウルフの影みたいじゃな……。クフフッ、影魔法を得意とするものが自身の影に潜り込まされた異物にも今まで気付かんとはのぅ!)


 今度は壊そうと地面へ攻撃しているが、師匠が作り出した魔法。

 そんな攻撃で壊れる程、やわじゃ無い。


(じゃが、そのお陰で気づいた事が出来たのじゃ!)


 灰狼グレーウルフは影に入り、影の中を移動する事で標的を捉え、攻撃する。


 だが、影移動と言えど、何も脚を使ってないのでは無い。

 じゃなきゃ、その足腰が無駄になって、筋力が落ちる筈じゃからな。


 そもそも、灰狼グレーウルフ山岳地帯を縄張りにしている魔物じゃ。


 険しい地形に鍛え上げられたしなやかな足腰は駆ける時は豪を、着地する時は柔を駆使しているのだろう。

 

(脚全体を使って着地し、一気に放つ事で、瞬発力を得ておるのか。しかも、瞬発力を発揮する瞬間、脚だけで駆けているのでは無い。あれは……)


 手元でコロコロと転がる水風船の耐久性は分からぬが……、まださっきの割れた感覚を覚えとる。


「どうやら、少しは理解したようだな。ミラ、攻撃しても良いぞ〜」


 師匠の声が聞こえ、視線を前方へと向けると灰狼グレーウルフが此方を睨んでいた。


 どうやら、魔法陣の破壊を諦めて本来のスタイルに戻したみたいじゃ。

 先程倒した灰狼グレーウルフとは桁違いのスピード。


 姿は見えない。

 風切り音だけが妾の周囲を回っている。


 耳を澄ませろ。

 相手の位置を、痕跡を、思考を読み取る!


 そして、集中すれば、する程に師匠が教えてくれた事を思い出す。


『いいか? 目に見えない魔物ってのは、色々感じとる方法はあるが、手っ取り早くて簡単なのが、目を閉じて空気の流れ、気配、そして魔物が発する音を感じる事だ。五感を刃物の如く研ぎ澄ませ』


 空気の流れや気配というのは、まだ妾にはあやふやにしか分からぬ。


 じゃが、音ならば分かる!


 木の幹がしなる音が聞こえた直後、弾けた音が聞こえた。


「ここじゃッ!」


 あやふやながら感じた気配は背後。

 脚を一本半身へ踏み込み、身体を捻る。


 そして、振り被るのでは無く、前へと置く感じ。


 その瞬間、灰狼グレーウルフの目がはっきりと見えた。


(いきなり、目の前で反応した妾に驚いておるわッ! じゃが、これで終わりじゃ!)

 

 身体全身の踏み込みからの捻りを使って、撃ち込む!!


 手に灰狼グレーウルフの硬い毛並みが当たり、手の骨が相手の骨を砕く感触を得た。


(手応えありじゃ!!)


 妾に届かず、衝撃で吹き飛ばされた灰狼グレーウルフは地面へ激突し、木々へ衝突した。


「っ、ぷはぁ! ハァ……ハァ……、意外と疲れるのじゃな」


 いつの間にか、息を止めていたようだ。

 手のひらを見ても、水風船は割れておらぬ。


 木の幹へ背中を預け、ズルズルと腰を落とす。


「あははっははははっ!! まさか、二回で出来る様になるなんて、やったじゃねぇか! 今日は祝賀会だな!」


 突然、隣に現れた師匠が両手で妾の頭をグリグリと雑に撫でるのが分かる。


 それによって、妾の視界も左右に揺れ動いているのが分かるから当然じゃな♪


「ハァ……や、やった……ハァ……やったのじゃ! でも、止めるのじゃ〜! 髪が乱れるじゃろう!」

「おぉ、すまんすまん。それじゃ、お前は少しここで休んでろ」

「なっ、妾も行くぞ! まだまだ、やれる! から……の!」

「っても、フラフラじゃねぇか。安心しろ、ちょっと邪魔な奴を片付けてくるから……って、もう来ちまったか」


 師匠が視線を向ける先に妾も視線を向けた。


 だが、そこにいたのは到底魔物とは呼べぬ、異形のモノだった。

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