6.キメラ


 宵闇の如き漆黒の毛並みの黒い獅子————黒獅子くろじしをベースに脚は脚力に優れた灰狼グレーウルフ、尻尾には鋭い鎌で獲物の首を刈り取る鎌蛇スコースネークの鎌か。


 どれもCランク以下の魔物。

 普通の冒険者にとっちゃ、脅威と言えば脅威だが、それにしても不出来だな。


「……よりによって、キメラか」

「し、師匠。そのキメラとは何なのじゃ?」

「コイツは人の業によって、この世界に生を受けてしまった魔物だ。複数の魔物の部位を継ぎ接ぎ形式で混ぜるもんだから、互いが互いに反発し合って二週も持たねぇ。問題は誰がこんなもんを作ったのかって事だが……」


 灰狼グレーウルフ鎌蛇スコースネークはこの辺りでも見受けられる。


 だが、黒獅子くろじしだけは、気候が高い、火山地帯に生息する。


 此処からは相当距離が離れているはずだが。

 唸り声を上げ、魔力を身体に迸らせる。


「ミラ、怖いか?」

「こ、怖くなど無いぞ! 妾は誇り高き龍の末裔じゃからな!」


 声を上げ、鼓舞するが、ミラの肩は僅かに震えている。明らかに目の前に現れたキメラに怯えていた。


 それもそうだろう。

 ミラは温室育ち出身。

 今まで、魔物どころか自分を殺意の篭った視線で見られる事すら最近味わったばかりなのだ。


 そして、今目の前にいるキメラはお世辞にもミラよりも二回りデカい。


 例え龍種だろうと幼ければ他の強い者に食われる。それがミラの奥底に眠る本能が察知し、身体に妙実に現れた結果だ。


「いいか、ミラ。冒険者ってのは、こういう戦闘の後に新たな戦闘が始まる事が大体……そうだな、三回に一回の確率でザラにある。そして、後に来るのは大体戦った奴より強い」


 このキメラが良い例だ。


 そして、このキメラ、身体を今の形に定着させてから数日の時間が経っている。


 そうなれば、身体に取り込まれた別の魔物の一部だろうと適応し、脅威は跳ね上がる。


 問題は、その日数が幾つなのかってところか。


 定着してから二日や三日ならばまだしも、五日を超えたのならB級冒険者クラスが束になって掛からないと瞬殺だろう。


 ましてや、コイツが何も一匹だけとは考えずらい。偶々薬草を取りに来た俺達が偶々、キメラにされた魔物がいる山に入り込み、偶々そのキメラと遭遇する事など、あってたまるかって言うんだ!


「それでな、そうした奴は大抵、俺達――――餌が弱った所を狙ってくる陰湿で最低なクズ野郎どもだ! あのクズ共の所為で俺が何度、面倒を被ったかッ!! 今度会った時はマジで覚悟しとけや、あのデカパイ!」

「師匠、何か過去に恨みでもあるのか?」

「ハーーーー、フゥ~~。……まぁ、待て。俺をそんな哀れみ込めたジト目で見るな。いいか? ともかくだな。魔物に限った話でもないが、こういう奴らは大抵舐め腐った態度で俺達を見ては、有難いことに致命的に頭が悪いので、舐めて掛かって来る」

「やっぱり、過去に何かあったじゃろ?」

「ミラ、その手に持ってる水風船を渡せ」

「え、う、うむ」


 やっぱり、細かな傷はあるが、それは深くまで到達してない。

 よくもまぁ、我が弟子ながら二回でモノにしたもんだ。


「後は、この馬鹿をな」


 様子を窺っていたキメラが唸りをあげながら俺を中心にゆっくりと回り出す。


 だが、ある場所で一歩踏み出した瞬間――――地面から十数もの黒色の茨鎖が身体を縛り付けた。


 咄嗟に身を翻したのも束の間。

 今度は俺に引っ張られる様に身体が浮き、スピードを上げながら急加速する中でバタバタと暴れるのを眺めながら、ゆっくりと身体を捻る。


「ミラ、見てろよ? これが、お前が習得する――――」


 目の前に迫った事で見えるキメラの恐怖の顔。

 だが、もうどうする事も出来ないだろ?


「一撃を体内で爆破させる極悪技――――『銃拳』だッ!!」


 足を踏みこみ、地面を踏みしめた直後、腹へ掌を押し当てた。


 直後、髪を靡かす程の衝撃と重低音。


 奥深い森が波打つように揺れるのと同時にバサバサと一気に森に住まう鳥達が一目散に逃げ、辺りにちらほらと居た気配が一瞬にして姿を消す。


 それは一瞬だった。

 最初にキメラを突き抜ける様にして発せられた衝撃波が腹から内臓、背中を一直線に駆け抜け、直後——————時間が動き出したキメラは掌を当てた直線状を凄まじい衝撃によって木々を自分の身体で薙ぎ倒していく。


 そうして、ようやく停止した俺の目の前には、ぽっかりと木々を何者かによって抜き取られたか如く、長くボロボロな新たな道が出来ていた。


 まるで何か蛇型の巨大な魔物が通った様な有り様だ。


「ま、こんなもんだろ」


 木々が乱雑に倒れ、最早道とすら言えるのか分からないが、その威力の高さをミラに見せるには十分だろう。


 それにしても、見本台となってくれたキメラだが、新しく出来た道の先にいるんだろうが、地面を揺らす衝撃と共に土煙が濛々もうもうと立ち上っている事に加え、砕けた木々が邪魔をして見つかりそうにない。


「なッ…………!?」

「とまぁ、見本を見せた通り。あれが、相手の身体に真っすぐに力を加え、腕じゃなく捻力と身体全体、地面を最大限に使う事で莫大な威力を生み出す技――――『銃拳』だ」

「あ、あれを妾に覚えろ、と?」


 何やら、目が俺と新たに出来た道の先を先程から何度も交互に見返しているミラ。


「そうだが?」

「師匠は妾に死ねと申しておるのか?」

「いや、なんでだよ」

「よく考えてもみい! 師匠の様な戦闘民族馬鹿ならともかく、妾があんなことをやったら腕が折れてしまうし、なんじゃ、あの宙に浮いとったのは! 知らんぞ、あんな魔術!」

「……あれ………いや、確かに? ……………そういや、教えてねぇな」

「だから、言っとるのじゃ!!」

「まぁまぁ、そう怒るなって」

「お、怒っとらんし……」


 不貞腐れたようにそっぽを向くミラ。

 どうしたもんかと考えてると、


「ち、因みにその技は他の奴に教えたのか?」


 と、チラチラと視線を寄越しながら聞いてきた。耳は僅かに赤く染まり、ソワソワと落ち着きが無い。


「いや? そもそもこの技は馬鹿みたいな力を制御出来なきゃ話にもならねぇからな。他の弟子達には、教えてねぇ。そりゃ、出来たらお前だけの技になるな」

「……る!」

「え?」

「やるぞ! その技を覚えるのじゃ!!」

「ど、どうした? まぁ、そのために見せたんだが」


 急に元気になった我が弟子。

 どうした?

 悪いもんでも食ったのか?

 まぁ、なんにせよやる気になってくれたようで何よりだが。


「にしても、これどうするのじゃ?」


 そう言って向けてくるのは、木々が薙ぎ倒された惨状。

 

「魔物よりも被害を増やしてどうするのじゃ」

「そうプリプリするなって。ほら、これで良いんだろ?」


 手のひらに藍色に輝く幾何学模様の魔法陣を展開し、パチンと指を鳴らす。


 すると、一瞬で砕けた木々が時間を逆行するように復元し、俺達が来た時と全く変わらない森へと戻った。


 俺はそれに特にこれといった感情はないが、ミラの反応が何やらおかしい。


「……………」

「どうした? 腹でも痛くなったか?」

「…………な」

「な?」

「今、何をしたのじゃ!? 森が元に戻ったぞ!!」


 ビックリした〜。


 いきなり近づいて来たと思ったら、もう少しでキスが出来てしまいそうな距離で目をキラキラとしだした。


 そして、離れたら離れたでポカンと復元した森を見る始末だ。


「いや、お前ももうちょい魔力が増えればこんなん出来る様になるぞ?」

「ほ、本当かッ!?」

「あぁ、実際俺の弟子に使えるようになった奴がいるからな」


 俺が使用したのは今や俺と弟子しか使えない時空間魔法。


 自身の周辺を細かく区分し、現在流れている時間を逆行させ数時間前まで戻しただけだ。


 とは言え、時間を戻しても亡き生命を戻す事などは出来ないが。


 例えば、死者の時間を戻しても身体自体の時間が戻るだけで生命は戻らないのだ。


 それが出来てしまえば最早神の領域に達する事になる。確実に厄介方が向こうからやって来る。そんなものは弟子達に教える訳にはいかない。


「ってことはなんじゃ? その魔法と治癒魔法の違いって何なのじゃ? どちらも対象を回復させているように見えるのじゃが……?」

「決定的な違いは治癒魔法は対象の傷や病、後遺症を元から治すが、この魔法はあくまでも対象の時間を戻すだけだから、時間が経てば身体に存在している病は出て来るし、後遺症も然りだ。だが、切り傷などの怪我は一瞬で元に戻す事が出来る」

「反則じゃろ、それ……。じゃあ、師匠が外見を偽っているのも、その力なのか?」

「これか? これは、まぁ似たようなものだな」


 そうして話していて気付いた事だが、


「もしかしてミラ、覚えたいのか?」

「な、何故バレたのじゃ!?」

「いやだって、お前そんなに興味津々で聞いてくればなぁ?」

「ぐぬぅ……」


 悔しさと恥ずかしさが入り混じった表情で呻き声を上げた。


 その後、予想通り地面に横たわったキメラを発見し、回収。


 時間を戻した事で俺が破壊した内臓系も無事修復され、一見ではただ寝ているだけにも見えてしまう。


 案の定、ミラが恐る恐る尻尾で突いては引っ込めるを繰り返していたので、側で脅かしてやると本気で殴られた。


 そして、機嫌が直らないミラを連れ、本来の目的である薬草を数本採取して森を抜けている時だった。


 前方から、複数の靴音と気配。

 先程響かせた轟音を聞きつけ、近くの村から男達がやってきたようだ。


「おぉ! ここに人がいたぞ! なぁ、あんたら大丈夫だったか!?」

「よく無事だったなぁ! 村長から冒険者が森に入ったって聞いた直後に、あんな地響きみたいな音がしたから最悪を予想したんだ」

「お前たち、相当悪運が強いみたいだな!」


 心配してもらって言う言葉では無いが、ケラケラと笑っては背中をバシバシ叩くのはやめて欲しい。

 痛いから。


「そういや、あんたらこの辺りで馬鹿でかい音が響いた筈なんだが、何か知らないか? この辺りで魔物が暴れてたら村長に報告に行かなきゃならねぇからな」


 この際だ。

 面倒事は全てキメラになすり付けるか。


 彼等のリーダーらしき髭面のゴツイおっちゃんに状況を説明していく。


「なら、大丈夫だと伝えてくれ。元凶の魔物は俺達が狩ったから」

「そうか? にしても、よくそんな細い身体で冒険者なんて出来るな? 力を加えたらポッキリ逝っちまいそうだ」

「これでも、実力には自信があるから安心してくれ。あぁ、倒した魔物だが確認するか? 大方、依頼を達成した後にギルドから連絡が行くとは思うが」

「……いや、アンタを信じるとするわ。アンタが嘘を言っている様にも見えないからな。因みに、どんな魔物だったんだ?」


 さて、困った。

 ここでキメラだと言うのは簡単だが、キメラは人工的にしか生まれない。


 だとしたら、余計な不穏分子を周囲にばら撒くことになるんだが……。


 一旦ギルドにキメラを持ち帰って他の冒険者に任すか。

 面倒事は嫌いなんだがなぁ……。


「なぁ、師匠。ここは妾が倒した灰狼グレーウルフを出してはどうじゃ? 此奴らも灰狼グレーウルフのボスを出せば一先ず納得はしようて」

「だな」

「どうかしたか?」

「いや、倒した魔物だが灰狼グレーウルフだ」

灰狼グレーウルフ? でも、あいつらであんな音出るか?」

「それが、その群れとかち合ってな。その中のボスと戦闘してたら、思ったより苦戦して森を破壊しちまった。あぁ、その時に出来た破壊場所は土魔法で綺麗にしといたから大丈夫だ」

「よくアンタらボスと戦って無事だったな? あの化け物、この辺りを縄張りにしてる悪魔みたいなやつだったからな。退治してくれてありがてぇ、ってもんだ。良し、じゃあ分かった。俺らはその修復した場所とやらに行ってみる」

 

 そう言うと、彼等は森へと入っていった。

 残った俺達は森を抜け、来た都市————エリエールへと足を向ける。


「師匠、なんでキメラの事を言うのを渋ったのじゃ? 言えば、彼等はすぐさまギルドに連絡して討伐隊を連れて来るじゃろ。そうしたらいち早く体制が取れるのじゃないのか?」

「いや、それは無いだろうな」

「何故じゃ?」

「よく思い出してみろ。あいつらの装備、お前はどう感じた?」

「む? 確かに、古びてはいたが真新しい物も……む?」

「気付いたか」


 そう。

 彼らは恐らく森に住む動物を狩って日々を生きているのだろう。


 証拠に彼等が装備していた武器や防具は獣の皮が使用されており、魔物の毛皮はほんの僅かだった。


 その事から見ても、村はあまり裕福な方では無い。


 魔物がいるかもしれない森に入る者達だ。金があれば相応の武器や防具を揃えるだろう。


 そんな彼等がギルドに依頼を出した所で僅かな金銭しか報酬は出せないし、キメラを作った敵を相手取る依頼を金銭面で煩い冒険者がやる訳がない。


 討伐隊にしてもそうだ。

 いくら村一つが要請したとは言え、はぐれかもしれないキメラ。


 しかも討伐された後になって派遣してくるのはせいぜい一人か二人。

 それも、戦闘要員ではく偵察を主にした二人だろう。例え失敗しても名前もない小さな村が潰れるだけ。


 その後に二人から得た情報を元に討伐隊を編成し、街の冒険者と向かわせた方がよっぽど被害が最小限に済む。


 何せ、キメラ相手に何の情報もなく突入し、部隊が消費されるよりはよっぽどマシだからな。


「なんだか、胸糞悪い話じゃの」

「少を得るために大を切り捨てるのは、よっぽどの馬鹿じゃない限りやらない選択肢だ」

「なら、あのキメラを作った奴はどこにおるのじゃ? もしかしたら、あやつら今頃……」

「それは無いな」

「む? 何か知っておるのか?」

「この辺りを魔力探知で探ってみたが、これといって目ぼしい場所はなかった。このキメラの波長に類似した物もこの付近では見当たらないな。大方、どっかから逃げ出してきたはぐれだろう」

「なら、良いのじゃが……」


 そうは言うが、やっぱり心配なのだろう。

 背後に広がる森林を不安げに見つめる。


「はぁ〜、分かった分かった。後でちゃんと調べておく。だから、お前はさっさと戦える様になれ」

「ほ、本当か! なら、安心じゃ〜」


 ニカリと笑った際に出来た笑窪。


 その笑みは俺が出るなら心配など微塵も無いと言わんばかりの笑みだった。

 尻尾がパタパタと揺れているのがその証拠だ。


 はぁ……、どうにも俺は弟子の笑みには勝てないらしい。

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