幕間 ルルエの思惑 前編

 こんにちはぁ、ルルエさんよぉ!


 あ、驚いてる? こういうの初めてだもんねぇ! でもちょっと私の秘密のお話に付き合ってくれるぅ?


 さてさて何処から話したものかしら。

 一先ず黒竜の山へ着いてクロちゃんとお留守番してたところから始めようかなぁ?


 私はねぇ? 放任主義ではあるんだけど、とっても心配性なの。

 だから私が離れて行動する時はいつも魔力感知でみんな、特にグレイくんの動向を監⋯⋯見守ることにしているのぉ。


 最初はよかったわぁ。ちょっと時間が経ってからみんなが暴れ出す感じがあって、あぁ敵対するやつがいたんだなって思ったくらいなの。

 でもそこで急にグレイくんから感じる魔力がとっても弱くなってしまったの。

 何事かと思ったわぁ? でもすぐに元通りにになって、なんか雰囲気的に怒ってるのも感じられたのぉ。


 山頂にきっとクロちゃんのパパを害した者がいたのかしらぁ。グレイくんは基本優しいけれど、クロちゃんのことになると過激になりがちだからきっと相手を酷い目に合わせてるわねぇ。


 でもみんなの戦いの気配が随分と薄まったその時、私は正面から拙い気配が近づいてくるのを感じたわぁ。


 とっても懐かしい感覚。もう何百年と顔を合わせていないあの子の魔力の芳香。

 顔を合わせるのはちょ〜っとまずいかなと思って、麓の道から少し離れた茂みで様子を見たわぁ。


 そうすれば案の定。相変わらずの無愛想面で、でも迷子の犬みたいな雰囲気は変わっていない昔の教え子――――アルフォンスの姿が見えた。

 あ、今はホワイトに対抗してブラックって名乗っているんだっけ? 変なところ負けず嫌いなのよね、アルフォンスのほうが可愛くて素敵だと思うのだけどぉ。


 アルフォ――――ブラックは隠れた私には気づかずに、黒竜の山頂へと続く道へと進んでいった。

 あ〜。これはちょっと拙いかもしれないわぁ? グレイくんには私の愛が詰まった贈り物を放り込んではいるけれど、ちょっと今のあの子たちには勝てないわよねぇ⋯⋯。


 ここで私は追いかけようか迷ったわぁ。でも⋯⋯敗北を知るのも鍛錬のうちよね!

 それにアル――――ブラックは口では殺すとか何とか言いながら、無駄にツンデレなところがあるからきっと半殺し程度で済ませてくれるでしょう。


 予想の通り、ア――――ブラックが山頂に着いたと思わしき頃にまた戦闘の気配があった。

 ん〜、この調子だと気持ちの良いくらいに完敗してるわねぇ。


 エメラダのお嬢ちゃんとクレムの坊やの気配が弱って、エルヴィンだけはまだ余力を残している感じだけれど、きっとどう逃げるか算段しているんでしょうねぇ。ま、きっと逃してくれないだろうけど。


 そう思っていたら、グレイくんを残した三人が下山してくるようで私は隠れていた茂みから身を出してみんなを出迎えた。


 お嬢ちゃんと坊やは意識を失い、エルヴィンもしょんぼりと情けない顔で二人を担いできたわぁ。


「なぁ〜んか手酷くやられたみたいねぇ?」


「⋯⋯はい。急に現れた白金等級筆頭、ブラックに邪魔をされました」


「グレイくんはぁ?」


「我々を逃すためにお一人で残られました⋯⋯お願いしますルルエ様! このままではグレイ様が殺されてしまいます、すぐに救援を!」


 うん、さっきから火の精霊サルマンドラの気配がビンビンしてるもの。でもこのくらいならまだ戯れている程度だし平気だと思うのよねぇ。


「ん〜、まぁもうちょっと様子を見るわぁ? グレイくんも手が届かないほど格上との戦闘は貴重だろうし」


「し、しかし⋯⋯」


 言うとエルヴィンの顔が今にも泣きそうなものに変わる。お嬢ちゃんや坊やも大概だけれど、あなたもホントグレイくん大好きよねぇ。 私? 私はもっと大好きよぉ! 壊して治してまた壊しちゃいたいくらい!


「あなた達は⋯⋯もう動けないだろうし、一度里に戻りなさいな。ところでクロちゃんのパパはどんな様子だったぁ?」


 大方の予想はついていたものの、一応の擦り合わせとしてエルヴィンに確認を取る。

 まぁ思っていた通り、彼はお亡くなりになっていて、しかも性悪の蒼勇者に商品として売り捌かれていたらしい。よ〜しそいつは今度殺そっと!


「わかったわぁ。戦闘の後始末と埋葬はこちらに任せて、エルヴィンは二人に付いていて頂戴。傷や体力だけじゃなく、魔力も相当持っていかれているみたいだし」


 ア⋯⋯ブラックの特性として、触れたりした相手から魔力を吸い取るのよぉ。繋がる者ロストマンとなって随分と経つからある程度の抑制は出来ているんでしょうけれど、この子達には容赦しなかったみたいねぇ?


 渋るエルヴィンを連れて無理やり竜人の里へ送り戻ってくると、事態はちょっと変な方向に向かっていた。

 なんと眠っていたクロちゃんが起きていて、擬態を解き黒竜の姿になっていたの。


「あらあらあら、どうしたのクロちゃん? 大きな姿になっちゃって」


「るるー、ぐれーが大変! クロ分かるの! 凄く痛いって、ずっと言ってる!」


 これは⋯⋯主従テイム契約による感覚共有かしら? 主人の生命の危機に反応して目覚めちゃったみたいねぇ。


「クロちゃん、グレイくんなら多分大丈夫よ。半殺しくらいにはされるかもだけど――――」


 言いかけて、ブラックの反応がおかしいことに気付く。

 あの子⋯⋯人間相手に顕翼器官を出して純魔石オリジナルコアまで活発化させている?

 それほどにグレイくんに追い詰められたってことかしらぁ、先輩として情けなくないのかな?


 でも――――これはを早める絶好のチャンスかもしれない。


「⋯⋯クロちゃん、どうしてもグレイくんを助けに行きたい?」


「当たり前だよ! ぐれーはクロのご主人さまなのっ、助けなきゃいけないの!」


「ふふっ、ご主人様かぁ。でもグレイくんはきっとご主人様なんて意識ないと思うなぁ」


「えっ⋯⋯」


 まなじりが下がり、不安げな表情を浮かべるクロちゃん。姿だけは地上最強を冠する生物なのに、なんだかおかしくなっちゃうわぁ。


「グレイくんはクロちゃんのことを、家族同然に扱っているもの。エルフの郷でもたくさん怒っていたでしょう? 普通の人間なら使い魔を貶されてもあんな風には怒らないわぁ」


 そう言ってあげると、クロちゃんがなんだか恥ずかしそうに身動みじろぎして鱗をカシャカシャと摺り合わせる音が響く。


「クロ⋯⋯ぐれーと家族?」


「うん、きっとそうねぇ」


「るるーやみんなとも?」


「⋯⋯もちろん、そうよぉ」


 これから自分がやろうとしていることを思うと少し気が咎めるけれど、私はなんとかお返事したわぁ。だって私もクロちゃんのことは大好きですもの。


「――――クロ、今すぐいく!」


 ワッと翼を広げたかと思えば、豪風を伴ってクロちゃんが視界から消える。天を見上げれば、既に随分と遠くまで飛び上がり加速を始めていた。まだ中身は子供のままなのに、すごいわねぇ。


「あぁ⋯⋯なんだか気が重いわぁ」


 そう、これから起こることを考えるととっても気が重いのぉ。だって大好きな人たちの気持ちを裏で踏みにじってでも私事を押し通そうとしているんだからぁ。これじゃ本当に魔女よねぇ。


 そう思いながら、私はクロちゃんにも、もちろんグレイくんやブラックにも見つからないよう彼らの成り行きを山頂の陰に移動して観察することにした。


 そこからは私好みのとっても胸躍る展開!

 ボロボロのグレイくんをクロちゃんが庇い、必死に抵抗しても本気のブラックには敵わない。


 グレイくんが機転を利かせて一度は空へ逃れたけれど、それを許すあの子じゃないわぁ。

 叩き落とされた絶望の底でも、クロちゃんは健気にグレイくんを守ろうとしている。


 クロちゃんはグレイくんの口から直接家族って言葉が聞けたのがよほど嬉しかったみたい。翼は片方落とされちゃったけれど、ちゃぁんとお姉さんが回収してあるから安心してね?


 そして、クロちゃんは真剣になった面持ちのブラックに袈裟斬りにされ倒れた。

 もちろんこうなるとわかっていた、むしろそうなるように望んでいたわぁ。


 だってそうすれば、私のグレイくんがどうなるのかなんて分かりきっているもの。


 途端、爆発的な魔力の本流が山全体に波及する。

 命を燃やして、グレイくんはついに人外へ至る蓋を抉じ開けた。


「フフッ」


 おっと、嬉しさのあまり笑いがこみ上げちゃった。

 だってこんなこと誰が起こり得ると思う? ブラックだってそう思っているはずよぉ。

 まぁグレイくんが不完全なままこうなるように色々と仕組んだのは私なんだけど。


 彼が発現した翼の色は白でも黒でもない。私の望んでいた灰色。

 純潔でも、淀み切ってもいない。中途半端に汚れたアッシュグレーどっちつかず


 私は――――私の核たる天上のは、一人目でも二人目でも間違いを犯した。だからグレイくんには絶対に間違わせない。


 私の全てを以って、彼を本物の勇者にするんだ。

 出会って数ヶ月の中で私が固めた決意の第一歩が、いま目の前で芽吹いている。


 だから少しくらい喜んだって良いでしょう?


 それからの戦闘は一方的とまでは言わないけれど、グレイくんの優勢だった。三百年以上のアドバンテージがあるブラック相手に、暴走状態とはいえああも手傷を負わせるのは意外だったわぁ。


 そして期待していた結果――――精霊の顕現。

 それを目の当たりにして、私は不覚にも少し股を濡らしてしまった。

 あぁ本当に⋯⋯本当に素晴らしい子だわぁっ!


 戦意を喪失したブラックは翼を納め、もうグレイくんに抵抗しようとはしない。

 これはちょっと予想外。何だかんだ負けず嫌いなあの子なら精霊相手でも無茶して突っ込むかと思って身構えていたのだけれど。


 ここでブラック、そしてグレイくんのどちらかがいなくなられても困る。

 どの段階で介入を図ろうかと悩んでいたら、グレイくんの方が先に電池切れを起こしてしまったみたい。


 地面に倒れたグレイくんは、予想した通りその生命力は尽きかけ身体にはヒビが入り、物質として維持できなくなってきている。

 このタイミングを待っていたの――――。


 どうしようかと逡巡しているブラックの目の前に、私は躍り出た。


「久しぶりねぇアルフォンス。あ、今はブラックだったっけ? その名前、ちょっとキザったらしいんじゃなぁい?」


 挑発気味に話しかけた私は、ブラックの不快そうな顔を見て更に充足感で満たされた。

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