幕間 ルルエの思惑 後編
「アルフォンスと呼ぶなヘインリー⋯⋯今更出てきたのか」
「今更じゃないわよぉ、ちゃんとタイミングを見て出てきたのよぉ?」
そう言うとブラックはますます嫌そうな顔をする。
「話の前に、まずはクロちゃんを治さなきゃねぇ」
拾った巨大な竜の片翼をズルズルと引き摺ってクロちゃんの元へと向かう。
「どれどれ⋯⋯さっすが黒竜。息はないけどまだ微かに心臓が動いてるわぁ」
翼が繋がりやすいように傷口に近づけ、横たわるクロちゃんの前に跪く。さて、
「
一言唱えれば、クロちゃんのお腹に大きく刻まれた傷はみるみる塞がっていき、翼もピッタリとくっ付いて切断部も分からないほどに癒着する。
一般的に治癒魔法最上位というと
グレイくんが死ぬ度に生き返らせていたのもこの魔法なのよぉ!
まぁこれを使えるひとは限られているけれど。
死後暫くして使うような正真正銘の蘇生魔法とは、ぶっちゃけ
クロちゃんに浅い呼吸が戻りその出来栄えに満足すると、今度はグレイくんの方へ。
「残念だがそいつはエクスヒールでももう治らないぞ。生命力が枯渇しているんだ」
そこへブラックが言葉を挟む。
「わかってるわよぉ。ちゃんと方法は考えてあるんだから」
そう言って胸元の谷間に手を入れる。空間魔法って便利なんだけど、自分の身体を触媒にしなきゃいけない上に容量もそんなにないからぶっちゃけ使い勝手が悪い。
私の場合は
「じゃじゃじゃじゃーん、エーリークーシールー!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯ゴホン。さて取り出しましたるはグレイくんのお食事に欠かせないエリクシル。だけど今日はたくさん使うから、小分けされた瓶ではなくお酒を入れるような大瓶のものを取り出す。
「エリクシルだって無駄だ」
「慌てない慌てない。これはあくまで肉埋め用だから」
大瓶に入ったエリクシルの蓋をポンッと抜くと、中の液体を惜しげなくグレイくんの全身に振り撒いていく。
すると身体のひび割れた部分にエリクシルが浸透していき、
「あとは口から元気の素を注入〜ブチュッ」
「っ!?」
力なく開くグレイくんの口に自分の唇を重ねる。なんかブラックが後ろで息を呑んでるけれど気にしな〜い。
「フゥ〜〜〜っ」
そして吹き込むように私の生命力を流し込む。ふふ、ちょっとだけ舌を絡めちゃおうかな?
そんな誘惑に駆られつつもしばらくして、私は名残惜しく思いながら唇を離した。
「プハッ⋯⋯若い子とキスするのって背徳感あるわね!」
「おまえっ! 自分が何しているのかわかってるのか!?」
ブラックが叫ぶ。やぁねぇ、妬かれちゃったかしら?
「おまえのっ、『大魔王』の
「しないわよぉ。この子はもう私の魔力で染まっているし、私の血も分けてあるしねぇ」
そう。普段服用させている自作のエリクシルで私の魔力を浸透させ、スティンリーとの戦いへ赴く際にも血液を小瓶で与え、それをグレイくんは飲んでいる。この子はすっかり私色に染まっているのだ。
ぶっちゃけ彼は
そう言うと、ブラックは何処か得心したように目を細めた。
「――――なるほど。それで
「そうよぉ。でもまぁ、何かしらきっかけが無ければ力は目覚めなかった。それを手助けしてくれたのがあなたよぉ? お礼を言わなきゃね」
「つまり、全ておまえの掌の上だったと?」
その汚物を見るような目、嫌いじゃないけどそれは半分は誤解。
「全てじゃないわぁ。此処であなたとグレイくんが邂逅したのは完全にイレギュラー。いつかは素知らぬ顔でぶつけようとしてはいたけれどね? 手間が省けて助かったわ」
「相変わらずのクソっぷりだ。三百年前と何も変わらないな」
「あら嬉しい。女はいつまでも変わらずにいたいものですものぉ、フフフ」
そんな軽口にさらに顔を顰めてしまう。本当にこの子、昔から煽り耐性ないわよねぇ。
「ところで、なぜそいつはまだ純魔石を持っていない。それだけ仕込みをしたならいつでも移植できるんだろ」
「基が天才なあなたと違ってこの子は平凡の中の平凡、まだまだ発展途上なの。もう少ししっかりと育ててから埋め込むつもりよぉ。そこで晴れて三人目の
その時を想像し、私は顔がにやけるのを抑えられない。あまりにニコニコしていたものだから、ブラックが若干引いていた。
「正直そいつが平凡とは思えないがな⋯⋯ならなぜ今回私と戦わせた。わざわざ不完全な状態で立ち合わせた意味がわからん」
「それならついさっき目的を果たしたわぁ。器を更に完璧にするためにこの子の生命を削り、私の生命を注ぐ。ちまちまやるのって性に合わないから、やれる時にドーンって入れちゃいたかったの!」
「⋯⋯そこまでやる価値がその男にあるんだな。私はやはり出来損ないということか」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
『一人目』の代替として、三百年前に私が育て上げたブラックことアルフォンス。だけど彼は『一人目』のお眼鏡には叶わなかった。
彼は天才だった。人だった頃も、
それには理由があり、その問題も彼は既に分かっている筈だけれど。
「――――だが全てを知った今、私は絶対にお前らの企みを阻止するぞ。決して
「アルフォンス⋯⋯」
私はジッと彼の目を見て、優しく語りかけた。
「昔みたいにルルエ姉さんって呼んでいいのよ?」
「っ!! その時は貴様も殺すからな! 神も魔王もこの世界には不要だ、覚えておけ!」
顔を真っ赤にしながら、ブラックは踵を返して歩き出す。
その先にはなんかひ弱そうな少年が倒れていて、ブラックは乱雑に彼を掴んで叩き起こした。
「起きろアキヒサ。撤収だ」
「――――んぁ⋯⋯あ? ブラック?」
「帰るぞ。竜の魔核はもう抜いてあるんだろう」
「あ、あぁ。それなら奥のほうの保管庫に――――ってひぃぃ!? ま、ままま、魔女!?」
アキヒサと呼ばれた少年が私を見て悲鳴を上げた。なに? 殺そうか?
「アレは放っておいていい。さっさと案内しろ」
急かすように少年を立たせ、山頂の奥の方へと二人は歩いていった。暫くすると、黒い翼をはためかせたブラックが空を駆けて、さっきの少年の悲鳴と共に遠ざかっていく。
「まったく、昔はあんなに可愛かったのにねぇ」
見上げていた視線を下ろし、私はグレイくんの様子を改めた。
エリクシルと注ぎ込んだ私の生命の効果もあり、傷はすっかり癒えて安らかに眠っている。
土埃で汚れた髪を愛おしく撫でていると、思わず時間を忘れてしまいそう。
だけど、これからやることはたくさんあるのよねぇ。
クロちゃんのお父さんの埋葬とか。
今からでも里に戻ってエルヴィンだけでも連れてこようかしら⋯⋯なんて思って竜の亡骸に目を向けると、なにやらそこで蠢くものがちらほらと見えた。
「あら? あれは⋯⋯フフッ、よかった。労働力ならたくさん残ってるじゃない」
ラッキー! と思いながら、グレイくんを抱きかかえてそれらの方へと向かう。
今のクロちゃんはちょっと大きすぎるから、目が覚めるまであのままでいいわよねぇ。
さてさて一悶着はあったけれど、私のノルマも達成できたし満足としましょう。
グレイくんにはまだまだ強くなってもらわなきゃだし、ここを片付けたら次はどこへ行こうかなぁ?
ん〜、海とかいいわね! よし、次は海! 今から魚料理に合うお酒を買い込まなくっちゃ!
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