第89話 一応喧嘩売りました。

「それで、貴様らはここで何をしていた」


 ブラック・レギアルと名乗った男は、抑揚のない声でもう一度言葉を繰り返しました。


「こ、ここに棲む黒竜の⋯⋯生死を確認しに来ました」


 震える喉で必死にそう答えれば、ブラックは胡乱げに後ろを見遣ります。

 そこには解体途中の黒竜の亡骸と、傍らに倒れ泡を吹くツムラの姿。


「⋯⋯おいアキヒサ」


 まるで汚物に触りたくないという感じに、爪先で突つく。が、ツムラは起きません。


「魔法か」


 たった一目で看破されると、ブラックはツムラの顔を鷲掴みにしてグッと力を込めました。


「ガッハ、ひ、嫌だ! もう火で焼かないでっ、腕を切り飛ばすのはやめろぉぉっ!!!」


「何を寝ぼけている」


 ポイと放り投げる――――というには些か力強く地面に打ち据えられ、ツムラはようやく我に返ったようでした。


「ここ、は⋯⋯あの魔女は!? お、俺まだ生きてる?」


「一体何を見せられていたか知らんが、あぁ生きている。それでアキヒサ、アレはなんだ?」


 クイと顎だけで差す先は、血染めの黒竜。それに気づいた途端、ツムラの顔はこれまでより一層青くなった。


「俺は言ったな、アキヒサ。必要な核石を確保したらすぐに焼けと。なのになんだアレは」


「いや、だってよぉ! 流石に勿体無いだろ、黒竜だぞ黒竜! あれ一頭でどれだけ金が入るか――――」


「金よりリスクのほうが高い。事実コイツらに襲われたんだろう」


 その一言でウッとツムラは口を閉ざしました。


「それで、貴様らの目的はなんだ。素材目当てにハイエナの真似事か?」


「⋯⋯その竜はとある地で魔王の封印に携わっていました。封印の儀式の時期になっても現れない黒竜を心配した住民からの頼みで、自分たちはここへやってきました」


 下手にクロちゃんの存在が知られれば、今度はあの子が狙われるかもしれない。

 そんな事態を避けるため里の情報だけ答えると、彼はわりと素直に自分の言葉を受け入れました。


「なるほど、それは悪いことをしたな。もしその魔王の封印が解けたというなら非はこちらにあるだろう。なんなら私が倒してやるが」


「⋯⋯結構です、もう自分が片付けました」


「お前が?」


 じっとりと見定めるような視線。そして自分の首のプレートに気づいたようです


「なるほど、お前も勇者だったか。名は」


「グレイです。グレイ・オルサム」


「グレイ⋯⋯聞かない名だ。しかし黒竜が封印に手を貸すほどの魔王を倒したというなら、中々の腕前のようだ。アキヒサもこの通りだしな」


 ちらと見やれば、ツムラがバツの悪そうに顔を背けています。


「それでグレイ。黒竜は死んだ。――――いや、私が殺した。次はどうする、復讐か?」


 鼻を鳴らしながらほんの少し口角を上げる。挑発しているんでしょうか?


「このアキヒサは確かに黒竜を討伐した場にいたし、こうして死体を売り捌いていた。だが、殺したのは私だ」


「――――理由を」


 小さく呟いた言葉はブラックの耳にギリギリ届いたようで、彼は何でもない事のように言いました。


「なに。ちょっと高純度の魔鉱石が入り用でな。それならば竜の魔核はうってつけだ。それを手に入れるため、殺した」


「そうですか」


 一言。そう言うだけで次の言葉は出てこない。

 ツムラの傍若無人な行いには咄嗟のことで腹に据え兼ねましたが、冒険者が魔物の素材を求めて獲物を狩るのは至極当然な行い。


 このブラックという人が黒竜より強く、得る物を得たと言うだけの話。


 だけど。


「じゃあ、ちょっと喧嘩しましょう」


「馬鹿じゃねぇのか!? お前コイツが誰か知ってんのか、白金等級筆頭、最優の勇者だぞ!?」


 そう漏らしたのは誰であろうツムラでした。なんでお前が心配そうなんですか。


「筆頭やら最優やらは知りません。ムカつくから喧嘩しましょうって言ってるんです」


 自分でも何言ってんのかわかりませんが。

 しかし自分の言葉はブラックの琴線に触れたようで、クツクツと静かに笑っています。


「それは、もちろん実力差が分かってて言ってるんだな?」


「えぇ。正直さっきから貴方のことが怖くてチビりそうなくらいです。でも⋯⋯」


 ジッとブラックの青い瞳を見つめて、ハッキリと言う。


「怯えと怒りは別の感情でしょ?」


 するとブラックは楽しそうに笑い出す、それはもう大声で。


「いいぞ、それでいい! 勇者を名乗るならそうでなくてはならん! お前気に入ったぞ。よし、全員でこい。相手をしてやる」


 そう言われて自分は仲間のことが頭になかったことに気付いて、しまったと思いました。申し訳なく思いながら後ろを見ると、みんな仕方なさそうな顔をしていました。


「あの⋯⋯自分だけでもいいんですよ?」


「何言ってるんですかお兄様、ここで手を貸さないなんてことしませんよ!」


 心外です、といったふうにクレムが言う。


「ムカつく奴はブン殴る。そんなの当然だよなぁ?」


 綺麗な顔で男前なことを頬染めながらエメラダが言う。


「全ては主人の御心のままに。微力ながらお手伝いします」


 厚い信頼の目を向けてエルヴィンが言う。


 あぁ、みんなよくこんな自分に付き合ってくれるなぁ。ちょっとウルってきちゃうじゃないですか。

 ――――それじゃ、まぁ。


「やりますかぁ! 五元精霊召依ギア・フィフスエレメント!」


 五精を身に宿しフル回転。白金筆頭? 最優? だから知りませんって! 仲間もやると言うなら徹底的にボコられようじゃないですか!


 パキリと音が鳴り、その瞬間全員に攻防様々なバフが掛かる。ありがとうエルヴィン!


 一番槍はクレム。得意の瞬転と自前の脚力を使った踏み込みで一足飛びにブラックへ斬りかかった。


「だぁぁっ!!」


「ふむ、早いな」


 鋭い初太刀はあっさりと弾かれる。なんと素手で。


「うそっ!?」


 半歩遅れて自分も斬りかかり、しかしやはり素手で防がれてしまう。どういう硬さしてるんですか!?


「おおらぁっ!!」


 エメラダがその手を封じようと鎖を伸ばし絡めとる。しかしそれは簡単に引き千切られ、返す手でクレムに軽く拳を当てた。


 たったそれだけで、クレムは大きく吹き飛びガリガリと地面を削る。


「クレム!」


「余所見をするな」


 一瞬の隙。そして致命的な隙。軽やかなステップで繰り出された蹴りが左肩にめり込み、骨の砕ける嫌な音がする。

 気が付けば自分も吹き飛ばされ岩に叩きつけられていました。


大氷柱エルドアイシクル!」


 エルヴィンの唱えた魔法で巨大な氷柱が幾本も大地から伸び、ブラックに襲い掛かった。

 その間にも木札を割り自分とクレムに治癒を施してくれます。


 氷柱の嵐を紙一重で躱しているところに、自分とクレムが挟み込む様に両脇から横薙ぎを振う。


「良い連携だ」


 しかしその奇襲も効かない。両手で二本の剣を握り込み、しかし血が流れる様子はない。渾身の力を入れるが、剣はピクリとも動きません。けれど、それでいい。


「入れぇっ!」


 両手が塞がった瞬間、エメラダが尖ったペンデュラム付きの巨大な鎖をブラックの腹に叩き込んだ。


「――――なんとも、不思議な技を使う女だな」


 腹部に深々と刺さるはずだったペンデュラムは、呆気なく弾かれた。


「ちっ、硬すぎる!」


 そう零したのは自分だったかエメラダか他の誰かか。


 握られた剣をそのまま引き寄せられ、自分とクレムが叩きつけられる。

 衝撃でチカチカと星が見え、次に視界が戻った時にはまたも蹴りを叩き込まれ吹き飛ばされていました。


「が、ァ」


 何とか倒れないよう踏ん張るが、口からはパタパタと血が滴り落ちる。

 何というか、ここまで実力差があるといっそ清々しいですね。


「なるほど」


 そう落ち着いた声で呟いたのはブラックでした。


「潤沢な魔力を全て膂力とした童。確かに強い、お前はパーティの中でも純粋な前衛戦力だな。しかしまだ魔力の操作が甘いな」


 え、魔力? クレムのあの超人的な動きは魔力によって行使されていたと。知らなかった⋯⋯。


「次にそこの鎖使いの女。お前ズルーガの王族だな? 確か⋯⋯天の鎖、だったか。あれは神魔をも縛り付けるというが、存外脆いものだな」


 その言葉にグッと顔を歪めるエメラダ。依然天の鎖を自分のものにできていないことが余計に彼女の胸に刺さったのでしょう。


「お前は知っているぞ。かつて蒼の勇者であったエルヴィンなにがしだな。優秀な魔法士だと聞いていたが、まさか無詠唱で魔法を同時発動できるとは驚きだ。その木札が妙技の秘訣か?」


 この短時間に技の種を見抜かれたエルヴィンは、顔色こそ変えないものの内心は面白くないと思っているようです。


「そしてお前。グレイ⋯⋯オルサムだったか。肉体は凡庸。しかしその身に宿すのはこの世界の表の支配者たる五大精霊か。だが――――なぜ死なん?」


 グッと。今までにない殺気の伴う視線が刺さる。え、自分なにか怒らせるようなことした!?


「その昔には確かに精霊術師というものは存在した。だがそれらも五大精霊を宿し、あまつさえ自我を保つことなどあり得えなかった。それをお前は為している。誰がそうさせた?」


 一歩、また一歩。ブラックが近づくたびに圧力が増し、吐き気を催す。手は震え、歯が噛み合わずカチカチとやかましい。

 そして眼前に彼の顔が近づき、ジッと射竦められる。


「言え、お前にそれを教えたのは誰だ」


 カラカラの喉を必死に湿らそうと唾気を呑めば、思った以上に音が鳴る。目を背けることも出来ず、施されるがまま彼女の名を口にしました。


「ルルエ⋯⋯ラ・ヘインリー」


 小さくそう呟けば、ブラックの顔が怒気の孕んだ笑いに歪む。


「そうか――――お前が『三人目』か」


 次の瞬間。

 胸に喩えようのない衝撃が穿たれ、自分は吹き飛び視界が真っ赤に染まった――――。

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