第88話 一応恐怖しました。
「――――っ! お前、なんで動ける!!」
「さぁ、何ででしょうね!」
蒼の勇者、ツムラの振り下ろす凶刃を、自分は寸でのところで抜き放った魔王剣で防いでいました。
⋯⋯っていうかあぶな! 本気で危なかった!
ツムラの
だがしかし。
取り出したりまするはルルエさんより日頃の鍛錬で魔力を込めろと押し付けられていた魔鉱石!
中には自分の魔力が満タンに詰まっていて、これを使って何とか精霊召衣を行うことができました。
あ、こんにちは勇者です。
「くそっ!
「なに急に余裕なくしてるんですか、さっきまでの威勢は何処行きました? ⋯⋯っていうか、軽いですね」
そう言って、鍔迫り合っていた剣を押し返す。
それだけでツムラは簡単にタタラを踏んで数歩下がります。
不意に
にも関わらず、彼の剣撃はとても軽かった。
「あの、ひょっとして手加減してます?」
「ふざけんな! 誰がテメェなんかに加減するか、死ね!」
叫びながら振るわれる剣はやはり軽い、というか弱い。
まるで腰に力が入っていないし、ただ腕力で剣を振っているようです。この人もしかして剣の鍛錬とか受けたこともなく戦ってるんじゃ?
「あなた、誰かに戦い方とかちゃんと教わりました? 我流にしてもこれは酷いんですが⋯⋯」
「はぁ? 俺が誰かに教えを請うわけねぇだろ、スキルを使えばみんな弱くなるんだ! そんな無駄なことしなくたって俺はこれまでやってこれたんだよ!」
やってこれちゃったんですねぇ⋯⋯うん、この人そのうち普通に死にます。
「つーかお前、なんでスキルが効いてねぇんだ! どうしてそんなに動ける!」
「あーもう怒鳴らないでくださいよウルサイなぁ、簡単に言えば
「いねぇよ!
ステータス⋯⋯また耳慣れない言葉が出てきましたね。雰囲気から察するに身体能力の総称でしょうか?
っていうかブラックって誰。
「まぁ改めて、始めましょうか」
スッと剣をツムラに向ける。途端に彼は怯む表情を見せながらも、そこは一応勇者の矜持なのか逃げずに構えました。
「『筋力強化』、『俊敏向上』、『回避向上』、『斬撃耐性』、『打撃耐性』、あとは、あとは⋯⋯」
そこからはバフスキルのオンパレード。でも聞いている限りはクレムから説明され取得を断念した初期スキルばっかな気がするんですが⋯⋯いえ人のことは言えませんか。
「ふぅ⋯⋯よ、よし! これで負けるこたぁねぇだろ! おらこい!」
「なんか気が抜ける⋯⋯」
そう言いつつ今繰り出せる全力の斬撃を振り込むと、さすがに徹底的に重ね掛けしたバフスキルのおかげか拮抗して防がれます。
「よし! よし! 勝てるぜ、おら死ねぇ! 『岩突尖』!」
「おっ」
初めてみる攻撃系スキル。中々に早い刺突をギリギリで避けると、後ろにあった岩場に突き刺さり巨石が轟音を立てて抉られる。
すごい、ああいうの使ってみたい! 使わなくても出来るけど!
「まだまだぁ! 『朧五月雨』! 『孤月斬り』! 『暴風破撃』!」
高速の連続刺突、大上段からの斬撃、波動を伴った剣圧の波。そのどれもが初めてみる技で、中々に威力のあるものでした。
だけど、それだけ。
技に対して技量が全く伴っていない。
達人級の武人が使えばそれは途轍もない脅威になっていたことでしょう。しかしツムラの放つそれらは派手さはあっても決め手に欠ける、言わば猿真似のようでした。
「――――終わり?」
「⋯⋯なんで、全部避けんだよ!?」
「じゃあ今度はこっちが行きますよ。
魔術を唱えて走り出す。ツムラは呆気に取られているものの、正面から斬り込んでくるなら勝てると踏んだのでしょう。脚を開き渾身のカウンターをソレに振り抜きました。
「今度こそ死ねぇ!!」
「残念外れです」
ツムラの剣は眼前の自分に突き刺さり、しかし手応えはなかったでしょう。
何せソレは幻なんですから。
そして本当の自分はというとさっさと後ろに回り込み、軽く力を込めた下からの切り上げを彼の腕目掛けて放つ。
「――――え?」
少し離れた場所でボトリと何かが落ちる音がした。しっかりと剣を握り込んだ右腕だけが、そこに元からあったかのように転がり血を流している。
「ひっ!? ぎィィぁっ、腕、お、おれのぉっ、腕がぁ!?」
「手加減したんですから、さっさと腕拾ってくっつけて下さい。失血死しますよ」
「ぐぅぅ、ぅ、俺は、回復魔法なん、て⋯⋯使えねぇ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯えぇ〜」
この人今までどうやって生きてきたの⋯⋯いやでも昔の自分もそうでした。
腰の雑嚢から皮袋を一つ取り出すと、それをツムラに放ってやります。
「よく効く血止めです。それ塗って布巻けばまだ戦えますよ」
「こ、こんなんで戦えるわけ⋯⋯いやだ、し、死にたく、ないぃ!」
その言葉を聞いて、怒りが込み上げた。
「当たり前でしょうがぁぁっ!」
傷口を抑え蹲るツムラを思い切り蹴り上げる。カエルのような呻きをあげながらゴロゴロと転がり、しかしもう立ち上がる胆力もないようです。
「死にたくないのは誰だって一緒です、お前が殺した黒竜だって死にたくなかったんだ!!」
「ひっ!? ちが、俺はやってな、ちょっと手伝っただけ、殆どはブラックがやったんだ⋯⋯俺は悪くねぇぇ!」
この後に及んでまだそんなことをぬかす。その瞬間自分の頭はキンキンに冷えて、目の前の人間だったものがもう塵にしか見えなくなりました。
転がった腕を拾い、蹲るツムラの元へと近づく。たったそれだけで怯えられますが、怖いのはここからですから安心して下さい。
「
「ふ、ぐぅぅぅ、ぅ⋯⋯」
切断部に強引に押し当て、腕をくっつける。それと同時にもう一発蹴りを入れて転がしてやると、ツムラは完全に萎縮してしまった。
さっきまでの勝ち気と驕りに満ちた瞳は何処へやら。今はただ怯える小動物のような眼で自分を見上げています。
「お、お願、いします⋯⋯こ、殺さないで」
「⋯⋯⋯⋯
地面から這い出た蔓がキツくツムラを締め付け拘束する。
まるで磔刑にされたような状態で吊し上げると、自分は殺意を込めた眼でツムラを見据えます。
「――――あなた、ルルエという魔法士のことを知っていますか?」
「ル、ルルエ⋯⋯あぁ、俺たちの間じゃ有名だよっ! む、無理難題吹っ掛けてパーティをぶっ壊す厄病神だって」
疫病神という一言で、自分は手心を加える余地を一切省いた。
小声で一つ呪文を唱えると、ツムラの顔を鷲掴みにして睨みつけます。
「自分は今、その人の元で修行を受けながら旅しています。失礼ですがあなた、蒼の勇者にしては弱すぎますよね? だから僭越ながら自分が、ルルエさんの修行を再現して差し上げます」
握り込む掌の中で、ツムラの頭蓋がメキメキと音を立てる。
「ガ、ぁ、ぁぁァぁッ!? ゆる、許してっ、殺さないでっ!!」
「殺したら修行にならないでしょう、絶対に死なせません。その代わり死んだ方がマシな目に合ってもらいますが」
自分は訥々と今までルルエさんに受けてきた修行(あるいは虐待)の内容をツムラの耳元で囁く。最後までそれを聞いたツムラの足元には、いつの間にか失禁で出来た小さな水たまりが出来ていました。臭い。
「じゃ、はじめましょっか」
ニコリと笑いかけると、耳をつんざく女々しい悲鳴が轟いた――――。
◇◇◇◇◇◇
「お兄様、戻りましたぁ〜⋯⋯って、なんですかコレ?」
「あ、お帰りなさいクレム。大丈夫でしたか?」
特に傷も無さそうですがなんとなくそう聞くと、クレムは嬉しそうにハイと答えます。うん、可愛い。
「おっ、そっちも終わりか? ってなんだこりゃ」
「申し訳ありませんグレイ様、興が乗って遅くなりました。⋯⋯これはまた、趣のあるオブジェ? ですね」
エメラダとエルヴィンも戻ってきて、自分の目の前にある物を見て顔をしかめています。
いやね、自分でもこれは悪趣味だなって思うんですが仕方なかったんです。
「ア゛アぁ⋯⋯、も゛うや、めて⋯⋯ごめ――――さぃ、ゆるして⋯⋯い゛ぁぁ⋯⋯」
叫びすぎて枯れ果てたツムラの声は、少し前とはまるで別人のようでした。口から泡を吹き、顔も涙と鼻水でグチャグチャなのでやっぱり誰だかわからなくなってるんですが。
「なんか⋯⋯珍しくえげつないことしてるが、これなんだ?」
「ん〜。
「悪夢ですか。ちなみにどのような幻を?」
「ルルエさんのオススメ基礎鍛錬をフルコースで」
「それは⋯⋯⋯⋯未経験者には非常に恐ろしいですね」
エルヴィンがたじろいでいる。最近は慣れてきたとはいえ、最初の頃はエルヴィンもルルエさんとの鍛錬風景を見てゲェゲェ吐いていたものですし。
「最初は幻じゃなく現実でやってやろうとも思ったんですけど、時間掛かるし魔力も勿体無いので」
「そ、そうか⋯⋯で、これからどうするんだよ。一先ず邪魔なのは片付いたけど」
「そうですね。クロちゃんが目覚めるまではまだまだ余裕がありますし、アンデッドたちにも手伝ってもらって黒竜のお墓を作ろうかと――――」
その瞬間でした。
背筋がゾワリと逆立つ感覚。毛穴という毛穴が開き、じっとりとした脂汗が吹き出て額が濡れる。
手が震え、足が震え、首を動かすこともままならない。
絶対的な恐怖の塊りが、すぐ近くにいる――――。
「ここで何をしている」
聴き慣れぬ声に、しかし喉が震え口が乾きうまく答えられない。
みんなも同様で、誰一人その場から動くことができなかった。
「何をしていると聞いている」
若干怒気の孕んだ声音に心臓が潰されそうになりながら、必死に顔を声の方へと向ける。
金髪に透き通る青い瞳の整った相貌、黒ずんだ鎧の上に漆黒のコートを羽織った男がゆっくりとこちらへ歩み寄っていました。
目が合えば、眼力だけで押しつぶされそうな重圧。自分もツムラのように泡を吹いて倒れそうなほどの畏怖感。
「だ、だれ、ですか⋯⋯」
たった一言。そう絞り出しただけで魂をごっそりと削られる感覚。
しかし男の方は存外素直にその問いに答えました。
「名はブラック――――ブラック・レギアル」
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