第90話 一応まだ立てました。

「⋯⋯手抜きとはいえ心臓を抉る気でいたんだが、存外堅いな。その鎧はアダマンティン製か」


 赤く染まり歪む視界。キンとした耳鳴りが続く中無性に痛む左胸を見れば、半身だけ残っていた鎧――――丁度左胸の部分がヘコみ胸に食い込んでいました。


「ゲェ、はっ⋯⋯」


 一瞬止まった呼吸が戻り、乱れながらも必死に息を吸う。

 どれだけ吹き飛ばされたのかブラックは遥か先に佇み、仲間たちが慌てて自分の元に駆け寄ろうとしていました。


 止め帯も千切れ、鎧がガラリと剥がれ落ちた。内側に血がついているものの、幸い心臓は貫かれずにどうやら自分は生きています。

 鎧をくれたズルーガ王、マジでありがとうございます。


 それにしても、ただの貫手一発でこの有り様とは。

 やっぱり喧嘩売る相手間違えましたかね?


「グレイ様! すぐに治療を!」


 真っ先に駆け寄ったエルヴィンに治癒を受けるも、治りは遅い。

 何せ貫手をもらった胸はもちろん、文字通り突き飛ばされた衝撃で身体中の骨がバキバキのようです。


 ルルエさんと一緒にいると自己診断が捗るようになって嬉しいやら嘆けばいいやら。


「お兄様! お兄様! 大丈夫ですか、生きてますよね!?」


「生き、て⋯⋯ます、よ」


 そう一言だけ言うのが精一杯でした。クレムが傍らにしがみ付き自分を揺さぶる。その後ろでエメラダがそれを諫めていました。


「クレム、今は安静にさせておけ! それよりもあっちだ、野郎ぶっ殺す!!」


「待⋯⋯だ、めです、も、ぅ⋯⋯」


 相手にしないで、と言おうとしても声が中々出ない。

 エルヴィンに視線だけで喋るなと咎められ、それでもエメラダを止めようと口を開けば出てくるのは血の塊が溢れてくる。


 その様子を見てクレムもワッと髪を逆立て、踵を返す。


「よくもお兄様を、よくも――――」


 エメラダと共にブラックへと立ち向おうと歩くクレムの背には、ゆらりと揺らめくオーラのようなものが見えた気がしました。


「まだやるのか」


「当たり前だぁーっ!!」


 神速の突進。それはもはや超低空の跳躍に等しく飛ぶようにブラックへ突きを放つ。

 またも弾かれるかと思いきや、ガードしながらもブラックは数歩後ろへとよろめきました。


「む」


 それが意外だったのか、ブラックのクレムを見る目が少し変わる。

 まるで敵と認識したかのように。


「まだだぁっ!」


 その後も間髪入れずにクレムは剣を振るう。太刀筋にいつものような繊細さはなく、まるで獣のような剣撃。

 しかしその一撃々々は確実にブラックを追い立てているように見えます。


天然ナチュラルでこの力は中々だ。だがまだ粗削りすぎる」


 高く跳んでの振り下ろし。その攻撃にブラックは初めて剣に対して回避行動を取った。

 空振りした刃は深々と地に突き刺さり、その隙を決して見逃してはくれませんでした。


「次に会う時にはもう少し感情と魔力を制御できるようにしておけ、少しは楽しめるようになる」


 そう言ってクレムの頭を掴むと、思い切り地面へと叩きつけました。


「がっ、――――」


 ズンと軽く地響きがするほどの衝撃。クレムは地面にめり込んで、そのまま動かなくなった。


「クレムゥーっ!!」


 それを見たエメラダが慟哭し、怒りを込めるように拳を足元に叩き込む。

 すると今度こそ黄金に輝く『天の鎖』が出現し、ブラック目がけて幾本も襲いかかります。


「縛ってやるっ!」


「おぉ、これが本物か。やれば出来るじゃないか」


 追尾するように伸びる黄金の鎖は、しかしブラックを中々捕らえることが出来ない。

 複数の鎖は絡むことなく何処までも獲物を追って伸びていき、遂にその脚に絡もうかという瞬間でした。


「しかしお前は直線的すぎる。使うならもっとトリッキーに扱え」


 ブラックが、初めて腰の剣を抜いた。

 黒い刃のそれは、どこか自分の持つ魔王剣と雰囲気が似ていました。


 それを見えないほどの速さで振り抜けば、あと少しで届いたはずの鎖たちはすべて弾き飛ばされてしまいます。


「ぐ、うっ!」


 信じられないという顔をして棒立ちのエメラダに、ブラックは一瞬で肉薄すると剣の柄で鳩尾をひと突き。それだけでエメラダは昏倒し、ゆっくりと前のめりに倒れていきます。


 そっと差し出された腕に意識のないエメラダがしな垂れて、ブラックは壊れ物でも扱うようにゆっくりと彼女を地に寝かせます。

 意外に紳士じゃないですか。


「⋯⋯エルヴィン、もう大丈夫です」


「グレイ様、ご無理なさらず。あとは俺がやります」


「いえ、エルヴィンは二人を回収して麓まで下山を。すぐにルルエさんと合流してください」


 治癒魔法を続ける手を退けてゆっくりと立ち上がり、エルヴィンを見る。彼の目は怒りを孕んでいるものの冷静に状況を理解しているようです。


「喧嘩を吹っ掛けたのはこちらですし、落とし所は必要でしょ?」


「しかし奴はグレイ様を殺そうとしました、お一人では危険すぎます!」


「エルヴィンと二人でも結果は同じだと思いますよ。それにまだ精霊の力をきちんと借りてはいません。早々簡単には死にませんから、ルルエさんを連れてきてください」


 それに精霊を憑依しての戦闘になれば、周囲の被害を鑑みることも出来なくなる。だったら皆がいない方が正直戦いやすいというのもあります。


 自分の考えを推測してくれたのか、エルヴィンは渋々ながらもコクリと頷きました。


「すぐに、すぐに戻って参りますので! 決して無茶はしないで下さい」


「無茶しないことの方が少ないんですよねぇ⋯⋯」


 まだ身体に残っていた鎧の残骸を全て放ると、落ちていた剣を拾いゆっくりとブラックのほうへと歩き出す。


「サルマンドラさん。すみませんが力を貸してください」


(⋯⋯それはいいけどよぉ。その身体で耐えきれんのか?)


「まぁ、死ななきゃ儲けくらいじゃないですか? 最悪ルルエさんに蘇生してもらいます」


(お前も大概だなぁ。まぁいいぜ、勝てるかは知らんがな)


 ――――やっぱり精霊憑依でもキツイですかね。

 でもやられっぱなしってのは癪なんですよ。一応男の子ですから。


「なんだ『三人目』、まだ足掻くのか? その胆力は褒めるところだが、お前だけは絶対に殺すぞ」


「つまり仲間は見逃してくれると。それは助かります――――エルヴィン!」


「⋯⋯はい」


 悲痛に歪んだ顔でエルヴィンが駆け出し、クレムを抱えエメラダを背負う。その様子をブラックは黙って見ているだけで、手を出してくることはないようです。


「じゃあ二人は任せます」


「はい⋯⋯お気をつけて」


 そうしてエルヴィンが山道を走って降りていく。その背中も見えなくなると、改めてブラックへと向き直る。


「じゃあ第二ラウンド、やりましょうか」


「それはいいが、一瞬で終わるぞ」


「終わりませんよ」


 深く、深く深呼吸。

 火の精霊を身体うちに満たし、なおその力を求める。


精霊憑依エレメント・フュージョン火精轟竜トゥール・サルマンドラ


 身体が芯から燃える。同時に自分の意識は奥へと引き摺り下され、傍観者となる――――。


◇◇◇ ◇◇◇


「ほう。これは面白い。まさか精霊を操るだけでなくその身に乗り移らせるとは」


 グレイの黒い髪が真っ赤に染まり、肌も褐色へと変わる。

 瞳は赤く燃え、気の強そうな笑みを浮かべて灼熱の吐息を漏らした。


「おう。変だよなコイツ? これでケロっとしてるんだからホントおもしれぇぜ!」


「お前が火の精霊、サルマンドラか」


「如何にも。そしておめぇが跳ねっ返りの『二人目』だな? 繋がる者ロストマンってなぁどうも皆、どっかで性根がひん曲がるねえ」


 サルマンドラの挑発じみた言葉に、不快さも隠さずブラックは顔を顰めた。


「返す言葉もないが、それはお前の飼い主も同じになるということだぞ」


「そいつぁ大いに結構! コイツはやれることの割にどうにも性格が普通でいけねぇ。いつかどう拗らせるのか今から楽しみだねまったく!」


「野蛮だな、精霊というのは」


「褒めてもなんも出ねぇよ⋯⋯あ、いや。火なら出せるぞ?」


 そう言って手に持つ剣に炎を迸らせれば、みるみるうちに巨大な焔剣と化す。


「面白い手品だ、死ね」


「ありがとよ、死ね」


 二人が同時に走り出し、互いの剣を振り抜く。

 二本の刃がぶつかった瞬間、衝撃と炎の波で周囲の壊れるもの全てを薙ぎ払った――――。

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