幕間 クレムとエメラダとちょっとクロ
里の再建作業が始まり三日が経った。
まずは巨木を連ねた塀の範囲では明らかに人口過密であると、里の平面積の拡張が行われた。
竜化したクロやクレイゴーレムたちが塀の木を引き抜き、新たに定めた里の境界へと移植し拡げていくのだ。
まずこの作業に一ヶ月は掛かると思われていたが、木を引っこ抜くのが楽しいとクロが次から次へと外塀を取り除いてしまった。
クレムやエメラダも木を抜いた後の埋め立てや新たに塀を作るための堀作りをゴリゴリと行ってしまうため、里の英雄たちが率先して作業しているのに自分たちがサボるわけにもいかずと、作業は急ピッチで進んでしまい、都合二日で終了してしまった。
里の再建復興の中ではこれが一番重要で時間もかかると目されていたため、里人たちにとっては嬉しいやらスケジュールをぶち壊されるやらで嬉しさと忙しさで悲鳴があがる。
おかげで里の広さはこれまでの倍以上になった。
ここからは居住環境の整備やら祭祀殿の建築やらで殆どが大工仕事になる為、クレムたちは早々にお役御免となってしまった。
まだ木材が足らず、塀で覆うことができていない場所から獣や魔物の侵入を監視するという名目で、三人は里の隅っこの方で暇を持て余している。
「あぁ〜、昨日まではバリバリ身体を動かせたのに急に暇になったな⋯⋯」
「しょうがないですよ。外塀の木材も足りない、家を建てることも手伝えないでは、僕たちがやれることはそうありません。返って迷惑になってしまいます」
「クロ、もっとひっこぬきたかった〜」
三者三様、思うようにダレていた。グレイのところに入り浸ろうとすると、急に目に力が戻り声も出るようになっていたエルヴィンが「グレイ様のお体に触る。皆は外で時間を潰せ」と言って追い返されてしまう。
「にしてもあのエルヴィンの変わり様、ありゃなんだ? グレイのこと様付けだわ普通に喋るわ、かなり驚いたぞ」
「シルフ様からの罰だそうです。一生お兄様にお仕えするのが俺の仕事だと、やる気に満ち溢れていました」
「⋯⋯それ、罰になってないんじゃないか? むしろあたしたちが付け入る隙が無くなってないか?」
「付け入るって⋯⋯エルヴィンさんがやる気を出して新しい事に取り組んでいるのは良いことじゃないですか」
そう言うクレムに、エメラダは若干渋い顔をする。
「お前な、髪も髭も整えてキラキラと笑顔振り撒くアイツの顔見ただろ。ありゃエルフ顔負けの美形だぞ、あのまま側にいてグレイが男色にでも目覚めたらどうする?」
「えっと、ナンショクってなんですか?」
そこではたと気付く。そういえばこんな
「⋯⋯お前のライバルが増えるって意味だよ」
その言葉に暫し考え込むクレムだったが、ようやく意味が分かったのかアワアワと顔を真っ赤にさせた。
「そ、そんな! エルヴィンさんは男性ですよ! そんなこと有り得ません!」
「お前が言うんじゃねぇっての! 自覚ねぇのか!?」
「ぼ、僕は女の子みたいなものじゃないですか! エルヴィンさんは大人の男性ですよ!?」
「そういう世界もあるし、お前にだって立派に付いてんだろ! でけぇか小せえかの違いだアホ!」
「⋯⋯? クー、小さい?」
クロのその一言でクレムは撃沈し、エメラダはこれ以上の薮蛇は御免と口を閉ざした。
「――――で、でも、そんなことありませんよね? エルヴィンさんはきっと女性が好きですよね!?」
「まだ蒸し返すのか⋯⋯恩ある相手に気を惹かれるのは誰だってあるだろう。お前はどうだったんだよ?」
「⋯⋯⋯⋯っうわぁ!? た、確かにそれは危険です! どどどどうしましょう、こうなったらもうルルエ様に頼んで本当に女の子になって、お兄様の夜伽をするべきですか!?」
「ブフェッ――――――――!?」
暑い日差しの中、水筒の中身を軽く口に含んでいたエメラダが盛大に吹き出しキラキラと小さい虹が出来た。
「夜伽って、おま、何処でそんな言葉覚えた!?」
「うちのメイドたちです⋯⋯いざとなったら裸でお兄様のベッドで横になればきっとお手付きしてくれるって。――あの、夜伽ってどう言う意味なんですか?」
「知らない言葉を気軽に使うな⋯⋯お前んとこのメイドはアレか、変態か?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
返事が返ってこない。エメラダは暑さからくる汗とはちがうものが背中に伝うのを感じた。
「あの、エメラダ様」
「あぁもう! まだなんかあんのか!?」
「エメラダ様もお兄様と夜伽したいですか?」
瞬間、エメラダの拳骨がクレムに飛びヒラリと躱される。その実力差にぐぬぬとなりつつ、仕方ないとエメラダはクレムをグイと引き寄せた。
「⋯⋯あのな、本来こういうのは家の者か教師が教育の一つとして教えるんだからな。あたしから聞いたって絶対言うな? 夜伽ってのは――――」
ボショボショ、と耳打ちする。日差しの照る中、恐れ多くも王女手ずからの性教育が小さく行われた。しばらくしてクレムを解放すると、顔を真っ赤にしてフワフワと漂い尻餅を突く。
「ごほんっ! と言うことで、外ではそういう言葉は使わないこと。お前んとこのメイドみたいに変態と思われるぞ」
「わ、わかりましたぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
赤面しそれを両手で隠すちょっと艶やかなクレムを見ていて、こいつ本当に男なのかとほのかに苛立つ。年下とはいえ、自分にない色気を持つ男が目の前にいると思うと女である自分に自信が持てなくなる。
「とにかくだ、そういうのはお前には当分早いし、その、あたしにだって覚悟がない! だからそういったアレコレを一足飛びしちまいそうな大人のエルヴィンは危険なんだ。⋯⋯男だがな」
「は、はい⋯⋯ところでエメラダ様」
「い〜い加減にしろよ今度はなんだ!?」
「男性同士だったら、どう夜伽すればいいんですか?」
ブチ切れたエメラダはクレムを鎖でグルグル巻きにすると、悲鳴が上がらなくなるまで空中で振り回してやった。その様子をクロが羨ましげに見て自分もやってとせがみ、エメラダは大忙しだった。
遠くから見ていた里人たちは、君子危うきに近寄らずと見て見ぬ振りを決め込んで、各自の作業を黙々と進めた。お陰でこの日も予定より随分と作業が進んだらしい。
「私が枠外にされてるのはなんでかなぁ〜。ちょっとグレイくんのこと襲ってみようかしらぁ」
キャッキャ騒ぐ若者たちを遠目に、ちょっと不服顔のルルエは郷長宅の窓際でクピッと酒瓶を傾けていた。その晩、皆が飛び起きるほどのグレイの叫声が里に響いたという――――。
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