第67話 一応従えました。

「さて、初めましてエルヴィン。僕は風の精霊シルフだ。以後、見知り置いておくように」


『⋯⋯お話は方々から伺っております。この度はこの身の不始末を治めて下さり、感謝しております』


 サッとエルヴィンは跪き、シルフとなったグレイを畏敬の念をもって見上げる。


「それは先程グレイが言っていたように、此処にいる皆に責任がある。もう自分を責めるのはよせ⋯⋯と言いたいところだが、そうもいかないんだろう?」


 エルヴィンの顔がくしゃりと歪む。その通りだと表情だけで如実に語っていた。


「そこで提案だ。僕はこの里、そしてエルフたちに罰を与えた。ならば君にも罰を与えたいと思う」


 その一言でエルヴィンがパッと顔色を変える。罪を与えると言われているのに、何故かすこし明るくなった様だった。


「君の罰は――――僕、そして宿り身であるグレイへの隷属だ、一生のね」


『隷属、でございますか⋯⋯』


「嫌か? 君の罪は、その程度で贖えないほど重大なものだ。だが君も言うようにこのグレイという男は人が良すぎる。あまりキツい事を言うとまた叱られるからね⋯⋯ほら、今も僕の中で騒いでいる」


 実際、意識を奥に引っ込ませたグレイは話が違うとがなり立てていたが、シルフは無視した。


「彼と僕専属の奴隷となれ。これから建つ祭祀殿にも封印の儀式のように魔力を込める機会があるから、魔法士である君なら適任だ」


 エルヴィンが黙り込み暫し。覚悟を決めたように、彼は真っ直ぐにシルフを見つめた。


『その罰、慎んでお受けいたします』


 その答えに満足そうにシルフは頷く。そしてエルヴィンの首、その包帯に手を掛けた。彼は一瞬身を引こうとしたが、すぐにジッと身を固めた。


「中々に酷い傷だ、これでは僕の奴隷にしては見栄えが悪い」


 そう言うと、何処からともなく暖かい風が吹く。それはエルヴィンの首に纏わり付き、見る見るうちにその酷いきずあとを癒していった。エルヴィンはその事象に驚愕し、ブルブルと身を震わせる。


 傷のあった肌が元通りになると、次第に首周りが堪らなく熱くなるのを彼は感じた。

 焼鏝やきごてでも当てられているような感覚。それはあながち間違いではなく、綺麗になった彼の首筋にはまるで首輪のような紋が刻まれていたのだ。


「残念ながら見た目を整えただけで、失った中身までは元に戻せない。だがこれから君は風の精霊の庇護を受ける。その意味がわかるか?」


 その問いにエルヴィンは答えられない。しかし何事か言わなければと思った、その時だった。


「わ、わかりません。どのような――――っ!? こ、声が!」


「風は音を伝える。ならば声も音と同じ。口で発音するわけでは無いが、これで君の望みの半分ほどは叶ったのではないか?」


 発せられたのは、真実エルヴィンの声であった。念話と発声の仕方は似ているが、木札や魔力も不要で周囲にもしっかりと聴こえる。これならば魔法だって使える。


「このような⋯⋯このようなご恩を受け、どうすれば⋯⋯あぁ、風の精霊シルフ。この身朽ちるまで、誠意を持って貴方と、そしてグレイにお仕え致します」


「許す。例え何事あろうと、君はその一生を終えるまで僕たちの奴隷であり眷属だ。それと彼に対しても今後の言動は相応しいものにするように」


「はっ、畏まってございます⋯⋯っ本当に、有難く思いますっ!」


 またポタリと、先程まで濁り切っていたエルヴィンの瞳から涙が零れる。まるでその涙に汚濁が濯がれるかのように、彼の眼は精気に満ち溢れていった。


「ではこれで終いだ。あぁ、そう言えばグレイに言い忘れていたよ。サルマンドラと同じように僕からも君に寵愛を賜わす。彼はその餞別と思ってくれ」


 そう言って、シルフはグレイの身体を返した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「何また勝手な事してんです!? 奴隷ってなに、え、嘘でしょ!?」


 ちょっとちょっとちょっと!! こんなの聞いていません! やり直しを要求! 奴隷なんていりません、て言うか見た目的に手枷付けてる自分の方が奴隷でしょ!?


「グレイ様」


 透き通った声が耳に届く。あぁ、空気に混じる彼の声はこんなにも爽やかに美しい音なんですね。


「シルフ様のご指示通り、今後は貴方にも忠義を尽くします」


「お願いですエルヴィンさん! その話し方はやめて! いつも通りでいいです、本当に!」


「そうは参りません、シルフ様より言動も相応しくと仰せつかりました。俺は貴方の忠実なしもべ、いつ何時もお側に」


「結構です! 貴族でもあるまいに!!」


「しかし――――」


「ダメったらダメーーーーーっ!!!!」


 その後しばらくは自分とエルヴィンさんの押し問答が続き、結局自分が押し負けてしまいました⋯⋯。

 って言うか声が戻って生き生きとしたエルヴィンさん、印象がガラリと変わってめっちゃカッコエエ!?


 自分はとても拙い何かに目覚めてしまいそうな予感を脳裏から蹴り飛ばして、エルヴィンさんに甲斐甲斐しくベッドへと寝かしつけられるのでした――――。

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