第66話 一応寝込みました。

 おはようございます、勇者です。

 なんかお久しぶりな気がするんですがきっと気のせいでしょう。


 さて自分は今なにをしているかと言えば、郷長宅のベッドで寝込んでおります。

 昨夜はシルフさんが盛大に飲み食いを続け、結局は就寝まで身体を返してくれませんでした。その結果⋯⋯。


「うぉぉ⋯⋯起き上がれない⋯⋯⋯⋯」


「まぁ当然よねぇ、半日も精霊に身体を貸しっぱなしにしてたんだからそれなりの負荷が掛かるわよぉ」


 自業自得、と語るルルエさん。しかし仮にシルフさんを憑依しなかったとしても果たしてデンリーに勝てたかどうかは疑問ですし、とりあえずは結果を重視しましょう。

 この身一つ、数日寝込む程度なら安いものです。


「エリクシルも飲んだし、しばらくは大人しくしてなさい」


「ふぇい⋯⋯」


 そう言ってルルエさんは部屋を出ていきました。クレムやエメラダ、クロちゃんも先ほど見舞いに来てくれましたが、すぐ里の復興のお手伝いをすると言ってとんぼ返り。⋯⋯あれ、なんか一人って寂しい。


 窓の外からは土木作業をしているのでしょう、人の喧騒と槌を振る音が遠くに聞こえます。う〜ん、暇。


(なら、僕とお喋りでもするかい?)


「おわっ、ビックリさせないで下さいよシルフさん」


 いきなり頭の中にシルフさんの声が響く。昨夜は満足してくれたのか、声は妙に弾んで聞こえます。


(外ではだいぶ急いで作業しているようだね。働き者が多いのは結構)


「急かしたのはシルフさんでしょう。あれだけ脅せば誰でも必死になりますよ」


(ま、僕としては祭祀殿が出来さえすれば里の居住環境なんてどうだって良いんだけどね)


 あ、それ昨日も言っていた言葉ですね。


「その祭祀殿ってなんですか?」


(そのままの意味、僕ら精霊を祀る祭殿さ。あっても無くてもそう変わらないが、精霊と祭祀殿とは繋がっている。奉納されれば力も強まり加護を与えるし、その地の監視にもなる。今あるものは壊されてそのままだけどね)


「それはエルフの本郷にあったっていうやつですよね」


(そう、ザックリ二百年くらい前だからデンリーを封印したのと同じくらいの時期かな? 本郷にダークエルフが襲撃してきたことがあったのさ)


 ダークエルフ――エルフと血を同じくし、しかしより彼らより強い魔力を持つ褐色の種族ですね。


(その時に壊されちゃったんだけど、本郷の連中は襲撃の際に僕の加護が無かっただのと宣って祭祀殿を建て直さないんだよ)


「なんか⋯⋯⋯⋯襲撃って辺りが既視感のあるお話です」


 その時、扉を控えめにノックする音が響く。シルフさんとの会話を中断して返事をすると、ドータさんとサルグ・リンが揃ってやってきました。


「おはようございますグレイ様、お加減は如何ですか」


「ひどい筋肉痛のようなものですから、心配はありません。⋯⋯あとドータさん、様付けじゃなく今まで通りでいいんですが」


 そういうわけにもいかない、救い主にそのような態度はとても取れないと固辞されてしまいました。堅苦しいのは嫌なんですよ⋯⋯。


「実はお渡ししたいものがあって、お見舞いを兼ねて参りました」


 そうサルグ・リンが言うと、扉の奥からエルフたちが二人がかりで大きな木箱を部屋に運び込んできました。


「こちらはシルフ様がデンリーを屠った際に天から降ってきたものです」


 木箱の蓋を開けると、その中には巨大な赤い塊りが⋯⋯ん? なんか見覚えが?


「これは魔鉱石、それも普通のものではありません。魔王封印に使われていたものと酷似していますが、ルルエ様曰く元は竜の心臓なのだそうです」


 え、デンリーって竜の心臓に封じられていたんですか、っていうか竜の心臓って魔鉱石!?


「正確には竜が死ぬとこのようになるのだそうで⋯⋯我らもあまり詳しくはないのですが」


「はぁ、それは驚きです⋯⋯でもどうしてそれをここに?」


「勿論、魔王討伐の証としてグレイ様にお渡しするためです」


 いや、そんな高価そうなもの頂いても返って困ってしまうんですが。しかし討伐の功績として是非にと言われればお断りも出来ません。デンリーを倒したの自分じゃないけどね!!


 その後は二人の婚約をお祝いし、少し世間話をすると工事の指示もあるのでと二人は退席していきました。


(なんだぁ? 竜の魔核じゃねーか、珍しいもん貰ったな!)


「っとぉ!? 今度はサルマンドラさんですか⋯⋯」


 どうやら今回の長時間の憑依で精霊との親和性が向上したらしく、特に身体を貸したお二方はかなり気軽に声を掛けやすくなったんだとか。急に頭の中で喋られてもちょっと困るんですど⋯⋯。


(そいつは良い素材になるぞ、腕の良い職人がいるなら一つ装備でも拵えたらどうだ)


「竜の心臓を身につけるって考えたらかなり抵抗感あるんですが⋯⋯」


 シルフさんとサルマンドラさんは、その後も他愛のないことや思い出話を語ってくれます。まぁそのどれもが神話級に古い出来事なので、子供の寝物語でも聞かされている気分⋯⋯しかし退屈しのぎにはちょうど良い感じです。




 そうしてもうすぐ昼前になろうという頃。また扉をノックされ、部屋に入ってきたのはなんとエルヴィンさんでした。


「エルヴィンさん!? もう歩いて大丈夫なんですか!」


 しかし彼の声は聞こえない――あ、装備外してるから木札持ってないんだった。自分はベッド脇の荷物から木札を漁ります。


『すまないな、そんな状態だというのに』


「これくらいなんでもないですよ。それよりどうですか、傷の具合とか」


『ルルエ様に治癒して頂いたから問題ない。精神の方も、世話になった聖職者の話ではそれほど影響はないそうだ』


 あのルルエさんが慌てるくらいですから、もしもの事があったらと心配でした。悪魔が憑くことでどんな影響があるのか自分には分かりませんが、何事もないなら良かったです。


『君には――君たちには、いくら感謝しても返しきれない恩と、謝っても許されない迷惑を掛けてしまった。本当にすまない⋯⋯』


 悲痛な顔をするエルヴィンさんからは昨日までの狂気は感じないものの、放っておけば自害でもしてしまいそうな悲痛の念がひしひしと伝わってきます。


「今回のことは誰が絶対に悪いということでもありません。巡り合わせが悪かっただけですよ」


 そうフォローを入れると、彼はハラハラと小粒の涙を零し始めました。ちょ、あの、ど、どうしよう!?


『君は人が良すぎる、時には叱責も必要だと知っていた方がいい。それではその内に命を落とすよ』


「ぜ、善処します⋯⋯でもあの、今言ったことは本当ですから。すぐに行動できなかった里の人々、頑なな態度のエルフたち、エルヴィンさん、そして貴方を伴って此処に来てしまった自分たち。罪があるとすれば皆が被るべきです」


『そんなわけがない⋯⋯おれが里に来ようとしなければ、魔王は復活しなかった』


「してましたよ、もう時間の問題だったんです。そこにたまたまあのカイムが与し易いエルヴィンさんを新たな依代に選んだに過ぎません。貴方がいなければ里の誰かが同じように取り憑かれていたでしょう」


 これは里人やエルフたちとも昨夜話して出した結論です。その場に自分⋯⋯シルフさんはいなかったので又聞きですが。

 だから今この里でエルヴィンさんを表沙汰に責める人はいない。けれどそれが彼にとって、罪の呵責に押し潰されそうになる要因になっているのかもしれません。


 叱責⋯⋯やっぱり必要なんですかねぇ。


(ねぇ君、グレイ。本当に少しだけで良いから、もう一度身体を貸してくれないか?)


(シルフさん? 一体何するつもりです。また殺す殺さないってのは御免ですよ)


(そうじゃ無いさ、ちょっと彼の胸の棘を抜いてやろうというんだ。協力して損はないよ)


 む、そう言われてしまうとお断りし辛い⋯⋯少々考え、自分はシルフさんの提案に乗ることにしました。


精霊憑依エレメント・フュージョン風精妖王トゥール・シルフ


『っ!?』


 そうして自分は身の内に引っ込み、シルフさんの采配を見守ることにしました――――。

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