幕間 エルヴィンの思考録

 始めにこのパーティに出会った時は、どんなおめでたい奴らなんだと思った。


 森で大事な荷物を失くして数日彷徨い、ようやく道に出れば馬車に引かれ掛ける。

 もうこのまま死んでも構わない。魔法の研究は続けたいが、正直もうどうでもいい。終わるなら終われ。


 そう思っていたのに、こいつ等……特にパーティリーダーの彼は、勇者だというのに見知らぬ相手に疑いもせず助けの手を伸ばし、食事まで与える。

 なんだ、どういう魂胆だ? 俺から奪えるものなどもう何も残っていない。


 この首の傷を受けて声を失ってから、世の中の全てが欺瞞と嘘で塗り固めた灰色の世界なんだと思っていた。


 しかし彼はなんの裏表もなく俺を助けたらしい――本音を言えば感謝を飛び越え不気味に思った。世間知らずにも程がある。


 だが一緒にいたルルエ様を見て、あぁ……少なくとも彼は苦労の末に今があるのだと察した。

 俺の勇者時代のパーティを崩壊に追い込んだアルエスタの魔女。それを伴ってこんなことをしているなら、真実の聖人か考えなしの馬鹿のどちらかだ。


 彼女は勇者を育てるという使命(本人は趣味といっていたが)を持って、様々な勇者のパーティに潜り込む。

その末路は二つ。大成するか解散するか。俺は後者だった。


 その後も彼らは甲斐甲斐しく俺を連れ回して、無担保で金まで貸す始末。脳が沸いているとしか思えない。どうしてそんなことができるんだ?


 すぐに金を作って返したが、今度は俺の目的地である竜人の里までクエストついでに同行してくれるという。自分から頼んでおいてなんだが、まさか快諾されるとは思わなかった。


 ここで俺は理解した。彼は真実の聖人で、考えなしの馬鹿だ。


 ルルエ様同伴のパーティだけあって、戦闘面での実力は確かなものだった。連携も飛び入りの俺が入っても問題なく機能する。


 さぞ組んで長いのかと思ったが、なんとパーティを結成して間もないという。これは恐らく彼が中心にいるということが大きいのだろう。


 これが人徳というやつか。カリスマと言ってもいい。本人は無意識のようだが、要所ではすかさずメンバーのサポートに入る細やかさは恐れ入る。なんとなくだが、まだまだ実力も隠しているように思える。


 道中で思わぬ襲撃にも遭ったが、無事に竜人の里へ辿り着けた。

 俺の求める魔法がここにあればいいが――。


 最初から依頼主は里の有力者であることは分かっていたので、情報の収集は楽なものだった。ここでも彼が役立ってくれた。ここまでくると、つい彼に頼りがちになる。


 しかしトラブルもあった。まさか協力を仰ごうとしていた竜人がもう死んでいる可能性があるとは……。しかし連れていた子供がまさか黒竜、それも竜人の娘かもしれないというのは、少し出来過ぎではないか?


 実際に竜人の娘――クロが黒竜の姿を現した時には、心底驚いた。念話も忘れて口で喋ろうとしてしまったほどだ。


 そしてクロが里の者におおやけになれば、扱いも変わってくる。予想はしていたが、また彼が人の良さを発揮して里の儀式を手伝うことになった。


 おかげで俺の研究の狙いだった魔王を封じた魔鉱石も調べることができ、過去の資料まで目を通せる。なんと素晴らしいことか! もう彼に足を向けて寝られないではないか。


 それからはひたすら資料漁りと魔鉱石の分析調査に全力を注いだ。

 その途中でいきなりクロが泣きながらしがみ付いてきた時には困り果てた――――俺は子供が苦手なんだ。


 ……なんだか、身体がおかしい。自覚したのは、何度目か分からない魔鉱石の調査をしている時だった。魔鉱石を見つめていると、何かが語りかけてくる気分になる。気が付けば何時間も立ったまま魔鉱石の前にいたようだ。


 それからは、頭の中に俺の求める魔法の展開式がぼんやりと浮かぶようになった。


 ――――それは声を出す魔法。


 俺の失われた、魔法士にとって最大の武器を、何としても取り戻したい。しかし頭に浮かぶ展開式は完全ではなく、所々が虫食いのようだった。


 魔鉱石のところに足を運ぶ回数が増えた。その度に頭の中の展開式の虫食いが埋められ、代わりに何かが重く纏わりつく感覚に陥る。


 疲れているのだろうか……だがここで手は止められない。郷長の屋敷で資料と睨みあい、魔鉱石の元へ行き、展開式を埋めていく。そんな時間が続く。


 顔色が悪いと何度も彼やルルエ様に諌められた。薬を貰って少し楽にはなったが、床に入っても魔法のことが脳裏から離れない。


 足りない。足りない。足りない!!


 もっと知識を、もっと情報を! そう願う度、魔鉱石の元に足を運ぶ。あぁ、これは奇蹟の石だ。俺の求める解を埋める知慧の塊だ!

 身体は悲鳴を上げる様に重苦しかったが、そんなことはどうでもいい。俺が捧げられるものならなんだって捧げよう!


 そうして再封の儀式の行われる前日。ついに魔法の展開式が完成した。歓喜し、狂喜し、しかしその喜びは一瞬で崩れた。


 これを行うには膨大な魔力がいる。それこそ、何十人もの人間の魔力を掻き集めてようやく発動できるかどうかだろう。俺は愕然とし――しかし、閃いてしまった。


 あるじゃないか、膨大な魔力が。明日、そう明日だ! 明日この里には何十人、いや百人以上の人間とエルフが集まり魔力を注ぐではないか!


 それに気付いた俺は、真っ先にクロの補助役として儀式の参加を買って出た。流れとしては単純だ。魔力の扱いに慣れないクロに付き添い、魔鉱石への魔力供給の橋渡しをしながら少しずつ魔力を掠め取ればいいのだ。


 魔力量の多いエルフもいるなら、ほんの二、三割でも分けてもらえば事足りる。多少魔鉱石への配分は減るが、今後も儀式を行うならば早めに里を訪れればいいだけのこと。


 多少良心の呵責はあるが、今はなんとしてもこの魔法を使って声を取り戻したいのだ。


 その日は里の者とクロとで、儀式の打ち合わせをしながら心躍らせていた。その喜びが顔に出ていたのか、クロに機嫌がいいと言われた。

 何故だか分からないが、この子が傍にいると身体の重みがほんの少し軽くなるような気がした。


 そうして翌日を迎え、儀式は予定通り行われた。クロと共に壇上へと登り、彼女の肩に手を乗せる。眼前には人とエルフがずらりと並び、祈りと魔力を捧げる準備が整っていた。


 いよいよだ。そう思った瞬間、急に身体の自由が利かなくなった。


 なんだ……? 何が起こっている!?


 そして気付いた。目の前の魔鉱石から、俺の中に流れ込んでくるナニかがいる――!


 これまでの倦怠感がなんなのか、その時点でようやく分かった。

 俺は、操られていたのだ…………魔鉱石の中に潜むものに。


 ではまさか、あの魔法の展開式は――!? その考えに至るとともに事は起きた。


 里の広場に魔力が満ちると同時に、身体は勝手に動き出し、クロを弾き飛ばしてしまった。やめろ、やめろ! これでは、このままでは!!


 必死の抵抗は、まるで意味がなかった。俺の意思に関係なく手が動き、転がる魔鉱石を拾い掲げた。そこから黒い激流が身体の内に流れ込む。


 自分の意識が隅に追いやられ、まるで籠の中に閉じ込められたようだ。


 俺を乗っ取った黒いソレは、魔力を魔鉱石に注ぐことなく俺の中に引き入れていく。普通なら不可能なほどの膨大な魔力を吸い上げ、俺の中で完成していた魔法は発動する。


 そう、これは「悪魔の召喚」だ!


 そして自分の愚かさに後悔しながら、俺の意識は閉じた――――。

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