第57話 一応儀式が始まりました。

 こんにちは、勇者です。


 本日はいよいよ魔王再封の儀式の当日。朝に顔を合わせたウーゲンさんやドータさんはかなり緊張しているようでした。


 表を見ると昨日より更に里中が慌ただしく、誰もが走りまわって今回の儀式を成功させようという意気込みが見えるようでした。


 さて、儀式の主役であるクロちゃんはと言えば、いつもの黒いワンピースから白く清楚な印象のローブにお色直しさせられ、長く伸びた髪も後ろでまとめています。

ほんのりとお化粧もしているのでしょうか、いつもより女の子らしく輝いて見えます。あぁ! うちの子ってほんと可愛い! 誰か画家呼んで画家!!


「う~。おかおにぬったやつ、ヘンなにおいする……」


「白粉ですね。人間が綺麗に見せるためのお化粧です、鼻の良いクロちゃんにはちょっと辛いかもですが、いつもよりずっと可愛く見えますよ! 最高です!」


「……くろ、かわいい? なら、いい」


 ちょっと照れているのか、言葉少なでしたが褒められて嬉しいようです。ぐぁぁ……そんな仕草もいいですよぉ!!


「グレイくん、ちょっと気持ち悪い」


「ケッ、子供が化粧で色気づいたくらいでナニ浮かれてんだか」


「……僕もお化粧の勉強しようかな」


 まぁぁ! この人たちったら、せっかくのうちの子の晴れ姿なんですよ! ここで興奮しなくてどうしますか! あとクレム、これ以上女子力上げたら本当の本当に男の子に見えなくなるからね?


『……おはよう、準備は済んでいるようだな』


 客間へやってきたエルヴィンさんは、昨日より多少マシな顔になっているかと思いきやまるで疲れも取れていないようです。目の下のクマも酷く、見開かれている目は悪い意味でギラギラとしていました。


「エルヴィンさん、そんな調子で大丈夫ですか? なんならルルエさんか他の人にかわってもらったほう――――」


『ダメだ! これは俺の仕事だ、誰にも譲るつもりはない!』


 いきなり声を荒げ、その豹変ぶりにみな口をつぐんでしまいます。


『……大声を出して済まない。だが大丈夫だ。俺にとってこの儀式は里に来た目的でもある。だから、俺がやりたい』


「くろも~、えうびーがいればキンチョウしない! ふたりでやろ!」


 クロちゃんがとてとてとエルヴィンさんに近づいてギュッと手を握る。いつの間にそんなに仲良くなってたんですか、ジェラッ……。


 エルヴィンさんもクロちゃんの気遣いで少しは心を落ちつけたのでしょう、不器用ながら頭をワシワシと撫でています。


『子供に懐かれるなんて初めてだ』


「みたいですね。でも悪い気はしないでしょう?」


『…………まぁな』


 素直じゃないですねぇ。ちょっと口角上がってるの分かるんですよ?


 そうして日が天辺に登るすこし前。里の門外からからぞろぞろとエルフたちが集まってきました。


 何故かサルグ・リンを先頭にして、族長のグアー・リンはその陰に隠れるように里の奥の祭事場へ来て自分たちに挨拶を交わします。でもグアー・リン、その巨体は妹の後ろにいても丸見えですよ……。


 ふと広場のほうに目をやると、里の住人とエルフが真っ二つに分かれて並んでいるのが見えます。

まぁつい数日前に襲い襲われとやりあったばかりでは、警戒するのも致し方ないでしょうか。


「グレイ様、お約束通りパグムの集落がエルフ、誰一人欠けることなくこの場に参じました」


「ありがとうございます、サルグ・リン。……それからグアー・リンも」


「ひっ!? い、いへ、とんでもございません!」


 唐突に話しかけたことでピンと背筋が伸び、ようやく見えた顔には脂汗がびっしり浮かんでいました。トラウマ植え付けて本当にごめんね! でもお前が悪いんですからね!


「では、兄と私はウーゲンのほうにも挨拶と、直接の謝罪をして参りますのでまた後ほど。竜人様のご加護と、風の精霊の慈悲があらんことを」


 そう言って二人は奥で儀式の準備をするウーゲンさんのほうへ去っていきました。


「いまサルグ・リンが風の精霊って言ってましたけど、エルフは風精を信仰してるんでしょうか」


「あら、グレイくんそれ知らないで決闘の時に風精を使ってたの?」


 横にいたルルエさんに、まぁ! と驚かれてしまいます。


「エルフは風精の眷属。どころか、風精が世に降りた時に残した子孫だと言われているの。だから余計に風魔法――の紛い物を巧みに操るグレイくんに畏怖の念を抱いてるのよぉ」


 そう言えば、あの時のエルフたちも風の魔法しか使ってきませんでした。偶然とはいえ、風精に力を借りて良かった……。





 そうして正午になる頃。不思議な音色の笛と巧みな打楽器の演奏が流れ出し、儀式の場を温め始めました。


 男たちが祭壇の上の、魔鉱石が安置してある天幕をそろりそろりと外していく。今もリンデンの薪が焚かれ、幕が外されると濛々と煙が辺りに広がります。


 その中心に、大きな赤黒い魔鉱石が火に炙られながら浮かんでいるのが目に入る。数日前はもう少し鮮やかな色をしていたと思うのですが、その変化から見て封印が解けるのは本当にギリギリだったのかもしれません。


「これより、魔王再封の儀式を始める! みな、竜人様の御成りである。謹んでお迎えせよ!」


 ウーゲンさんが祭壇の前でそう叫ぶ。すると示し合わせたように里の住人とエルフは膝を付き、頭を垂れています。

 遅れて自分たちもそれに倣うと、奏でられる音楽がピタリと止まった。


「此度、里の危機を救ってくださる新たな竜人様。クロ様である!」


 祭壇脇からエルヴィンさんにエスコートされ、ゆっくりと階段を登り壇上へとクロちゃんが姿を見せる。ちょっと緊張しているのか、右手と右足が一緒に出ている、可愛い。


「おぉ、竜人様……」


「幼いのに、なんと壮麗な――」


 そう呟く声が聞こえる。多くはクロちゃんをあまり間近で見ていない里の人たちだろう。エルフたちもその姿に感じ入るところがあるのか、ジッとクロちゃんを見つめていました。


 壇上にはドータさんとグアー・リンもおり、手には長い火掻きの棒を持っています。まずはアレで護摩壇に組まれた薪と火を取り除き、魔鉱石に魔力を注ぐ準備をするんだそうな。


 二人がゆっくりと丁寧な動きで火を退けると、今まで火に炙られ高く浮かんでいた魔鉱石がゆっくりと下に降りてくる。


 その前に立つクロちゃんの目線の高さまで降下すると、躊躇なく両手で魔鉱石を鷲掴みしました。あ、熱くないのかな?


 同時に、エルヴィンさんがクロちゃんの後ろに立って両肩に手を添えます。精神を集中させているのか、目を閉じてグッと眉根に皺を寄せていました。


「では、集まった皆よ、竜人様の介添えの元、魔力を魔鉱石へ移す。心から祈り、魔力を捧げよ」


 ウーゲンさんがそう言うと、周囲の人たちがエルヴィンさんと同じように目を瞑って、黙しながら祈っているようでした。途端、周囲にじんわりとした熱気が込み上げる。


この場に集った人たちの魔力が周囲に溢れかえっているのだと察して、自分も同じように魔力を放出させます。


 普段は身の内で行使する魔力を外に放出するというのは、中々に難しいものでした。しかし里や集落の人たちはそれに慣れているのか、どんどんその場に魔力が満ちていきます。


「ではクロ様、エルヴィン様。集まった魔力を魔鉱石へ注いでくださいませ」


「うん!」


 クロちゃんが元気よくお返事し、フン! と力を入れるような表情をした、その時でした。


「わ、わきゃあぁっ!?」


 後ろでクロちゃんを支えていたエルヴィンさんが、強引にクロちゃんを投げ飛ばしたのです。


 咄嗟のことで何が起こったのか分からず、自分は茫然とその光景を見ているだけでした。ドサッとクロちゃんが祭壇から落ちる音がして、ようやく我に返り彼女の元へと駆けだします。


「クロちゃん! 大丈夫ですか!?」


「う~、びっくりした。えうびーどうしたの、なんでくろなげたの!」


「エルヴィンさん!」


 詰問するように壇上のエルヴィンさんを睨む。しかし彼は何事もなかったように床に転がった魔鉱石を拾い上げ、不敵な笑みを浮かべながらそれを天高く掲げました。


 その途端、周囲に満ちていた魔力がぐんぐんと吸い寄せられていくのが分かりました。始めは儀式を継続させているのかと思い、しかしすぐその考えを改めます。


 魔力は魔鉱石ではなく、エルヴィンさんへと濁流のように流れ込んでいるのです。本来ならば人間一人ではとても吸いきれない量の魔力を、彼は事もなげに食らい尽し、そして満足げに呆と息を吐く。手に持つ魔鉱石は真っ黒に染まりビシビシとひび割れ、ついには砕けてしまった。


その光景に誰もが驚愕して沈黙し、しかし一番にそれを破ったのは――――。




「クッハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」




 エルヴィンさんが、笑った。自分の口で、声で。里中に響き渡るような愉快げな高笑い。しかし、その声は本当にエルヴィンさんのものなのか……?

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