第56話 一応観光しました。
こんにちは、勇者です。
エルフの集落での騒動から一夜明け、里の皆さんは明日の儀式に向けて大忙しのようです。
クロちゃんも色々と準備があるのか、儀式の補助役として買って出たエルヴィンさんと一緒に出掛けていきました。
エルヴィンさんは昨日と変わらず顔色が悪く、しかし直接儀式に関われるとあってやる気に満ちているようです。
「さて、やることがありません。どうしたものでしょうか?」
「僕たちは直接儀式に関われないですし、仕方がないですよ。でもちょっと退屈です。……鍛錬します?」
クレムがちょっと嬉しそうに言いますが、今は里の中もバタバタしているのできっとお邪魔になるでしょう。
「お! ならさ、ちょっと魔鉱石の鉱山とやらを見に行かねぇか? きっとドータに頼めば見せてくれるぜ!」
エメラダの提案、ちょっと魅力的! 冒険者にとって魔鉱石は比較的身近なものですが、それがどのように加工されているのかは興味があります。
「ならあたしちょっと言ってくるわ!」
どうやらエメラダはずっと鉱山に興味があったらしく、喜々としてドータさんの元へ飛んで行きました。もう王女とバレているので、今頃ドータさんはさぞ緊張しながら対応していることでしょう。
「オッケーだってさ、鉱山に行けば案内役がいるそうだ!」
「じゃあちょっと観光しますか。ルルエさんも行きますよね?」
「ん? 私はちょっと人に会う予定があるからぁ、みんなで楽しんでらっしゃい。夕方には戻るとおもうからぁ」
そう言って、ちょっと忙しなさげにルルエさんは転移で何処かへ飛んでいってしまいました。
珍しいこともあると思いつつ、興味に駆り立てられて自分たちは足早に魔鉱石鉱山へと足を運びました。
里の末端にある絶壁。そこにはポコポコと穴が空いています。遠くからだと小さく見えたのですが、近づいてみると実際は縦四メートルはありそうな坑道がいくつも等間隔で並んでいます。
その坑道傍にある事務所のような建物に立ち寄り声を掛けると、ランニングシャツ姿で胸毛がモシャッとはみ出た髭のおじさんが出てきました。
「おお! ドータの言ってたお客人ですな! むさ苦しい恰好で申し訳ない、ここの責任者をしとるワッヘンと申します」
髭のおじさん――ワッヘンさんは、快く自分たちを迎えてくれました。どうやら案内役は彼が務めてくれるようです。
「では早速ご案内しますわ! 普段は観光客なぞ来ないんで上手く説明できるか分かりませんがな、ガハハ!」
そう豪快に笑うと、まずは坑道内について色々と教えてもらいました。
「恐らく皆さんが見たことのある魔鉱石は、そのほとんどが精錬加工されたものです。自然界で結晶化した魔鉱石というのはとても価値が高く、中々採れるものじゃありやせん」
グングン坑道の中を進んでいくと、奥からガンガンと響く音が聞こえてきます。
「この先で岩に含まれる細かい魔鉱石の屑を採掘して、加工場まで持って行くんですわ」
ワッヘンさんがそう言ったと同時に、坑道の向こうから何体ものクレイゴーレムが人一人は入れそうな籠を抱えて歩いてくるのが見えました。
「おぉ、クレイゴーレムは本来こう使われてたんですか」
「そうですな。この里は人も少なく、魔王の封印された地ということであまり公にはされておらんのです。自然と労働力も乏しくなるので、こうやってクレイゴーレムを活用しとるんですわ」
そうして精錬された魔鉱石は基本的に国外には出回らず、まず里を治める領主が買い上げて市場へ流れていくそうです。
「この奥では採掘士たちが岩盤を掘り進んでおるんです。おっと、ここからはこちらを耳に詰めてくんなさい。馬鹿になっちまいますからね」
そう言って渡されたのは、音綿と呼ばれる防音に優れた綿耳栓でした。先程から聞こえる轟音は近くに行けばさらに増すということでしょう。
渡された耳綿をギュッと詰めると、不思議なくらい何も音が聞こえなくなりました。ワッヘンさんに手招きされて奥へ進むと、鶴嘴を振る男たちや、
それは魔法陣のようで、ちょうどその環が完成するところでした。周囲にいた男たちが足早に物影に隠れ、自分たちもワッヘンさんの指示で壁に隠れます。
すると耳綿越しでも響くような爆発音が響き、坑道中に煙がもうもうと舞い散ります。
「げほっ、げふっ! な、なんですか!?」
思わず耳綿を取って雑嚢にしまい、ワッヘンさんに目を向けると、すこし悪戯したような笑いで解説してくれます。
「さっき掘っていたのは発破の魔法陣ですよ、鶴嘴で掘り進むにも岩盤が硬すぎたりする時には、ああやって直接壁に陣を刻んで岩を砕くんですわ」
そう簡単に言うけれど、下手に威力の強いものを発動させれば落盤だってあり得ます。そこのところの加減はもはや職人の腕と技なんだそうな。
砕けて散った瓦礫の中に、キラキラとした色の付いた粒が無数に見えます。これが魔鉱石の屑石らしい。
せっせと男たちやクレイゴーレムが瓦礫を籠に集めて外へと運び出していくのを見て、ワッヘンさんが次は精錬をお見せすると言いました。
坑道から出ると、その直ぐ脇にはモクモクと煙の上がる小屋があって、次はそこへ案内されます。
中に入ると、途轍もない熱気が襲いぶわっと汗が噴き出てきます。
「なんだここ、あっつ!」
「うわ、凄い熱気ですね……あ、おっきい竈がありますよ!」
クレムが指差した先には、高さが十メートルはあろうかという巨大な竈が聳えていました。砕かれた瓦礫は、次から次へと無造作にその竈へと注ぎ込まれていきました。
「あれが精錬するための炉です。あの中で熱して不純物を分離させ、魔鉱石だけを抽出するんです。この過程で様々な種類や属性の魔鉱石に分けられ、大きさを決めて固めていくわけですな」
竈……いえ精錬炉からは幾筋も道が延びていて、そこから各種の液状化した魔鉱石がトロトロと流れ出しています。
「はぁ、すごいですね。あの封印の魔鉱石もこうして作られたんですか?」
「いえ、あれこそ純粋な天然ものの魔鉱石の結晶ですやな! しかも人の頭ほどもある純魔鉱石なんて、この世に二つとないでしょうな」
なるほど、それほどのものだからこそ魔王を封印するのに用いられたんですね。そりゃあエルヴィンさんも顔色変えて悪くして食い付くわけです。
それからも形成の過程などを見学させてもらい、一通り終わるころには夕方になっていました。
大変勉強になりました、ワッヘンさんありがとう!
その後は郷長宅へ戻ると、疲れきってヘニャッとしたクロちゃんがテーブルに突っ伏しながらお菓子をポリポリ食べているところでした。
「クロちゃんおかえり、ご苦労様です。今日はもう良いんですか?」
「ん~、くろがやることはおわったって、あとはあしたがんばってくださいっていわれたぁ」
「エルヴィンさんは何処に行きました? 一緒にいたんでしょ?」
「くろがかえろうとしたら、えるびーはもうすこしマコウセキをみてるってのこってたよ」
……やっぱりまた食い付いてましたか。もう病気ですねあれは。
ルルエさんが夜遅く帰ってきてからもエルヴィンさんは中々戻ってこず、結局彼が帰宅したのはみな就寝しようという頃合いでした。
「エルヴィンさん! いくらなんでも無理し過ぎです、明日の儀式で倒れたらどうするんですか」
自分の心配を余所に、もう完全に目が逝っちゃってる感じのエルヴィンさんはハハハと笑っています。
『大丈夫さ、こんな素晴らしい儀式を前に倒れるなんてヘマはしない』
「なら今日はすぐ休んでください……昨日より酷い顔ですよ?」
あぁそうする、と言って部屋に戻っていったエルヴィンさんを見送っていて、なにやらおかしいことに気付きました。
「エルヴィンさん、なんか変な匂いがした……」
何処かで嗅いだ事がある気がするんですが、なんの匂いだったでしょうか……どうしても思い出せず、結局その晩はもやっとした思いで眠りに付きました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます