第58話 一応復活しました。
こんにちは、勇者です。
突如響く狂笑に、皆が騒然となりました。
魔鉱石は崩れ、壇上には今も笑い続ける男が一人。果たしてあれは本当にエルヴィンさんなんでしょうか。
「フ、クフフフ。みなよく集まり、よく捧げてくれた。おかげで私は再び世に戻れる時がきた」
朗々と語る男の声には、何か不思議な力強さというか惹きつけられるものがあり、魔鉱石が砕け騒然とする広場の人たちも彼の声に耳を傾けています。
「ところで諸君は、何故そのように馴れ合っているのか?」
男が不思議そうに小首を傾げ、さらに言葉を紡ぐ。
「先日までは命の取り合いまでしていたのいうのに、何故隣りにいることを許す? 諸君の尊厳は、意地は。その程度のものであったのか」
ふう、と残念そうに肩を竦める。その仕草は嫌に堂にいっていて、誰もその男から目を離せませんでした。
「一度は矛を掲げたエルフたちよ、貴様らはそれで納得しているのか。大事な木々を無為に切り倒し悪びれもしない人間たちを、貴様らはもう許したというのか」
「そんなわけがない! 今だってこの場所にこいつらの傍にいるなんて耐えられない!」
「うむ、そうであろうな。して、人間たちの方はどうだ?」
急に話の矛先を変えられ、村の住人たちはびくりと肩を震わせました。
「大事な住処を襲われた挙句、謂われない誹謗中傷を受け⋯⋯それでも自らを押し殺してそのエルフたちを受け入れるのか。ここは諸君のテリトリー。一度襲撃されているにもかかわらず、もう何もされないと思っているのか?」
「そんな⋯⋯いや、しかしそうだ! もうエルフは信用ならん!」
「ならば守る努力をせよ。怠慢にも肩を並べ跪いている時ではないぞ。危機はほれ、すぐ傍に」
指を指した方には、腰の剣に手を掛けるエルフの一人。本人が決してその気で無かったとしても、恐れを根底に染みつかせた人間たちにはそれで充分でした。
「諸君。尊厳とは、安寧とは、自らの手で勝ち取らねば手に入らぬ。君たちがいまやるべきことは、守るべきはなんだ! 隣人をみよ、相対する者の目をみよ。そうすれば答えは自ずと導かれよう」
広場の空気が、途端に殺気立つ。さっきまで種族を隔てても心を一つに祈りを捧げていたというのに、今はその光景が合戦前の睨み合いのように見えてきます。
「さぁ、各々自分に問いかけよ! そしてそれに準じよ。迷うな、躊躇うな! それが貴様らの誇りを守ることに繋がるのだ!」
スラリと。あちこちから剣を抜き放つ音が響く。エルフも人間も関係なく、皆がみな男の言葉に従うように互いの種族を睨み合い、ついには弾けた――――。
「「「「オオオォォォォォォォォッッ」」」」
広場はあっという間に戦場と化した。獣のような咆哮をあげ、一様に武器を振りかざし相手の種族に襲いかかる。武器を持たぬものはその辺の農具や挙句はただの棒切れまで手にとり、宿敵と認識した相手へと飛びかかっていく。
その光景は、何かの悪い夢なんじゃないかと思いました。しかしそれは現実で、飛んできた矢が自分の頬を擦り血を滴らせる。
「な、なんてことをしてくれたんです!」
自分はエルヴィンさんに怒号を浴びせます。しかし彼はそんなこともどこ吹く風と、争い合う彼らを恍惚の表情で見つめている。
「――――あなた、もうエルヴィンではないわね。名乗りなさぁい、『悪魔』よ」
「ふむ、そこにおわすはアルエスタの魔女、いや以前の我が依代の言葉を借りれば伯母上とお呼びした方が良いかな?」
途端、隣にいるルルエさんからこれまで感じたこともない殺気が漂う。
「しかし悪魔として、問われるならば答えねばなるまい。我が名はカイム。「傾聴」のカイム。世界に棲まうあらゆるものの嘆きを聞き、それを言葉として代弁する者」
悪魔。自ら名乗ったそれに驚愕の目を向けます。
「悪魔⋯⋯? じゃあまさか、エルヴィンさんに取り憑いて封印を破ったというんですか!?」
「私は直前まで何もしてはおらん。この宿主の求める知識を少しずつ与え、此れ自ら行動したのだ。しかし⋯⋯魔法士ならば改竄された魔法式の見極めなど簡単に気づきようものだが、この男は余程追い詰められていたと見える。求める魔法と錯覚し、見事私を召喚せしめたのだからな」
クツクツと笑うその顔はエルヴィンさんでも、まるで別人のように見えます。声だって念話で聞き慣れたものではありません。
今思えば、少し前に感じたエルヴィンさんに漂う異臭。あれはきっと悪魔の気配だったのでしょう。スティンリーの時に感じたのと同じことに今更気づき歯噛みします。
「あれは厄介よぉ。悪魔そのものの力は弱くとも、心に取り入って扇動する力は折り紙付き。里の人たちやエルフが我を忘れて争っているのもやつの能力ねぇ」
「!? 今すぐあの争いをやめさせなさい!」
「出来ぬ。彼らは心の奥底でこうなることを願っていた。私はそれをほんの少し後押ししただけなのだから」
「くっ、クレム! エメラダ!」
二人は自分の言いたいことが分かっていたようで、すでに臨戦態勢です。
「里人とエルフたちの争いを止めてください、多少手荒でも構いません! でも決して殺しちゃだめです!」
「わかってるよ、要は縛り上げてやり合う元気も奪っちまえばいいんだろ?」
「任せてくださいお兄様! ちょっと腕の一本二本は取れちゃうかもしれませんが!」
「そこは取らずに頑張ってくださいね!?」
二人が走り出し、広場の暴動を止めに入ります。彼女たちならあの数でもすぐに鎮圧できるでしょう。
「エルヴィンさん――――いや悪魔カイム!」
「何かな? 未だ力拙き勇者よ」
「傾聴の悪魔というなら、みなまで言わずともわかるでしょう。あなたを祓い、エルヴィンさんを返してもらいます!」
「おお、それは怖い。ならば私も自衛せねばなるまいな」
何処かから現れた細身のサーベルを掲げると、カイムはそれを祭壇の床へスッと突き刺します。
「さぁ起きろ、デンリー。腐った貴様でもまだ役に立つだろう」
そう言った瞬間、里中に地鳴りが響きます。足元の地面が割れ、祭壇は崩れ――――その奥底から、見覚えのある巨大な影が首をもたげる。
「ア゛ア゛ア゛アアアアアァァァァァァァァァァァァッァ――――ッ!!」
大地を割って現れたのは、巨大な黒竜でした――――。
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