第1話 一応勇者になりました。後篇
扉の奥の広間は薄ぼんやりと全体を青白い灯りで照らされていて、奥には巨大な玉座が聳えていました。
そしてその玉座の前に、異形の怪物が横たわっていたのです。
「うわぁぁ、ホントに倒したんだあの人……」
少しずつ、奥へと進んで倒れた魔物を遠目に観察してみると、確かにまだ息があるようで小さく胸が上下していました。
「だ、れだ……先程の、無礼、者の、仲間か」
「はいぃ!? ちが、ちが、自分、ただ迷い込んでっ」
慌てふためく情けない自分を横目に見て、魔王がこちらを睨む鋭い眼光を少し緩めました。
「……フン、確かに、違うようだ。おい、おまえ」
「は、はい」
「ガフッ……、こちらに、来い。怯えるな、なにも、しやせん……する力も、もうない」
「わわ、わかりました……」
おずおずと少しずつ近づきます。よく見ると魔王の受けた傷は酷く、身体のあちこちは焼け爛れ、切り裂かれ、無傷な部位は殆どありません。
「……あの、大丈夫ですか」
自分は何故か、本当に無意識に治癒のポーションを雑嚢から取り出して使おうとしていました。
それを見た魔王は驚き、そっと自分の行動を阻みます。
「そんなものでは……もうどうにもならん。変な人、間だな……貴様」
「あ、これは無意識にその、違くて……」
自分でも、傷ついた魔物を癒そうなど何を考えているのかと後から思いました。でもその時の魔王の状態は、そうさせてしまうほどに酷かったのです。
「いや、良い……その気遣いに感謝しよう。代わりに……やって貰い、たいことがある」
息も絶え絶え、魔王は呟きます。次第に声音も小さくなり、耳を寄せないと聞こえないくらいでした。
「頼む……儂を、殺せ」
「はぁ!?」
「このまま、傷つけられ、放置された挙句に、朽ちるなど…….我の、誇りが、許さぬ。……死ぬならば、せめて人の手で……絶たれたいのだ」
「いやでも、ここに来るまでに武器も落としちゃったし……」
「ハッ、軟弱者め……ナイフの一本でも、持っておろう」
言われて、確かに雑用として多目的に使っているナイフくらいはあるのを思い出し、恐る恐る取り出します。
「それで、よい……儂の、胸を突け」
「でも、その、自分が、言うのもなんですが、仲間に治癒してもらった方がいいのでは」
「配下は……先程の奴に皆殺しにされた。もはや、生き延びる術は、ない」
その諦めた瞳には見覚えがある。自分だ。朝、鏡を見る度に見つめる自分の瞳にそっくりだったのです。
「今なら……儂を殺すのは、貴様だ。あの、無礼者などでは、なくな……頼む」
そう懇願され、哀れに思った自分は唯唯諾諾とナイフを魔王の胸に付き当てます。
「フハハ。何故だろうな……儂の最期が、貴様で良かったと、つい思ってしまう」
「…………随分と勝手ですね」
あまりに身勝手な発言に少し頭にきて、思わず言い返してしまいます。
「クク、そう怒るな……これで、貴様も魔王を討った、勇者の一人となる。そう、悪い取引でも、あるまぃ……儂を殺したら、首を持っていくが、いい」
魔王の息は今にも止まりそうで、本当に苦しそうでした。
ふと昔、自分の父親が狩りを教えてくれた時の言葉を思い出します。狩った獲物は、責任を持って自分で止めをさせと。
その言葉が今はとても重く感じ、何故か涙まで出てきてしまいます。
「……本当になん、なのだ貴様は。魔物を殺すのに涙するなど、人の世では、排斥に足ることだろ、うに」
「うるさい。これは涙じゃない、祝福の雨です。これから天に昇る者への手向け……です」
「……フン。ならば、有難く受け取ろう。さぁ……やってくれ」
言われて数拍置き、自分は魔王の胸にナイフを突き刺しました。魔王のくぐもった呻きが響き、しかしそれもすぐに途絶えます。
感謝する――――そう聞こえた気がしましたが、しかし魔王はもう事切れていて口を開くこともありません。
暫くの間は惚けていましたが、やがてそうもしていられないと、自分は突き立てたナイフを引き抜き、魔王の言った通り首を切り取ります。
安物のナイフの刃は欠けて、それでも必死に首を落とそうと力を入れ、やがて魔王の首は歪ながら落とされました。
次の瞬間、自分の手の中でボロボロになったナイフが急に輝き出しました。
欠けた刃は戻り、むしろ禍々しく伸びていき、柄も形を変えて全く別物のアイテムとなってしまいます。
でもその時の自分はそんな事とても考えていられず、落とした魔王の首を丁寧に布で包んで抱え、魔王の間を後にします。
そこから先は、どうやって最下層から地上へ戻ったのか、道行は判然としませんでした。
気付けばダンジョンから抜け出し、途方に暮れた挙句、結局魔王の首を近くでも比較的大きいウォクスの街のギルドへ持っていき、白金の勇者の協力を得て討伐したと報告をしました。
こうして自分は、分不相応な勇者の称号を手に入れたのです。
自分の名前はグレイ。グレイ・オルサム。最弱で最底辺の、ニセモノ勇者なのです――。
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