1章 討伐編

第1話 一応勇者になりました。前篇

 こんにちは、勇者です。


 あの、勇者とは言っても自分、最底辺の最弱勇者なんです……。

 情けない内容になりますが、自分がそんな勇者になってしまった経緯をどうか聞いてください。




 自分は辺境の田舎で育って、ちょっと腕に自信があるからと勢い余って冒険に出てみたのが間違いの始まり。

 世に出てみれば自分より強い人なんて沢山いて、勇者どころか一介の冒険者の中でも弱い方なんだと思い知らされました。


 それでもなんとか鍛錬と細々としたクエストをこなしながら路銀と経験を積んで、どうにかそれなりの冒険者になったつもりでした。


 勇者に憧れた幼年時代。あの頃は自分がもっと輝かしく活躍するんだと疑いませんでした。


 しかし現実とは辛いものです。

 この世に数多蔓延る魔王を倒して勇者になるのは本当に才能のある人達や、転生者と名乗るすっげぇチートスキルや武器を持った特別なひとばかりで、自分はそのパーティにも加われない才能なし……。


 しかしそんな自分にも、たまたま運が回って来ました!


 一念発起してソロで潜ったダンジョン。

 そこは近隣の街を襲う魔物の巣窟で、噂ではそこに魔物を統括する魔王がいるらしい。

 その話に怯えつつも万年金欠の自分は価値あるお宝目当てにホイホイ一人で赴いたわけです、が。


「あぁぁぁっ! 無理、こんなとこ無理! 誰か助けてぇ~!?」


 行ってみれば、そこは想像以上の地獄でした……。


 街を襲う魔物はそこまで強くなかったので、自分の実力でも何とかなると慢心していました。

 ところがいざ下層に踏み入れてみれば、現れるのは自分の実力や装備では太刀打ちできない上級の魔物ばかり!


「どうしてこうなったっ、いや自業自得ですね!? くそぉーーーっ!!」


 無けなしの貯蓄で買った剣も放り投げて、ただひたすら道の分からぬダンジョンを逃げ惑う羽目になり……。


 気付けばダンジョンから逃げ出すどころかドンドン地下へ潜ってしまったらしく、最下層へ行き着いてしまい身動きも取れない状態です。そして当然というか、その最下層にはあるものが佇んでいました。


「…………なにあれ、いや、分かってる。分かってるんですが」


 目前にはとんでもなく禍々しい扉があり、ひと目でそれが魔王の間なんだなって分かるくらいのドス黒いオーラが漂っていました。


 後にも先にも引けず、遂には感極まり泣きじゃくってしまいます。

 すると、急に背後から近づいてくる足音が……!


「ひぃぃっ!? 隠密ハイド!」


 自慢では無いですが、自分、盗賊にも負けず劣らずの隠密ハイドスキルを持っていたので、透明になり慌てて物陰に隠れブルブルと震えていました。


 足音の主は自分に気付かず、目の前を通り過ぎていきます。チラリと盗み見ると、豪華な装備品をこれでもかと身につけた男が一人、迷うことなく魔王の間の扉を開け放ったのです。


 うっひゃあマジかあの命知らず! とその時は思いました。中でなにか言葉のやり取りが聞こえたと思ったら、数度の剣戟と爆発音が響き、自分の方にまでその余波が襲って来ました。


 おかげで隠密ハイドスキルが剥がれ、透明化も解かれてしまいます。中の戦闘音はほんの数分ほど続き、ある時プッツリと音は途絶えました。


「あぁ、あの人死んじゃったのか……」


 手を合わせて、せめて安らかにと祈りを捧げていると、聞き覚えのある足音が再びこちらに向かってくるじゃないですか。


 突然のことで再度の隠密ハイドスキルも間に合わず、跪いて祈りを捧げる自分とその人の目線がガッチリ噛み合いました。


「.......何してんだ、アンタ?」


「あ、いえ、その、てっきり貴方が殺されたのかと思って、せめてご冥福をと.......」


「俺が? あの雑魚に? 冗談じゃない」

 彼は吐き捨てるように、というか文字通り唾を吐いてついでに毒も吐き出します。


「あんなくそ雑魚が魔王を名乗れるんだからいいご時世だぜ、そりゃ勇者もポンポン生まれるわけだ」


 そう言う彼の首には、紛うことなき勇者の証である白金のプレートが掲げられていました。

 このひと、本物の勇者だぁぁーーーー!?


「.......アンタ見たとこ随分と弱そうだけど、よくこんな所まで来れたな?」


「あっ、それが.......ダンジョンに潜ったは良いんですが敵が強くて逃げ惑ってるうちに、ここまで行き着いちゃいまして」


「ハッ、そいつぁ幸運だ。いやホント、あんたまじで運がいい」


 ニヤニヤと、失礼だが勇者にしては下卑た笑いで言いました。


「中のアレな、あんまり弱過ぎるもんだから止めも刺してない。まだ虫の息ながら生きてるぞ」

 自分には彼の言いたいことが理解出来ませんでした。


 彼は指でちょいちょいと奥を指すと、

「今ならアンタでも、簡単に勇者(笑)になれるぜ?」


 そう言って、もう何にも興味がないように歩き出します。


「あっ、待って、自分も上まで連れてって―――」


「るっせぇ! ついてくんな鬱陶しい!」


「ひぇっ……」


 怒鳴られて咄嗟に蹲ってしまいます。彼はそれを見てどこか満足気な笑みを浮かべると、自分を置いてさっさと最下層から出ていってしまいました。


「……何も怒鳴らなくたっていいじゃないですか、クソ勇者」


 足音も聞こえなくなると、本人がいないにも関わらずちょっと小声で罵倒してやりました。


 そして先程クソ勇者が言っていたことが気になり、開け放たれたままの魔王の間へ目を向けます。


 慢心と欲でこんなとこまで来てしまったのにまた同じことを繰り返すのかと、心の中で呟きますが、好奇心には逆らえません。自分は恐る恐る、扉の奥を覗き込みました――。

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