第2話 一応仲間ができました。

 こんにちは、勇者です。


 それから一週間が経ちました。晴れて勇者の証であるプレート.......とは言ってもこれには階級があって、自分は一番位の低い翠のプレートを首に掲げています。


 それはなんとも自分の貧弱な装備とは不釣り合いに目立ってしまい、街中を歩いていても悪い意味で振り返られるほどです。


 かといってギルドからの報奨金で装備を整えようと思っても、経緯が経緯だけに良心の呵責からその金には手を付けられずにいました。


 精々見合っている装備と言えば、魔王の首を落とした時にナイフが変化したダガーくらいでしょうか。落ち着いてから試し斬りをしてみたところ、斬れ味は悪くないどころか抜群で、装飾もケバくない程度に洒落た逸品となりました。


 あれからの自分はと言えば、以前半日ばかり組んだことのあるだけの傭兵さん達やらにしょっちゅう声をかけられては、


「勇者になったんだってな! 俺は信じてたぜ!」


 とか適当な文句並べながら自分を取り込む気満々のオーラを放っていたので、ムカついて片っ端からパーティの誘いを断り続けていました。


 この手のひら返し.......利用する手はないとも思いますが、明るい未来がどう考えても見えないのでひとまずこれが最善でしょう。


 かといって勇者のプレートを掲げた自分が、子供のお使いに毛の生えたようなクエストを受けようとすると、


「あの、失礼ですがそちらのクエストは少々難易度が低いのでは.......?」

 と受付さんから怪訝な眼を向けられる始末。


 こちとらつい一週間前まではこれで食い繋いでたんですよ! と声高に叫びたかったけれど、どうにもこの勇者のプレートはいい意味でも悪い意味でも目立ってしまい身動きが取りにくいのです。


 そうした日々に嫌気が差し、今日のクエストは止めじゃァーーー! と半ば自棄気味に昼過ぎの酒場宿に入ってグジグジと酒を煽っていたのでありました.......。


 しかしそんな日の酒ほど悪いものになるに違いありません。酔いが回るに連れ、あの時ダンジョンにさえ行かなければ.......とか、勇者になんてならなきゃ良かった.......とか、自分の実力不足を棚上げして悪酒をしていたのです。


 陽も斜めに傾き、出稼ぎに出ていた冒険者たちが戻ってきて店も賑やかになって来ました。

 そうなってきて酒の肴にされるのは、自然とその場にいる不釣り合いな人間の噂話。


(あいつ、どうやって勇者の称号なんて手に入れたんだ?)


(なんでも漁夫の利らしいわよ? ほら、先日まで西の英雄が逗留してたじゃない)


(なんだ、獲物を横から掠め盗ったってか? それで勇者か、ハッハッハッ)


 そういったものばかりがまるでフィルターでも掛かるように耳に入ってきました。しかし彼らの噂話、当たらずとも遠からずというかほぼ正解なので、何も言い返せません。


 涙が混ざって塩っぱくなったエールをガブリと一気飲みすると、通り際の給仕さんに空の杯を勢いよく差し出し、


「.......すみません、おかわりお願いします」


「は、はぁい!」


 弱々しく注文するのでした。


 やがて自分を肴にするのも飽きたのか、周囲の話題もズレていきます。


 西の英雄の竜討伐。最年少白金勇者の誕生。ここから南の方に行った地での魔物たちの暴走等。

 ようやっと自分の求める酒場の喧騒に戻ると、急に酔いが回りだし、ふにゃりと卓に突っ伏しました。


「あら、お兄さん。随分と悪いお酒してるみたいね?」


 凛とした声の掛けた先が自分だとは思わず、特に反応しないでいると、


「もう、お兄さんてば? もしかして寝てる?」


 頬をちょいちょいと啄かれました。


「へぁ!? 自分? お兄さんってじぶん!?」


「そうよ、新人勇者のお兄さん?」


 バッと顔を上げると、そこにはなんか色々とムチッとしたお姉さんが、いつの間にか自分の卓に相席で座っていました。


 第一印象は、胸が大きい。でした。魔法士なのだろう、黒いローブに身を包んでいますが、その豊満な胸が収まりきらず衿口から見事な谷間が見えていました。


 スラリとした腰下辺りに長く入ったスリットからは、まるで彫刻のような長い脚が伸び、もうすこし屈めばその深淵を覗けそうなほどの露出度です。


 つば広のとんがり帽は最近の流行ではないと聞いたことがあるけれど、そこから流れる綺麗な赤毛の長髪と、なによりつば端からチラチラと垣間見得る美貌。それらを引き立たせるには充分なアイテムと言えましょう。


 要約すると、急に美人のお姉さんが目の前に現れた!!


「ダメだよぉ、勇者ってのはみんなの心の支えなんだから、こんな場末で一人で酔いつぶれてるなんてぇ」


「いえ、そんな、あの、自分。そ、そ、そういうのじゃない、んで」


 緊張して! 声が! 震える!


「そういうのってぇ? さっき皆が噂してたようなことぉ?」


「.............はい、そうです。自分は噂通りの、偽物。最底辺の漁夫の利野郎なんですよ」


 酒が回り、これが美人局つつもたせか何かだと思っていても口が止まりません。


「でもぉ、なにか理由があったんでしょぉ? それがハッキリ分かんないと、お姉さんはなんとも言えないなぁ。ね、おしえてよぉ、新人勇者の英雄譚」


「.............英雄譚なんかじゃ、ありません」


 自分は何かを吐き出すように、初対面の(色香的に)怪しい魔法士さんに自分の身の上を余すとこなく喋っていきました。


 それはもはや愚痴のようなもので、魔王に至る経緯まで紆余曲折、幼少時代の恥ずかしい話から最近あったちょっと嬉しかった話まで、なんでも喋っていました。


 魔王の最期を話した下りで、自分は何故か泣き出してしまいました。別に魔王を殺したくなかったとか、そういう事でもないのに、あの時何かが、悔しかった。その想いを彼女にぶつけていました。


 長い長い話を喋り終わった頃には、客も減って酒場の喧騒もすこし落ち着いていた。うんうんと自分が語る度に頷くお姉さんは、その話を全て聞き終わると、考え込むように目を閉じてしまいました。


「なるほどぉ、君はぁ、魔王くんを助けたかったんだねぇ」


「へ?」


 スっと目を開いて開口一番がその言葉です、さすがに自分も呆気に取られてしまいました。


「だってぇ、そうでしょ? 傷ついたひとを放っておけなくて、治してあげたくて、でも無理だった。そして、最期に魔王くんのお願いを聞いてあげたんでしょ?」


「.......そ、そう、とも言え、言える? いや言えないでしょ! 相手は魔物ですよ!」


「魔物でも助けたくて、助けられなくて、ずっとそんな顔してるんでしょぉ? ちがう?」


 そう言われて、考えました。あの時自分はどうしたかったのか。もしかしたら、本当は魔王を死から救いたかったのかもしれない、そう思ってしまいます。


「.......そうかも、知れません。だとしたら、尚更自分は最低です。だって彼を殺して、結局自分はこんなものをぶら下げているんだから」


 首元の翠のプレートをそっとなぞる。それが、なんだか自分の罪の証なんだと思えてきました。


「違うってばぁ。君、ちゃんと魔王くんの言葉聞いてたぁ? 彼はね、君に助けて貰ったんだよ」


 自分の手の上から、お姉さんも勇者のプレートをそっとなぞりました。


「これは、困っていたひとを助けた証。君みたいな人にこそ与えられるべきもの。誇りを持って、胸を張りなさぁい? 誰がなんと言おうと、貴方の始まりの英雄譚は、素晴らしいものだわぁ」


 お姉さんがニコリと笑う。愚図っていた顔を見られたくなくて、つい顔を覆って涙を袖で拭います。


「あとあとぉ、ちゃんと魔王くんもそのお礼をしてれてるじゃない? 話してくれた君の短剣、見せてくれなぁい?」


 もはやお姉さんを疑う気持ちもなく、自分はあの短剣を太腿に固定した鞘から引き抜いて彼女に手渡しました。


「ほら、これ。とんでもない逸品だわぁ。そこらの聖剣や魔剣なんて目じゃないくらいの魔力を秘めてるわぁ!」


「えっ、そ、そこまで凄いものなんですか?」


「これにはぁ、彼の魂や想いが宿っているのかもねぇ。ちょっと禍々しく見えるけれど、呪われる類いの力じゃない。祝福のような加護があるわぁ」


 言って、お姉さんはどこか儚げな雰囲気で短剣の刃を撫でています。


「そうねぇ、名付けるなら魔王の鎮魂剣ってとこかしらぁ」


「いえ、名付けなくても良いですから」


「あら、銘品には必ず必要よぉ?」


 そう言ってお姉さんは短剣を僕に返してくれました。


「ところで、あなたはどうして勇者になりたかったのぉ?」


 問われて、自分は少し悩みました。漠然と勇者に憧れて冒険者になりましたが、その最初の理由が中々思い出せなかったからです。


「えーっと――あ、あれです。自分の母が昔読んでくれた絵本に出てきた勇者。それに憧れたんです」


「ふぅん? それってどんなお話?」


「そうですね……人間は勿論ですが、時には魔物にまで手を差し伸べる勇ましくも優しい勇者。そんな感じの物語でした。自分はその話が大好きで、何度も母親に絵本を読んでとせがんでました」


 自分は懐かしむようにその物語を思い出します。

 その顔をお姉さんにじっと見つめられ、なんだか恥ずかしくなってきました。


「じゃあ君はもう夢を叶えているわ――ねぇ、お姉さん君のこと気に入っちゃったぁ!」


「はぇ?!」

 遂に来た! やっぱり美人局つつもたせかと思わず身構えます。


「貴方、自分のことを偽物って言ったわよねぇ?」


「はい……言いましたね」


「なら! お姉さんが貴方のことを本物にしてあげるわぁ!!」


 店中に響く声で、お姉さんは立ち上がった。疎らとはいえ客もまだおり、何事かとこちらを覗き込んでいます。


「あの、ちょ、お姉さん? もうすこし静かに」


「もうお姉さんって呼んじゃダメ! 私の名前はルルエ・ラ・ヘインリー、大魔法使いルルエさんよぉ! 貴方のお名前はぁ?」


「グ、グレイ・オルサムでふ……」


「グレイくん! これから貴方は私のパーティメンバー、そして貴方がリーダーよぉ!!」


「なんかもう美人局つつもたせとかそんな次元じゃない!?」


 一人で盛り上がるお姉さん、もといルルエさんは、給仕さんにエールを二つ追加すると片方を否応なく自分に突きつけました。


「さぁ! 二人の新たな門出、新たな勇者の冒険譚の始まりにぃっっ」

 ルルエさんが振りかぶる。釣られて自分も杯を掲げて、


「かんぱぁぁーーーい!!」

「もうどうなってんのこれ?!」


 こうして、酒場で管を巻いてたら美人の魔法士お姉さんが仲間になりました。

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