第46話 一応襲撃されました。

 こんにちは、勇者です。


 ルルエさんとお手々繋いでお買い物して、戻ったらお貴族様たちに殺され掛けました。どういうことだ。


 さて、その後も度々羊の匂いに釣られたか小規模な魔物の集団に襲われはしたものの、自分たちパーティは上手く動いて護衛の仕事を果たすことが出来ています。


 クレムも本当に少しずつですが、魔物との戦闘に慣れてきた気がします。エメラダが鎖でぶん投げてクレムが斬る、が常態化しつつあるものの、それで自信を付けられるのなら良いのです。


 むしろエメラダの鎖使いが以前に増して洗練されてきたようで、器用に縛り付け、投げて、鞭のように打ち据えて、とお前は何処の女王様ですか。すみません王女殿下でした。あぁ、ズルーガ王の顔がちらつく! 婿殿って呼ばないで!!


 本日はクルグス出発から五日目の夜。ドータさんの話では旅程はかなり順調のようで、予定よりも早く明日の午後か夕方には竜人の里へと辿り着けるようです。


 今夜も順番に見張りをしながら皆眠りに付いています。今は自分が担当の時間で、あともう少しすればエルヴィンさんと交替です。


 パチパチと焚火を木の棒で突き火の粉を舞わせながら、自分は綺麗な月の夜空を見上げます。


 まんまるに近い月は柔らかな白い明かりで森を照らし、あまり夜の暗闇の中にいるとは思えません。しかし急に風が吹き始め、次第に月が雲の中に隠れて暗くなってしまいます。


 ふと、その風に乗って何処か爽やかな香りが漂う。これは……花の匂い?


 ささやかながらも余りに芳しい香りだったので、寸の間反応が遅れます。風の吹く葉擦れに混じり、何かが近づいてくる――――それも複数。


 自分は音を立てないように、隣りに寝ているクレムとエメラダを起こします。


「ん――――どうしましたお兄様?」


「しぃっ、なにか近づいてきます。獣や魔物の気配じゃありません」


 小声でそう言うと、二人はすぐ目をパチリとさせ得物を手にします。

エルヴィンさんもとっくにその気配に気付いていたのか、懐から数枚の木札を抜き態勢を整えていました。


 ルルエさんやクロちゃんは見張りには入っていないので、依頼人のドータさんと一緒に馬車の中で眠っています。まぁルルエさんのことなので多分気付いているでしょう。


 全員に緊張が奔る中、気配はすでに自分たちを囲むように取り巻いています。


「夜盗、でしょうか?」


「それにしては動きが素早いです。むしろ兵士や暗殺者のそれに近いですね」


 向こうもこちらが気付いているのを察してか、中々手を出してきません。

張りつめた空気は、しかし藪の中から放たれた一本の矢が飛んでくることでパチンと弾けました。


「っ! 火が!」


 矢は自分たちを狙わず、焚火に向かって放たれました。中々の強弓のようで、その一矢で焚火は吹き飛ばされて満足な明かりが無くなります。


暗視ナイトビジョン


 暗視スキルを使い周囲を見回せば、いくつもの人影がゆっくりと包囲を狭めてくるのが分かりました。


「……エルヴィンさん、照光ライティングの木札とかあります?」


『ある』


「相図したら使ってください。みんなは目を瞑って」


 自分はゆっくりと両腿に下げた双剣を引き抜き、タイミングをずらして二本を高く投げ放ちます。


 上空で二本の短剣がキンッと弾きあった瞬間、襲撃者が一斉に空を見上げました。


「今!」


 合図と共に、パキンと木札の割れる音がする。瞬間、辺りが眩い光に塗りつぶされました。


 暗闇の中移動してきた夜目なら、さぞ眩しいことでしょう。自分の目も潰れないよう薄らと目を開けば、襲撃者たちはみな顔を押さえ急な光に耐えかねているようでした。


 示し合わせたように、自分たちは襲撃者たちへ攻勢を仕掛けます。一番近い相手に直剣を抜いて斬りかかればそれで無力化できると思い、しかしその予想は外れます。


 見えていないはずなのに、襲撃者はまるで来るのが分かっていたように自分の剣を抜き放った短刀で弾き返しました。


「なっ!?」


「この人たち、結構強いです!」


 クレムも同じだったようで、一人の襲撃者に剣戟を防がれ、たたらを踏みます。しかしその中でエメラダだけは縦横無尽に鎖を走らせ、襲撃者たちの足元を掬って隙を作りました。


 明かりに照らされ垣間見た襲撃者たちの顔は、みな黒い布で顔の殆どを覆って人相も分かりません。ここで本気を出して、命を取ってでも危機を脱するか。自分は逡巡しました。


 しかし自分の思考よりも襲撃者たちの行動は迅速でした。奇襲が失敗したと見るや、散り散りになって一人また一人と森の奥へ消えていくのです。


 後に残ったのは、自分たちの張りつめた息遣いとクロちゃんのプヒューという気の抜けたいびきだけ。


「…………もう、全員引きましたかね?」


『そのようだ』


 エルヴィンさんが一枚の木札をパキッと割ると、一瞬地面に巨大な魔法陣が広がります。これには見覚えが……確か骨山のキングスケルトンが使っていた探知魔法でしょうか?


『かなり広い範囲に結界を張った。何者か踏み込めばすぐに分かる』


 その言葉に、一同が大きく溜息を吐きます。


「一体何者だったんでしょう? 僕の剣を受けるなんてちょっと普通じゃないです」


「そうですね、自分も防がれました。でもエメラダの鎖は有効だったようですね」


「多分意表を突いただけだ、次は無いだろうな」


「あら、終わったぁ? 随分とあっさり済んだのねぇ」


 馬車から顔を出したルルエさんは、自分たちの緊張感を余所にいつもの余裕な調子です。


「奇襲が失敗したと見て、あっさりと引いていきました。でもなんでしょう、この凄い違和感……」


「相手は実力もあって僕らをもっと負い込めたはずです、引き際が良すぎますね」


「なんも難しいことねぇだろ、ただの脅しだよ。牽制」


 エメラダが飄々と答えます。確かにその答えはしっくりと来るのですが、なぜそんな牽制を受けなければならないんでしょう?


「まぁ、私たちを行かせたくないんでしょうねぇ、ね? ドータさぁん?」


 ルルエさんが馬車の中に向かって声を掛けると、ドータさんのひっ!? という声が響きます。

 ゆるゆると馬車から這い出てきた彼の顔は、可哀想になるほど真っ青でした。


「私はあなたたちの里の確執を知ってるから良いけどぉ、そろそろこの子たちにも説明しといたほうが良いんじゃなぁい?」


「べ、別に隠していたつもりじゃないんです! いつもならこんなふうに襲ってくることは無かったのに、今夜に限ってどうして……」


「さっきのアレは一体何だったんですか? 護衛をするにも、依頼人の貴方が持っている情報を出してくれなければ守るものも守れません」


 自分と、他の皆の視線も一斉にドータさんへと突き刺さり、彼は観念して重く口を開きました。


「あれは…………里の近くに住むエルフたちなんです」

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