第47話 一応到着しました。
こんばんは、勇者です。
明日は目的地に着き依頼完了も間近、と言ったところで謎の襲撃者たちに寄る夜討ちに遭いました。
ドータさん曰く、その襲撃者とは竜人の里の近くに住むエルフなんだとか。
「エルフって――あのエルフか? 余程のことがないとあいつらがあんな行動なんてとらねぇぞ」
皆がエメラダに同意します。普段森の集落から滅多に姿を現さないエルフは、他種族との争いそのものを厭います。それが自ら行動して夜襲を仕掛けるなど信じられなかったのです。
「はい、実はエルフの集落と我が里では少々溝の深い諍いがありまして……」
ドータさんの言うところでは、竜人の里は魔鉱石の採掘で生計を立てているらしい。その魔鉱石を原石から精錬した状態にするため、大量の薪が必要なんだそうです。
そのため周辺の森から木を伐採していく里は、昔からエルフの覚えは良くなかった。
「ただでさえそんな状況だったのですが……最近はリンデンの木材が里でどうしても必要だったのです。しかしリンデンの木はこの辺だとエルフの集落のすぐ傍にしか生えていなくて」
一応折衝を避けようとはしたらしいのです。事前にリンデンの木の伐採をエルフの集落に通達したものの、返ってきた返事は否。これ以上森の奥で木を伐るのはゆるさないというものだったらしい。
「しかし、里にはどうしてもリンデンが必要でした。他村や街から買い付けるには時間も金銭的な余裕もなく、私たちは半ば強制的に伐採を始めました」
それにエルフは激怒したという。そこから次第に両者の関係には修復できないほどの溝ができ、伐採に出掛けると有無を言わさずエルフに襲われるようになったそうだ。
「エルフ側にリンデンを譲ってくれるよう交渉はしたんですか?」
「勿論です。しかしこちらの要求数とあちらの供出数はあまりにも差が多く、交渉も無駄に終わりました」
「そもそもそのリンデンが生えてる場所はエルフの集落の管轄地なのか? ならお前らは強奪しているってことになるが」
エメラダが少々きつい視線でドータさんを睨みつけると、彼は必死に首を振ります。
「いえ、決してそのような! リンデンの生殖地は里の管轄なのです。我々はズルーガで明確に定められた区画を順守しております。なにせ里の周辺は少し離れればすぐ他国領の境とぶつかりますので、定期的に国のほうでも監査が入るのです」
しかしいくらそこが里の管轄地だと主張しても、木を大切にするエルフたちが自分たちの集落の傍で木を伐るのは見過ごせないらしく、そんな言葉は殆ど届かない。
「現状を国に報告してエルフへ強制的に介入してもらうか、我々は迷いました。しかし里では間もなく重要な祭事が行われるため、ひとまずエルフの処遇は保留にしようということになったのです」
だがエルフはそんな事情などお構いなしに伐られた木の報復をするようになった。それが日々過激さを増し、今に至るのだと……。
「…………めんどくさっ!」
「だから言ったじゃないのぉ、面倒事になるってぇ」
思わず出た自分の言葉に、ルルエさんが呆れたようにそう言います。はい、仰る通りでございました……。
「あ~、じゃあなにか? この周辺のエルフはいま里に近づく者を見境なく襲っては脅してるってことか?」
「そう、かもしれません……。私が二カ月前に里から出発した時はこんなことはありませんでしたから、今はかなり状況が悪化しているのかもしれません」
ドータさんは震えるように息を吐きます。
「皆さんに頼んだ護衛も本来は魔物の対策としてお雇いしました。決してエルフに対してという訳ではなかったのです。里の現状をご説明しなかったのは申し訳ないですが……」
まさかこんな強行に及ぶなど思っていなかったと頭を抱えてしまいます。
「う~ん、まぁとりあえず明日中に里に着けるんでしょう? すこし強行軍になりますが夜明けには出てなるべく早く依頼を完遂しましょう」
「またいつ襲われるかも分かりませんし、今夜は寝ずの番ですか……」
クレムが眠そうな目をゴシゴシしています。
『もう夜明けも近い、俺が番をするから皆は少しでも休むと良い。結界も増やしておくので心配するな』
エルヴィンさんはそう言って、少し感覚を空けながら木札を折って結界の範囲を広げます。
「じゃあお言葉に甘えます。夜明けと共にすぐ出発しましょう」
そうして数時間後には朝日が昇り、自分たちは手早く野営を片付けて出発しました。
今は全員が臨戦態勢で警戒しており、かなり空気もピリついています。
しかしその警戒も杞憂に終わり、昼前には里の前に到着しました。
「おぉ……里って言うくらいだからもっと小規模な村を想像してたんですが、まったく思っていたのと違いましたね」
一言で表すなら、さながら要塞のようでした。岩と木材で固められた高い壁。全体を見渡せるよう複数に設置した物見櫓。そして何人もの人間が力を入れなければ開けられなさそうな巨大な門が聳えています。
「壁と門だけならクルグスよりもでけぇな……外見は随分と物々しいぞ」
「魔鉱石の採掘地であり、他にも事情はありますが……余所よりも魔物の襲撃が頻繁なのです。これぐらい固めないとすぐに落とされてしまいますから」
門の前まで着くと、ドータさんが見張り台の人に手を振り二、三声を掛けます。それと共にゴンと音が鳴り、地響きと共に正面の門が開け放れていきます。
「さぁ、急いで通ってください」
勧められるがままに手早く馬車を入れると、すぐに門は閉じられます。あまりに素早い閉門の動きに、この里が随分と防衛に慣れているのだということが窺えました。
門から入って正面は大通りとなっていて、そのずっと奥には巨大な自然の絶壁が聳えています。その壁の端から盛り上がるように、この里は造られているようでした。
「はぁ~、すげぇ岩壁だな」
エメラダが海老反りするように頭上を見上げています。どこまでも高く続く岩壁はすこし里の上まで突き出して、まるで屋根のようになっていました。
「あちらが魔鉱石の採掘場で、ちょうど目の前の中心にあるのが祭殿です」
施されるように目を向けると、岸壁の端のほうには坑道のような補強された穴がいくつも空いていて、そこから屈強な男たちが鶴嘴を手に出入りしているのが見えます。
そして里の最奥には複雑な櫓で組まれた舞台があり、その中心では轟々と大きく火が焚かれていました。
「あそこで近く祭事が行われるのです。今回運んで頂いた羊たちも、その祭事の供物なんですよ」
「はぁ。いったいどういうお祭りなんですか?」
「詳しくは郷長からご説明いたします。今回のエルフの奇襲も含め、皆さんにはご同席頂いたほうがいいと思いますので。少しこちらで待っていてください」
ドータさんは少々疲れた表情で羊を乗せた馬車を何処かへ運んで行きました。
既に話は通してくれていたらしく、自分たちの馬車を里の警備に当たっている人が引き取っていき、厳重に保管してくれるそうです。
「ふぅん、初めてきたけどこういう場所なんだぁ」
「あれ? ルルエさんは来たことなかったんですか。色々詳しいからてっきり訪れたことがあると思ってました」
「方々歩いていればね、何かと騒ぎが耳に入ってくる所なのよぉここは。あの真ん中に立つ櫓、なにしてるか分かるぅ?」
「さっき祭事に使うって言ってましたけど……どんなものか知ってるんですか?」
そこで久しぶりにルルエさんの悪い笑みが浮かびます。自分の背に冷たい震えが奔り、ちょっと冷や汗まで出てきます。
「あそこにはねぇ、悪魔とそれに取り憑かれて狂った魔王が封印されているのよぉ?」
あ~、それすっごく聞きたくなかったぁ……。
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