第45話 一応お礼しました。

 こんにちは、勇者です。


 一角狼コーンウルフの襲撃から暫くは特に何事もなく、今は三日目のお昼休憩中です。

 といっても特に煮炊きはせずに干し肉などの保存食をガシガシ噛んでるような昼食ですが。


「それにしても、昨日のクレムはけっこう戦えてましたね」


「あれでかよ」


「うぅ……すごい頑張ったんですよぉ」


 しょぼんとするクレムの頭をポンポンと叩くと、すこしご機嫌も良くなります。ちょっと背伸びして手にグリグリと頭を押しつけてくるのが可愛い。


「以前にミノタウロスと対峙した時はガチガチで動けませんでしたから、それを考えると格段の進歩ですよ」


「いや、ミノタウロスと一角狼を同列に並べるのはどうなんだ?」


「正直魔物の強さに関しては度外視したほうがいいです、いざ戦えばミノタウロスも瞬殺でしたし」


「あ? 結局戦ってたのかよ。そんときはどうしたんだ?」


 エメラダにダンジョンで拾った呪いのアイテムで人と魔物の見え方が逆転するようにしたと話したら、むしろクレムはドン引かれています。


「それってつまり、人間は容赦なく殺れるってことだろ……意外とやべぇなお前」


「何言ってるんですか、剣の世界で殺し殺されは当たり前です。僕は何回もお兄様を殺しかけてますよ?」


 エメラダがばっと自分に振り返ります。ニッコリと笑いながら肯定してあげましょう。


「本気さえ出せればスティンリーだって普通に倒してたと思いますよ。問題はその実力を魔物に振るえないことですが」


「……お前らって絶対変だよな」


 君もその中の一員で普通に変ですよ、とは口にしない優しさを持つのが自分です。でも視線だけは送っておきましょう。ジーー。


「あらぁ、それはお姉さんも変ってことかしらお嬢ちゃん?」


「え!? ね、姐さんは別格と言うか、変と言うより規格外と言うか……」


 じりじりとルルエさんに詰められ、耐えかねたエメラダは身を隠すように馬車へ乗りこんでしまいました。


「ま、エメラダがパーティに馴染めてよかったです。付いてきちゃった時はどうなるかと思いましたが」


『なんだ、君たちのパーティは出来てそう経っていないのか?』


 意外そうにエルヴィンさんが言いました。彼は干した果物がお気に入りのようで、もぐもぐと食べているのに喋っている光景の違和感がものすごいです。


「自分とルルエさんが組んで半年も経ってませんし、クレムも出会ってから二カ月くらいですか? エメラダなんてつい先週です」


『……そんな即席とは思えない連携だな。存外君は人をまとめるのが上手いようだ』


「だったらいいんですが……自分、正式なパーティを組むのってこれが初めてだから正直手探り状態ですよ。だからクルグスに着いたときは本当に感動して――――」


 そこまで言って、なにか忘れているような気がしてなりません。クルグス、クルグス……。あぁ!


「すみませんルルエさん! クルグスに転移することって出来ますか!?」


「急にどうしたのぉ? 別に問題ないけれどぉ」


「クルグスの武具店で剣の鞘を注文したの忘れてたんです、すぐに取りに行かなきゃ!」


 今腰に下げてる仮の革製の鞘だと、切れ味に負けてたまに刀身が飛び出てしまうのです。さすがにこれ以上は拙いと思っていたんでした。


「あらそれは大変。じゃあちょっと待ってね、ここを中継地点として記録しちゃうからぁ」


 そう言うとルルエさんは杖で地面に何か魔法陣のようなものを刻み始めました。ざりざりと複雑な模様を描き、最後にトンと突くと魔法陣が光り、それが治まると魔法陣は何処にもなくなってしまいました。


「はい、これでこの場所は登録できたからいつでも戻ってこれるわぁ」


「ありがとうございます。ちょっとドータさんに事情を話してきますね」


 荷車で羊の世話をしているドータさんに事情を説明し、すぐ行って戻ってくる旨を伝えます。転移の魔法と言ってもピンと来ないのか、生返事ながらも承諾してくれます。


「ではルルエさん、お願いします」


「はいはい、捕まっててねぇ」


 言われて、何気なくルルエさんの手をスッと握ります。それに驚いたのか、ルルエさんはバッと自分に振り返りました。


「な、なんで手繋ぎなのぉ?」


「え、いや変な場所に触れるより良いかなと……嫌でした?」


「……別に良いわよぉ。さ、行くわぁ」


 そしてすぐあの揺れる感覚が襲い、ぐらりと足元の感覚が一瞬無くなります。すぐにそれも治まり目を開ければ、目の前にはつい先日までいたクルグスの街並みでした。


「ありがとうございます、じゃあパパッと行ってきますね」


 そう言って走り出そうとすると、グンと手を引かれます。何事かと思えば、繋いだ手をルルエさんが離そうとしないのです。


「……あの、ルルエさん?」


「しばらくこうしてましょう。まさかグレイくんから手を握ってくれるなんて思わなかったから、お姉さん嬉しいなぁ」


 ニッコリと笑うルルエさんは、いつもの茶化すような笑顔ではなく本当に嬉しそうな笑い方だったので、自分は思わずドキッとしてしまいます。


「あ、の、別に良いですが」


「良かった。じゃあいきましょ~?」


 なぜか自分でなくルルエさんに引かれる形での移動。……あれ、引率されてる?


「最近はグレイくん、皆の相手ばっかりでお姉さんちょっと寂しかったの。だから今だけ独り占めね!」


 そう言われてしまうと、返って照れくさくなり手にジワリと汗が滲んだ気がして無性に気になります! うぐぐ、たまにこういう可愛いとこ見せるこの人はずるい……。


 手を引かれ続けるのもバツが悪いので、ルルエさんの横に並び商街へと向かいます。


 ふと周囲を見ると、なんだか目立っているように感じます。主にルルエさんが。この人、やることはともかく見た目はとんでも美人ですしね。


 さて、その美人と手を繋いで歩いている自分はどんなふうに見られているのかと想像すると、急に緊張が奔ります……。


「あの、ルルエさん? 人目も多いのでやっぱり手を離しません?」


「ん~? やだぁ。クレムの坊やはしょっちゅう撫でられてるし、エメラダのお嬢ちゃんはこの前お姫様抱っこされてたし。これは不公平を正すための大事な行いなのよぉ?」


 どういった公平性をお望みかは分かりませんが、ギチリと手を握る強さが増したので何が何でも離す気は無いようです。ちょっと痛い……。


「あぁ……視線が痛い」


「今更じゃないのぉ。皆で歩いてるときだって似た様な感じよ? 大抵グレイくんに敵意剥き出しって感じぃ」


「えぇ……そうなんですか」


 それは初めて知りました……なぜ?


「傍から見れば美人揃いのハーレムパーティに、パッとしない男がちやほやされてれば、そこいらの奴ならうらやましがるでしょう?」


「パッとしなくて悪かったですね……」


「そこがいいんじゃない、パッとしないのにやる時はやる人だって知ってるから、みんな貴方の元にいるのよぉ。私もね?」


 ほんのりと照れた様子を醸して、ルルエさんが覗きこんできます。そう言う顔、ずるいです……。


 五分も歩けば目的の武具店に到着してしまいました。そっとルルエさんから手を離された時、不覚にも少し名残惜しいと感じてしまいます……。


「あの、先日鞘を注文したものなんですが~」


「あぁ、はいはい。出来てますよ。おや、今日はべっぴんさん連れてるね! 兄さん案外モテるんだな!」


「……案外で悪かったですね。ちょっと拝見」


 カウンターに出された鞘を改め、試しに魔王の直剣を刺してみます。グラつきや抜く時の引っかかりも特にないようですし問題なしですね。


「良い仕事をありがとうございます。これ残りの支払いです」


「はいまいど。今後も御贔屓にねぇ」


 剣を鞘に刺し、いつもは腰にぴったりと括っていましたがサイズ的に長いので、腰の裏からベルトを通してぶら下げておくことにします。ふむ、ちょっと良い感じ?


「どうでしょう、ルルエさん?」


「うん、いいんじゃないかしらぁ! グレイくんも胸当て一枚の頃から随分と成長したわねぇ」


 なんだかしみじみとしたご様子。まだそんな振り返るほど以前でもないんですが……まぁ確かにこの数カ月は実に濃密で慌ただしかったですね。


「全部ルルエさんがいたおかげです。いつも感謝してますよ」


「そぉ? じゃあ何か感謝のお礼がほしいなぁ」


「…………また酒ですか」


「違うわよ! 流石にそれはデリカシーないと思うなぁ!」


 おや、てっきりお酒の普請だと思ったら違ったようです。怒られちゃいました。むむ、これは放っておくとちょっと長引きそう。


「ごめんなさい、じゃあ皆にはすこし悪いですがちょっと寄り道しましょう」


 今度はすこし意識しながら、ルルエさんの手を取ります。最初はつーんとそっぽを向き目を合わせてくれませんでしたが、露店で色々と見ているうちに機嫌は少しずつ上向いたようです。


「あ、これいいんじゃないですか」


 一軒の露天商が並べていた金物細工の中に、魔鉱石の付いた髪飾りを見つけルルエさんの髪にそっと合わせてみます。


 華美ではありませんが、シンプルなデザインでとても良いと思うのです。嵌め込んだオレンジ色の魔鉱石も、ルルエさんの髪色によく馴染んでいます。


「そぉ? じゃあ試しに付けてみようかしら」


 店主に断り、ルルエさんはそれを前髪に通しました。


「うん、やっぱり可愛い」


 思わず零れた言葉でしたが、ルルエさんには予想外の発言だったようで本当に照れた様子でした。そんな顔されるとこっちまで照れるんですが……。


「お姉さん可愛いって言われる歳じゃないんだけど……まぁグレイくんが気に入ったのなら、これがいいわぁ」


 スッと目を細め本当に嬉しそうに笑うその顔は、大人の女性なのに何処かあどけなさを感じさせ、自分の胸が少し高鳴りました。


「あ、の、これ下さい」


「はいよ、綺麗な嫁さんだねぇ。うらやましいやぁ」


 初老の店主にいきなりそう言われ、自分はあたふたと否定しようとしたら、上機嫌のルルエさんがパッと腕に絡んできました。ちょ、胸! 当たってるから!


「ありがとうおじさん。これ、良い品ねぇ」


「へぇ、宜しければまたどうぞ御贔屓に!」


 そのまま支払いを終えると、ぐいぐいと腕を組んだまま歩かされました。うぅ、手を繋ぐより難易度上がってるじゃないですか……。


「さ、じゃあグレイくんから御褒美も貰ったし、そろそろ帰ろうかしら?」


「そうしましょう――――あの、ルルエさん? そろそろ離してもらえると」


「はい、転移テレポートォ!!」


 自分の言葉も遮られ、転移の魔法で再び視界が揺らぎます。

元いた森の中に戻ってくると、ちょうど模擬戦でもしていたのでしょう。剣を構えたクレムと鎖を振りまわすエメラダが目の前に現れました。


 腕を絡ませたままの自分たちをジッと凝視し、二人は微動だにしません。


「…………」


「………………」


「…………あ、あの?」


「はぁいただいまぁ! ねぇ見て見て! これグレイくんに買ってもらっちゃったぁ!!」


 途端、ピシリと場の空気にヒビが入るのを感じます。ルルエさんはテコテコとクロちゃんの元に戻っていき、自分は武器を構えたままの二人にじりじりとにじり寄られます、怖い! 怖いぃぃ!


「お兄様? 一体何をしてきたんですか、腕なんか組んで」


「姐さん、いい髪飾り付けてたなぁ。良いなぁ、あたしも欲しいなぁ。お前の血染めのやつとか」


「…………あの、二人ともなんでそんな怒っ、うひゃああっ!!?」


 自分が何か言う暇もないまま、クレムとエメラダはとんでもない連携力で自分に襲いかかってきます。

それ、実戦でぜひ役立てて下さいね!? 今じゃなくて!!


『…………見ていて飽きないな、彼らは』


「そうでしょぉ? 私の自慢の子たちよぉ」


 なんかエルヴィンさんとルルエさんがほのぼのと観戦していますが、これ結構洒落にならない殺意籠ってるんですけど!? 誰か止めて?!


 そうして昼下がりの小一時間、自分はクレムとエメラダの模擬戦と言う名の無言の抗議から逃げ回り続けたのでした……。

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