第30話 一応再戦しました。

 こんにちは、勇者です。


 サイクロプスと落ちた地下の先。巨大な扉の奥で聴こえたか細い「助けて」の一言。その言葉に血が上り突入すると、そこに広がっていたのは、


「あぁっ! もっと、もっとだ! そう、その辺りをもっと締めつけ――おほぉぉっ!!」


「きもちわるいぃ~! もうやだぁーーー!!」


 王女と魔王の鎖による緊縛大会が開かれていました。なにやってんですかコイツら……。


「……ごゆっくり」


「あっ! グレイ、助けに来てくれたのか!?」


 その光景に本気で引いた自分はそっとここから離れようとしましたが、しかし涙目の王女エメラダ様が自分の姿に気付き、その試みは失敗してしまいます。


 赤いドレスに着飾った彼女は、その可憐さに似合わぬぐしゃぐしゃな涙と鼻たれの表情で自分に縋りついてきました。雰囲気も糞もありません。


「やぁ、騒がしいと思ったらついに来たようだね青年! 待ちわびていたよ!」


「自分は来たことに後悔しましたけど」


「なっ!? そんなこと言わないでくれよぉ、早くあたしをここから連れ出してぇ……」


 そういうエメラダ様は武闘大会での勝ち気な雰囲気など欠片もありません。

 でも自分がここにくるまでの数日間、ずっとこの行為を繰り返していたというのならそれも仕方のないことでしょう……魔王、恐るべし!


「なんか完全に気が進まなくなりましたが、魔王スティンリー! エメラダ様は返してもらいますよ!」


「ふはは! そう、それでこそ勇者! ではさっそく――と言いたいところだが、ここは些か狭い。場所を変えようではないか!」


 そう言ったスティンリーは、部屋の隅にあるレバーのようなものをグイと下に引きます。すると部屋の扉が急に閉まり、地響きが部屋中に響き渡ります。


「なにを!? …………これは、部屋が動いてる?」


「そうだ、もうしばし待ちたまえ! 然るべき場所へ案内しよう!」


 響く音に気を配ると、やはり部屋全体が動いているようです。凄い造りですね……もしかしてさっき落ちてきた穴はこの部屋が移動するための通路だったのでしょうか?


 暫くすると、ガコンッと大きな衝撃と共に音が止みます。


「さぁ、着いたぞ! その扉を開けてみたまえ!」


 少し警戒しながらも、言われた通り扉を開ける。すると扉の隙間から眩しい日射しが差し込んでくるではありませんか。


「ここは――――外!?」


「そうだ、城の中庭に移動させた! ここなら広いし存分に殺りあえるだろう!」


 驚く自分を尻目に、スティンリーはさっさと表へ出て行ってしまう。自分もエメラダ様の手を引いてその後を追います。


 そこは中庭というより、ズルーガの王都にあった闘技場のようでした。草木は一本もなく、ただ平坦な土の地面が一面に広がっています。


「以前の状態はよく知らないが、今は鍛錬場として使っている! どうだい、これなら自由に戦えるだろう!」


「そうですね……でもその前に聞きたいことがあります」


 自分はキッとスティンリーを睨みました。


「なぜ人間に化けてまで武闘大会に出場したんです? エメラダ様を攫うだけなら、いくらでもやりようはあったでしょう」


 そう聞くと、スティンリーは少し困ったような顔になりました。


「それを言われると耳が痛い。私はね、あの大会で堂々と優勝し実力で王女を娶ろうとしていたんだ! 負けることなどこれっぽっちも考えずにね!」


 魔王が、堂々と人間を娶る……? その言葉に自分は驚きを隠せませんでした。


「そして名実ともに彼女と伴侶となり、心置きなく縛ってほしかった! これが私の本心だよ!」


 それを聞き、エメラダ様が自分にしがみ付いてぶるりと震えています。余程誘拐されてからの日々が堪えたのでしょう……。


「しかしそれを君が阻んだ。正直驚いたよ! 人間の身にやつし弱体していたとはいえ、負けるなど露ほども思っていなかったからね!」


「……それで負けたからと、今度は誘拐ですか。意外に我儘なんですね」


「なにせ魔王だからね! 私は比較的穏便だが、他の者なら問答無用に国を滅ぼしてでも王女を奪っただろう!」


 その言葉は真実に感じました。実際そういったことも珍しくないからです。城の宝や資源を目当てに魔王に滅ぼされた小国など、両の手でも数えきれないほどあるでしょう。


「それに今回は大国ズルーガ、不用意に喧嘩は売りたくなかったのだが……君に大事な鎖も切られてしまった! なおのこと彼女の中の天の鎖が欲しかったのさ!」


「先日も聞きましたが、その天の鎖って彼女の召喚する鎖のことですか?」


 そう言うと、スティンリーは怪しい笑みを浮かべ喜々として語ります。


「天の鎖。それは神代より伝わるという神や魔の頂点をも縛るという伝説の宝具さ! 彼女の普段使う鎖はあくまでもその副産物、桶からこぼれた水滴のようなものだ!」


「……そう、それは代々あたしの家系の血に受け継がれてきた。でもそんな大それたものは一度だって使えたことはないよ!」


 エメラダ様がそう言うと、スティンリーは気落ちした感じで首を振りました。


「君にはまだ経験も実力も足りない。だから鎖は本来の力を貸さないのだろう、だが! 私の元で、私を使い、私を縛り続ければ! その大いなる力はきっと発現する! どうだ王女、その力が欲しいだろう!?」


「そんなもの要らないしあんたを縛るなんてもうウンザリだ! さっさと死ねこの変態筋肉糞魔王!」


 ほんのり調子が出てきたようできつく罵倒を浴びせますが、それは自分の背中に隠れずに言いましょうね?


「王女は縛る才だけでなく口まで達者なようだ。この五日間仕込んだ緊縛術はきっと君の糧になるだろう! そして今後も私を悦ばせてくれ!」


「早くあんなのぶっとばしてぇーーーーっ!!」


 エメラダ様は聞きたくないとその場でうずくまり耳を塞ぐ。そうですか……仕込まれちゃったんですか……。


「……何にしても、ここまで強行に出たからにはもうあなたは終わりです。外で戦っていた配下の魔物もあらかた片付いています。あとは――――」


「私を殺すだけ、かね? よろしい、やってみるがいい! 私はそれを、私を破る勇者を心待ちにしていたのだから!!」


 ぞわりと、全身の毛を逆立てるスティンリー。牙をむき出しに、みちみちと筋肉が膨れ上がる。


「……自分もあなたにやり返したかったんで、丁度いいですね。ではやりますか」


 王女を離れた場所へ移動させ、その異形と対峙する。対格差は二倍以上もあります。が、今回は簡単には殺されません。


精霊抱懐エレエメントストレージ五元精霊召依フィフス・エレエメント


 ようやく、使える。待ちに待った精霊術の行使。身体の中で蓄えた精霊の力と魔力が混ざり合い、自分に限界以上の力を与えます。

この四日間、クレムにしごかれたのも伊達ではなく、その召依の発動もスムーズでした。


「ハッハッハ! たった四日会わないだけでその変貌ぶり、君は本当に人間かね?」


「自分は人間ですが周りはその限りではありません。人外たちに徹底的に苛め抜かれたこの力、とくと味わってください?」


 双剣を抜き、構えるでもなく腕をだらりと降ろす。最近は下手に構えるよりこちらのほうが初動が早いと気付いたのです。


「ならばもう――――一撃で死ぬなよっ!!」


 弾かれたようにスティンリーが突進し、自分に大岩のような拳を振り下します。それを避けるでもなく、両の刃で受け止める!


「あああぁぁぁっ!」


 ズンと身体に衝撃が奔り、拳を受けると全身がズリズリと押され地面を滑る。それでも自分は踏ん張り、その勢いが止むのを待ちます。


「なんと! 正面から受けるか!」


「甘く見ないでください!」


 突進が止まると同時に、今度は自分が地面を這うように走りまわりスティンリーの身体に斬りかかります。数度の斬撃は、しかし全身の黒い体毛によって肉まで刃が届きません。


「毛深い! 硬い!」


「そうだ、自慢の毛だよ!」


 振り払うように裏拳が飛ぶ。ギリギリでガードしつつも、やはりその膂力差に思わず顔をしかめました。


「さぁどうするね! その双剣は飾りかな?」


「安い挑発をっ」


 そう言いつつも、それに少し苛立ちます。斬撃がだめなら刺突はどうか? 裏拳を放ち隙の出来た脇腹に右のダガーを放つ。すると思ったよりすんなりと刃は通り、肉を貫いた感触が刃先に伝わります。


「ぐく、小癪――――」


「よし、通るっ!」


 悦んだのも束の間、今度はスティンリーの伸びた鋭い爪が自分を襲い、肩口を斬り裂かれる。

 互いに一撃入れ合うと、双方立て直しに数歩下がりました。


「なるほど素晴らしい! 武闘会の時の比ではない、この短い間にどれだけ死線を潜った?」


「もう今更数えてませんよ、頭が痛くなるだけなんでね」


 軽口を言いながら、水精の力で傷を塞ぐ。完治といかないまでも血だけは止めておかねば後が辛いですから。


「ならば、更なる高みをお見せしよう――――参れ!」


 スティンリーが声高に叫ぶと、何処からかメイド服を着た人狼ワーウルフが何人も現れ彼の前に傅きます。……なんでメイド?


「よし、付けろ」


「はっ」


 命令口調に言い放つと、人狼メイドたちは手に持った思い思いの拘束具を魔王に嵌めていく。


 手枷、足枷、首輪、くつわ、そして――貞操帯。

 貞操帯を嵌めた人狼メイドは、作業を行い終わった後には何処かうっとりとしながら股間に頬ずりまでしていた。


――――ちょっと自分には分からない世界のようです!!

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