第31話 一応熱くなってきました。
こんにちは、勇者です。
拘束具を増やし身動きもおぼつかなそうなスティンリー。それでも彼は威風堂々と仁王立ちし、その存在感を増しています。
「ふぁふぁふぇふぁふぇ! ふぁあ! ふぁいふぁいふぃひょおふぁふぁいふぁ!!」
「いや何言ってんのか分から――――」
ほんの一瞬の出来事。気付けば目の前に現れた
「がぁ……ハ、なに、はやい……」
「ふぉふぇふぁふぁふぁひふぉ! ふぃふほふぃふぁふぁふぁ!」
「これが拘束を受けた私の真の力だ、と申し上げております」
「……あ、助かります」
離れたところで控えた人狼メイドが通訳してくれました。
拘縛のスティンリー。その異名の元がこれなのでしょう。縛れば、拘束されればされるほど強くなる……ということは。
「天の鎖を求めるのは……拘束力を上げてさらなる力を得るため、ですか」
「ふぉふぉふぉーふぃふぁ!」
「その通りだ、と申し上げております」
「お願いだから
※ここからは人狼メイドの翻訳でお届けします。
『天の鎖の神魔をも縛る拘束力。それがあれば私の
「……そんなに強くなって、どうしようっていうんですか」
吐き捨てるように自分が言うと、スティンリーは面倒そうな顔になり溜息を吐いて語ります。
『魔王の中でも派閥や序列というのがあってね。私はそこまで興味はないが、ある程度の地位にいないと潰されてしまうのだよ!』
「はぁ……魔王も大変ですね。でもだからって一々人間の国滅ぼしたり人を攫われてちゃこっちも黙っていられません」
立ち上がり、魔王を睨む。水精の力で自己治癒を高めてはいますが、今の一撃はちょっとやばいです。
「こっちもそろそろ、回転上げていきますよ――」
胸の奥の歯車をグルグルと回す。回せば回すほど、精霊たちの力は強まり与えられる加護も強くなる。その代り、自分への負担も魔力消費も増しますが。
『あぁ、本気で来るがいい。そのために君を待っていたのだから!』
「そりゃどうもぉっ!
渦巻く爆炎がスティンリーに直撃する。しかし包まれた炎の中から、それは悠然と歩いてきました。
「温いなぁ――これでは鉄も融かせないぞ?」
手には黒い火球。それをこちらに向け不敵な笑みを浮かべます。
「炎狼アモンよ。我に煉獄の炎を貸し与えよ――
勢いよく放たれた黒い炎は、まるで幾本もの鎖のように伸び広がり、自分とその周囲を焼いていきます。
「熱っ! なんで……魔法の効果は中和しているのに!」
「私がいま行使しているのは精霊による魔法ではない、悪魔の力を以て放つ悪魔術だ! 精霊を宿す君には対処できないものだよ!」
悪魔……以前ルルエさんが言っていた自然的力の存在、精霊と存在を対となすもの。
そしてさっきルルエさんが召喚していたのも、低位ではあるものの悪魔と言っていましたね。
「我々魔王はみな何がしかの高位悪魔と契約し、その力を行使する! ――だが君は異質だ、本来並の人間なら精霊と契約できるとしても微小精霊か、元素精霊としても一つか二つ。しかし、全ての元素精霊と契約をしている君は……何者だ?」
スティンリーはそう語りかけながら、拳に黒炎を纏い殴りかかってくる。自分は返事する余裕もなく、焼かれながらもそれを捌くのに精いっぱいです。
「たった数日でも目まぐるしい成長ではあるが、しかしまだ経験が浅い!」
「だぁぁ! 人間じゃないほうが口数が多いですね! 分かってますよそんなこと!」
長い爪と鍔迫り合い、お互いを睨む。相手の顔にはまだまだ余裕があって、それがまた自分をイラつかせます。
「
その近距離で、自分が今使える中で一番威力の高い水精魔術を放つ。途端、ボンと水蒸気が巻き起こり爆発する。辺りの炎も消え、周囲は霧に包まれたように視界が悪くなります。
しかしその中で、拳に灯された炎でスティンリーの位置が良く分かる。自分はその目印に目掛け、双剣を真っすぐに突きたてようと迫り、
「だから経験が浅いと言っている!」
見抜かれていたように渾身の刺突は弾かれ、お返しとばかりに両の拳が自分を殴打します。まともに食らってしまった自分は、血を吐きながら動けなくなってしまいました。
「ぐ、うぅぅっ!」
「ふむ、しかし硬い。普通なら今ので簡単に潰れるが」
言いながら、膝をつく自分に何度も拳を振り下す。もはや手も足も出ず、腕を盾にして堪えるしかありませんでした。
殴られるたび骨はみしりと軋み、たぶんもう折れているでしょう。
何度目かの打撃の後、不意に訪れた爪の斬撃。こればかりは双剣を前にしてなんとか致命傷を避けるも、自分は大きく吹き飛ばされて倒れ込みます。
「惜しい、本当に惜しい! 私は君を殺したくない、あと一年、いや半年も時間があれば君はもっともっと戦えたはずだ」
そして再び、周囲を黒炎が焼いていく。まるで黒い牢獄に追い詰め閉じ込めるかのように炎の輪が広がり、逃げ場がなくなります。
「しかし残念だが終わりにしよう、外の人間たちを皆殺しにするのにも時間が掛かる」
起き上がれず、じりじりと身体が焼かれていく。
熱い! 熱い! 熱い! 炎から逃げたいのに身体は言うことを聞かず、ただ虫のように蠢くばかり。
強くなれたと思ったのに、勝てると思ったのに! なぜ、どうして……。そう思っている間に自分の眼前にはスティンリーが立ち、その剣のような爪を今にも突きだそうとしていました。
あぁ、終わりか。そう思った時でした。
「やめろっ!!」
叫んだのは、エメラダ様でした。炎の牢獄へと飛び入り赤いドレスを焦がし、必死で鎖を呼び出してスティンリーを縛り留めようとしています。
「健気だな王女! だが忘れないでほしい、私は縛られれば更に強くなる! そして、君の鎖は脆い!」
一息力を込めれば、鎖は粉々にされてしまう。しかしそれでもエメラダ様は諦めず何度もスティンリーに鎖を絡めました。
「ダメだ! 殺させない! そいつも、外の兵たちも! あたしのせいで殺させたりなんかしない!」
「なに、そう嘆くな。この世の中、割と良くあることだよ! 魔王に国が滅ぼされるなど、愛する者を殺されるなど、ね!」
もはや引き千切るのも億劫と、スティンリーは鎖を巻いたまま今一度鋭い爪を振りかぶる。次の間にそれは深々と自分の胸を貫くでしょう。
情けなくて仕方がなかった。あれだけ息巻いて此処まで来たのに、出来たことなんて何もない。必死な形相のエメラダ様と目を合わせて、小さく謝ります。
「――――助けられなくて、ごめんなさい」
そう言った瞬間、ついに爪が振り下ろされ胸を貫く。
「っだめぇぇーーーーーーー!!」
叫びと共に、その場の全てを飲み込むようにまばゆい光が放たれる。そして光が収まると、神々しいばかりのソレが目に止まりました。
「ぬぅぅ!? か、身体が、動かぬ!?」
――――それは、黄金の鎖でした。
スティンリーの身体に巻きついていた鎖は、鈍色から眩い黄金色へと変わってギチリと魔王の動きを繋ぎ止めていたのです。。
突きだされた爪は自分の鎧を貫き、しかし浅く肉を抉る程度に留まっています。
「絶対だめ、そんなのあたしが許さない! 初めてだったんだあんな気持ちは、男なんてみんな屑だと思ってたんだ! 国なんてただの足枷だと思ってたんだ! でもやっぱり、どっちも失いたくない!」
彼女が言葉を発するごとに、鎖の輝きは強さを増し、さらにスティンリーの全身へと伸びて完全に拘束する。スティンリーはどうしたことかと驚愕し、目を白黒させています。
「莫迦な、縛られているのに身体が動かん! ……これが、天の鎖!?」
神魔をも縛り留める伝説の宝具。その言葉に偽りはないようでした。現に拘束を力に変えるこの魔王が、一歩も動けずに留まっている。それが証左でしょう。
その隙に自分は地を這って後ずさり、魔王の爪から逃れます。
しかし今の自分にはそれがやっとで、この先はどうすれば……どうすれば勝てる!?
(――――犬臭ぇ火の匂いがしやがる)
「っ! 誰ですか!?」
(まったく、匂いが鼻について目が覚めちまった……それにしてもズタボロだなぁ? どうだお前。あの野郎に勝ちたいか?)
言葉の主は、内側から語りかけてくるようでした。まさか精霊?
(そうだ。俺はあの犬臭ぇ炎を使うあいつが我慢ならねぇ! お前もアレをぶっ殺したいんだろ?)
「は、い……自分は、勝ちたい」
(なら身体を貸せ、今からあいつにお前の中の力の一端を見せつけてやる)
言われて、自分は無意識に知らない祝詞を紡ぎます。まるで操られるかのように。
「
その言葉を発した途端、まるで自分の意識が端に追いやられるような感覚に陥ります。そして今まで自分がいた位置にいるのは――――。
「ハッハァ! さぁ久々の
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