第29話 一応潜入しました。

 こんにちは、勇者です。


 ルルエさんの言う「ほんのちょっと本気」を見せられビビり倒していた自分ですが、今は気を取り直して魔王スティンリーが本拠地とする城塞へと潜り込みました。


 侵入してからは魔物に見つからないようすぐ手近な部屋に隠れました。そこは何かの倉庫だったようで、えた臭いが妙に鼻につきます。


「うぅ……ブーツが血まみれです」


 魔物の残骸の中を走って突っ切った自分の足元は赤く染まりベチャベチャでした。一方ルルエさんは杖に腰かけ飛んできたので靴もローブも綺麗なものです。


「それにしても大きい……ですね」

 それは城塞の規模を差したものではありません。城塞の造りそのもの、門や扉、通路に至るまで全てが大きく作られていました。


「当たり前よぉ。ここは以前の魔王が占拠するまでは巨人ギガントの住処だったんだからぁ」


 巨人ギガント。それは太古の昔にいたとされる巨大な人類種です。伝説や物語の中ではよく語られますが、今は絶滅したと言われています。


「……それ、何百年前の話ですか?」


「千年ちょっとかなぁ、アレもけっこう良い子たちだったんだけどねぇ。個体数が少ないからあっという間にいなくなっちゃった」


 つまりこの人、千年単位で生きてるんですか……。ますますルルエさんの底が知れなくなります。


「さて、ここからどうエメラダ様を探し出しますか――ルルエさんは前に来たことあるなら検討とかつきませんか?」


「ん~。スティンリーがいるとすれば、やっぱり玉座の間とかじゃないかなぁ?」


「え、城塞に玉座とかあるんですか?」


 自分は少し驚きました。城塞とはすなわち砦。本来は王の住まう処ではなく戦の拠点として建てられるものです。


「さっきも言ったでしょぉ、ここは元々は巨人の建てた城なのぉ。城塞と呼んでるのはその大きさから人間がそう勝手に解釈してるだけで、ここにはきちんと王の座すべき場所があるわぁ」


「じゃあ魔物に見つからないよう姿を隠しながら、ひとまずそこを目指しますか」


「それは無駄なんじゃないかしらぁ。この中、多分警備の魔物で溢れてると思うしぃ、今のグレイくんの姿じゃ隠密ハイドスキルを使っても匂いで丸わかりよぉ?」


 確かに、自分の膝から下はもう拭いきれないほど血で汚れています。鼻の良い魔物ならすぐに気付いてしまうでしょう。


「あ~、つまりあれですか? なにも考えずガンガンいこうぜと?」


「そのほうが手っ取り早いじゃなぁい! どうせその辺の雑魚なら、今のグレイくんは精霊術なしでも負けないわよぉ」


「個別ならともかく群れなら話は別でしょう、オークの時の二の舞ですよ!」


「それ混みで負けないって言ってるんだけどなぁ。グレイくんは自分の成長を過小評価し過ぎるきらいがあるわねぇ……驕りを見せろとは言わないけど、もう少し自信を持っていいのよぉ?」


 そう言いながら、ルルエさんは問答無用で隠れていた部屋の扉を蹴破ってしまいます。三メートルはある大きなそれをぶっ壊し廊下にまで吹き飛ばすと、もちろん盛大な音が広い空間に木霊します。


 あぁ、なにもそんなに音立てなくても……。部屋からひょいと外を覗きこめば、既に何体もの魔物が何事かとこちらに走ってくるのが見えます。


「さぁグレイくん! 唐突だけど本日の課題、襲いくる魔物をひたすらに蹴散らして魔王へ挑みましょ~!」


「いま言いますかそれ!?」


 そうしている間にもこちらを察知した魔物が迫り、ついにゴブリンの一匹が嬌声を上げて斬りかかってきました。

さすがにもうこれくらいで慌てる自分でもないので、太腿に下げた双剣を引き抜き一刀に伏します。


 しかしそこからはもう出るわ出るわ……今のゴブリンに始まり、コボルト、オーク、ハーピィ、ガーゴイル――以下略。

 ここは魔物のふれあい公園かな?ってくらいありとあらゆる種族の異形たちが群れをなして自分に襲いかかります。


 気付けば進もうとした広い廊下にはみっしりと魔物の列が出来あがっていました。


「あの、ルルエさん。流石に精霊術使っちゃダメですか?」


 襲いくる魔物を斬りつけながら、ルルエさんに懇願します。が、


「だめ~。最近のグレイくんは精霊の力に頼りきり過ぎなの。ちょっとは自力だけで切り抜けて自分の強さの認識を改めなさぁい?」


 そういうルルエさんは自分だけ天井ギリギリまで浮かび、対物障壁プロテクションであらゆる攻撃を弾きながら文字通り高みの見物をしています。


「ちょっと、本気とか全然出さないでいいんで少しくらい加勢して下さいよ!」


そんな自分の叫びも虚しく、ルルエさんは魔物には一切手を出しません。あ! いま暇そうにあくびしましたね!?


暇そうなルルエさんを尻目に、自分は必死で両手のダガーを振るい魔物たちの列を削っていきます。武闘大会の予選でも感じてはいましたが、確かに自分の実力は以前に比べ格段に上がっているようです。


 あのオークの群れを半日かけてようやく駆逐したあの日を思い起こし、随分と違う世界に来てしまったなぁと感慨に浸る程度には余裕があり、むしろ返り血を浴びないようにするほうが必死なくらいでした。


 あらかた蹴散らしてしばらく通路を進むと、また別働隊が現れ阻むように壁を作る。自分はそれを食い破って先に進む。

まるで作業のように命を奪っていくことに嫌悪感を抱きつつも、いつかのルルエさんの言葉を思い出ししっかりと前を見据えます。


 奪うからには、決して目を逸らしてはいけない。そう心に言い聞かせながら、どんどん前へと突き進む。


 そして何度目かの魔物の壁にぶち当たった時、それは現れました。


 ずん、と。合戦の合図の時に聞こえた太鼓のような音が廊下に響きます。しかしそれは足元が揺れる感じで、すぐ何かの足音だと察しました。


 通路の角から現れたのは、天井まで届くかという巨大さの怪人。


 肌は赤く表面に血管を浮き出たせ、頭頂部には短い角が一本。そしてそのすぐ真下にはギョロリとした大きな目玉が一つだけの風貌。


「あらぁ! いいじゃない、サイクロプスまで出てくるなんて縁起がいいわぁ!」


 あんたの縁起の基準が自分には良く分かりませんよ!


 一つ目の巨人、サイクロプスはのろのろと歩を進めながら、こちらを見下ろし手に持った人間より大きな棍棒を構えていました。

 足元の魔物には全く注意を払っておらず、小さな者はその大きな足に踏み潰されていきます。


「……あの、あれにも生身で勝てと?」


「当然! やりがいあるじゃなぁい、大きいのは良いことよ!」


 この場に於いては決して大は小を兼ねないと声高に叫びたい! そうしている間にもサイクロプスは自分目掛け棍棒を振り下しました。


 しかしその速度はまったく遅く、自分には珍しく少し舐めた感じでギリギリに避けその棍棒に飛び乗ります。サイクロプスはそれにイラついたのか、ぶんぶん得物を振りまわします。


 いくら広い通路とはいえ、それだけ暴れれば壁にも当たり、瓦礫が崩れてまた下にいる魔物たちを潰してしまいます。こいつ、頭悪すぎませんか?


 しかしこれは好機。勝手に暴れて勝手に敵の数を減らしてくれるというなら、存分に踊ってもらいましょう。


 自分はサイクロプスが捉えられる程度に足元を逃げ回り、たまに脚や腕を斬りつけては少し距離を取ります。

すると上手い具合に激高し、地団駄を踏んで魔物たちを蹴散らしてくれます。まるで葡萄酒作りに果実を踏んでいるようだと思わず脳裏に浮かんでしまいました……。


 そんなことをやっているうちに、周囲にはもう通常サイズの魔物の姿もなくなり残ったのは自分とサイクロプスのみ。


「さてと――――じゃ、わかりやすい弱点でも突きますか」


 サイクロプスが馬鹿の一つ覚えで棍棒を振り下した瞬間、降りた腕に飛び乗り肩の上へと駆け抜けていく。そこから飛び跳ね頭の短い角にぶら下がると、大きな瞳とバッチリ目が合います。


「やぁ!」


 一言挨拶し、そのつぶらな瞳に大きなバツの字の傷を刻みつけました。途端、その痛みに飛び跳ねた巨人は棍棒もかなぐり捨て自分の顔を覆いうずくまる。


 さて、無力化はしたものの、余りの巨体にどう止めを刺せばいいのか分かりません。自分のダガーでは心臓を貫こうとしても厚い筋肉に阻まれ刃が届かないでしょう。


 むむむと悩んでいると、視力を失ったサイクロプスはなおも戦意を失わず、むしろさらに激怒して手当たり次第に腕を振りまわし、床に叩きつけています。その度に足元はひび割れ、その威力を物語っていました。


 まぁ充分距離を取っているので当たらないんですがね? 


 そう高を括っていた時でした。ひと際強い打撃が割れた床に刺さった瞬間、ボコッと音を立てて足元が崩れたのです。


「あ」


 一瞬の浮遊感の後、自分とサイクロプスは共に下へと落ちていきます。すぐ地面があるだろうと思って下を見れば、そこはどこまでも続いていそうな奈落の暗闇が深く広がりひゅっと息が詰まる。


風精召依ギア・シルフ!!」


 禁止されていた精霊術を咄嗟に使ってしまい、寸の間後悔するも命には代えられません。なるべく魔力消費を抑えるように風を纏って落下速度を落とし、ゆっくりとその穴を降りていきます


 そうして数分掛けてようやく底が見えると、そこにはひしゃげて血を撒き散らしたサイクロプスの遺体が横たわっていました。


 それを避けるように着地し周囲を観察すると、そこはまた何処かへ続く通路のようでした。勇者、迷子再びです。


 上を見遣りますが、ルルエさんが追いかけてくる様子もありません。仕方なく薄暗い通路を歩いて進むことにしました。


 そこは何故か魔物の配置もされていないようで、しばらく歩きまわっても接敵することはありませんでした。


 不謹慎ながら、久々にダンジョン探索をしている気分になり雰囲気を楽しみながらも緊張感を持って先に進むと、突きあたりに巨大な両開きの扉が聳えていました。


 いかにも怪しい、とそこに踏み込む前に周囲の罠を確認し、何もないと分かると中を確認するべく扉に耳を当てます。すると……、


『もう、やだぁ……』


『ハッハッハ、泣いても助けは来ない! さぁ、続けるんだ!』


 聞き覚えのある二つの声が、ぼんやりと聞きとれます。すぐに踏み込もうかとも思いましたが、タイミングを図るべくもう少し様子を見ます。


『そうだ――もっと撫で擦るように。あぁ、いいぞ! この五日で随分と上達したじゃないか!』


『うぅ……きもちわるい』


『もっと気合を入れて! 私を悦ばせろ!』


『うぅ……』


『いいぞ、もっと激しく! そこで締めろ――あぁ、素晴らしい!』


 これ、は――――かなりまずい展開が起こっているのではないでしょうか? 額にじっとりと脂汗が滲みます。


『なにを躊躇している! さぁもっとだ! 出来るだろう、君には素質がある――やれ!』


『ひぃ、やだ……誰か、助けて…………』


 助けて、と。その一声に自分の身体が無意識に動き、扉を思い切り蹴破る。


 部屋の中に広がるその光景は、余りに、余りにも酷いものでした……。

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