第25話 一応魔王を知りました。

 こんにちは、勇者です。


 唐突ですが、目を覚ませば眼前にルルエさんの顔があってかなり心臓に悪いです。


「本日二度目のおはよ~、気分はどうかなぁ?」


「……おはようございます」


そこはついさっきまで寝かされていたのと同じ部屋でした。図らずも決勝戦後と同じ状況になってしまい、なんだか時間が巻き戻った感じです。

 違うところを上げるなら、すぐ横にクレムとクロちゃんもいたことでしょうか。


「で、今度は何があったか覚えているぅ?」


「はい、しっかりと。あの変態筋肉、早く追いかけなきゃ……」


 起き上がろうとして、身体が全く動かない。痛みとかではなく、全身の力が完全に抜けた感じです。


「お兄様、今日はもう無理なさらないでください。残念ながらさっきの一撃でお兄様は……」


 あっ、このパターン。自分ひょっとしてまた死んだ感じですか?


「いやぁ今回は流石のお姉さんも冷や冷やしたわぁ。生き返らせてもアンデッドになったらどうしようかと思っちゃった」


「あ、やっぱり死んでた……でもそんなことあるんですか?」


「精も魔力も朽ちた人間を蘇らせれば、まぁそうなるわねぇ。運よく大丈夫だったけどぉ」


 アンデッド勇者とか洒落にならない悪落ちですよ。いや広い世の中にはいるかもですが。


「ひとまず状況、聞きたいぃ?」


「お願いします」


「うん。まずズルーガの対応だけどぉ、急きょ討伐隊を編成して魔王攻略に挑むそうよぉ。出発は明日。到着はそうねぇ、人数次第だけど五日ってとこかしらぁ」


「え、魔王の行く先が分かってるんですか?」


「あいつ自分で名乗ってたじゃなぁい。北方の壁、拘縛のスティンリーって。この辺じゃけっこう危険視されてる魔王なのよあれぇ」


 確かに、試合中にも授賞式でもそう名乗ってましたね。あまり地理に詳しくはないんですが、兵団を伴って歩いて五日ですか……近いと言えば近いですね。


「で、ズルーガ王が直々に兵を率いるそうよぉ。もう国を上げての討伐戦になるわねぇ、まぁ王女が攫われたなら当然だろうけどぉ」


「自分も、行きます……」


「それは勿論良いけどぉ、今のままじゃまた簡単に殺されちゃうわよぉ」


 そう諭され、心の内で肯定します。たった一撃であの威力、恐らく本気なんて出していないでしょう。それでも生身なら一撃死……。


「……五大精霊を駆使してもダメですかね」


「自分で分かってると思うけど、今のグレイくんじゃ圧倒的に精霊術の練度と魔力が足りないわぁ。始めは良い勝負でも、長期戦になればそこで終わりねぇ」


「じゃあルルエさんなら簡単に倒せるんじゃないですか?」


「もっちろん瞬殺よぉ! でも、勇者のあなたはそれでいいの?」


 そう、自分は勇者です。でもそれ以前に女性をかどわかすやから相手に憤慨しないわけがありません。ましてや相手が魔王というなら、尚のこと自分がやらなければ。


「……嫌ですね、目の前であんなことされて黙って寝てなどいられません。ということでエリクシルください」


「だぁからぁ、さっきも言ったでしょ? 一日一本、明日まで待ちなさい。それとね、グレイくんは別に討伐隊と一緒に行動しなくてもいいわよぉ」


「え? なんでですか」


「お姉さん、むかし北壁の魔王退治を手伝ったことあるからぁ。転移すればすぐよすぐ!」


 ん? 魔王退治を手伝った?


「あの、その時の魔王は倒したんですよね? つまりスティンリーはまた別の魔王ってことですか?」


「あぁ~、グレイくんそういうとこ世間知らずなのねぇ。よろしい、この世の魔王の在り方について寝物語ついでに教えてあげるぅ」


 世間知らず……元田舎者にその一言は突き刺さりますが知らないのも事実。文句言わずに教えてもらいましょう。


「まず、魔王というのは大きく分けて小魔王と大魔王という区分けがなされるのぉ。小魔王と言うのは、言わば株分けねぇ。大魔王をつぶさない限り、定期的に小魔王は増えていく、今の時代はその小魔王を間引いているようなものねぇ」


「……そんなの初めて知りました。大魔王っていうのは一体だけなんですか?」


「いいえ? 現存する大魔王は合わせて三体。かつてはもっといたけれど、すこしずつ数を減らしていったわぁ。でも残っている大魔王はみんな引きこもりでねぇ? 滅多にその姿を晒さないのよぉ」

 引きこもりの大魔王……なんか嫌な響きですね。一気に脅威度が下がって聞こえます。


「……僕もそんな話初めて知りました、とても勉強になります!」


 横で聞いていたクレムも知らなかったんですね。ひょっとしてこの話、一般常識じゃないのでは?


「ここ最近は地上で活動している魔王と言えば、殆どが小魔王。けれど普通の人間にとっては大も小も変わりないわよねぇ」


 つまり先程のスティンリーもその小魔王に属するわけですか。あの強さなのに? 人間ってよく死に絶えませんね……。


「まぁ、魔王と言っても所詮人間と同じよぉ。前にも話したと思うけど、あくまで生物の理として縄張りを守っているに過ぎないやつが殆どよぉ」


「でもルルエ様、そしたらなぜ勇者は小魔王を退治するんですか? お互いの縄張りに不干渉になれば別にいいんじゃないですか?」


クレムが純粋な疑問を投げかけます。それを受けたルルエさんは、ほんの少し苦笑して彼の頭を撫でました。


「――――人間ってね、自分と違うものは排除したくなる生き物なのぉ。……それに小魔王は魔物を絶えず生み出すわぁ、その増殖の抑制のためにも魔王退治が必要。そして求められるのが、あなたたち」


 そう言って指差される自分。つまり勇者とは、間引きを請け負う存在だと? なんか一気に価値観変わりますね……自分の勇者への憧れカムバァック!!


「もちろん中には、人間を滅ぼして自分の領地を拡大しようとする野心を持った小魔王だっている。人間だって同じでしょぉ? 戦争相手が同種族か魔王かの違いってだけのことよぉ」


 軽く言いますが、そこには明確な種族の力量差があります。……あぁ、だから勇者という存在が求められるんですね。自分の中の勇者像、ちょっとだけ復権! そして今度は自分が疑問に思ったことを投げかけます。


「……でも、大魔王はなぜ小魔王を生み出すんでしょう。やっぱり人間と同じで他種族を好まないということですか?」


「生み出してるんじゃない、生まれちゃうのよぉ、自然とね。だからさっき株分けって比喩を使ったのよぉ」


 大魔王に小魔王の存在と在り方。一応勇者だというのにそんなことも知りませんでした。なんだか恥ずかしくなってしまいます……。


「とまぁ、魔王の説明はこれくらいねぇ。今日はゆっくり休んで、明日からの修行に備えましょ~!」


「え……修行ですか?」


「当たり前でしょぉ、今のままじゃ勝てないって言ったばかりじゃなぁい。だからそれまでにぃ、私とクレムの坊やで徹底的にグレイくんを絞るわぁ! ザーツのところでのお遊びとは違うから覚悟してねぇ?」


「…………それって、死んだりします?」


「殺す気でやるわよぉ? 生き返らせるけどぉ」


「大丈夫です! 決勝戦で見せたお兄様の実力なら僕と本気で打ちあってもそうそう死にません!」


 やっぱりザーツ様の死ぬまでやれ方針の源流はルルエさんなんですね。そしてそれは孫のクレムにもしっかりと受け継がれているようです……。

今日は大人しく休みましょう。明日からの自分、生きて!



 翌日、自力で動けるようになった自分は出立前のズルーガ王に拝謁することになりました。


 王都の城壁外では多くの兵が慌ただしく入り乱れ、その急用さを物語っています。

 その中でひと際立派な天幕が張られ、ズルーガ王はそこで出立の時を待っていました。自分は王の前に跪き、深く礼をします。


「失礼いたします陛下。グレイ・オルサム、拝謁仕ります」


「おぉ、勇者殿か。昨日の今日だというのにもう動けるのだな、流石と言うほかない」


 ズルーガ王は既に立派な鎧を着込み、出発を今か今かと待ちわびている様子でした。


「はい。この度は王女の誘拐を未然に防げず、申し訳ありません」


「良い。其方も試合の後で満身創痍であったろう。むしろ昨日はよく真っ先に飛び出してくれた。やはり其方はエメラダの婚約者に相応しい。娘を取り戻した暁には、盛大に祝うとしよう」


 気が早い! と思いながらもそれは王なりの軽口で、自分への心遣いだったのでしょう。


「それで陛下、折り入ってお願いがございます」


「なんだ、申してみよ」


「はい。昨日の一幕で、今の自分ではあの魔王に勝てないと判断しました。仲間の者たちも同意見です。ですので、自分にしばし猶予を頂きたいのです」


 王は怪訝な顔つきをしていましたが、話を遮らずきちんと耳を傾けてくれました。中々のお人柄です。


「自分は本日より四日、師のもとで改めて修行を修めたいと思っております。仲間の一人は転移の魔法を使えますので、陛下方が北方へと着く頃に遅参させて頂きたいのです」


「……ふむ。つまり隊列には同行せず、ギリギリまで己を鍛えたいと申すか」


「仰るとおりです」


 王は蓄えた髭を扱き、少し考える様子でした。数秒ほど間が空き、重々しく口を開きます。


「よもや逃げ出すとは思わんが、いったいどのような者に師事しておるのか」


「はい、アルダ国が剣の参天、ザーツ様にございます」


 それを聞くや、王の目がギョッと大きくなります。やはりザーツ様のお名前は異国でも効くようですね。


「なるほど、あの鬼神がごとき男を師とするか。しかしそこに行くにも時間が掛かるのではないか?」


「先程も申しあげましたが、自分の仲間は転移の魔法を行使できます。距離の問題はございません」


「そうか――――うむ、相分かった。そういうことならば、勇者グレイよ。今よりおよそ五日後、北壁の魔城にて再びまみえよう」


「ご理解感謝いたします。陛下も道中、お怪我のなさらぬようお気を付け下さい」


「うむ、大義である。魔王討伐は恐らく其方の双肩に掛かっておる。頼むぞ婿殿」


 なんか一足飛びに婿殿とか呼ばれましたが、ここは敢えてスルーといきましょう。自分は一刻も早く此処から出たいので……。


「では陛下、また五日後に。失礼致します」


「更に力を付けた其方の雄姿、しかと見せてもらうぞ。奮励せよ」


 今一度頭を垂れ、天幕を後にします。途端、滝のような汗がだらだらと身体中を濡らしました。


 ちなみにザーツ様の元へというのは嘘です。いま王に語ったことは全て事前にルルエさんから暗記させられたことで、つまりは口八丁。


 城壁外の隅、兵たちもいない場所へ行くと、ルルエさんたちが待っていました。


「あぁぁ~、心臓が、まだ、バクバクしてます……」


「お帰りグレイくん、ちゃんと嘘言えたかなぁ?」


「お兄様、嘘も方便です。鍛えるのに変わりはないんですから、あまりお気になさらず!」


 さて。いよいよ始まる修行ということですが、なぜ実際ザーツ様のところへ行かないかというと、あまり精霊の集まりやすいところでは修行の効果も薄くなってしまうのだということでした。

 確かにハイエン家周辺は自然も豊かで、人の多い場所と比べると精霊術をかなり扱いやすく感じますから。


「さぁて、ではちゃっちゃとここで始めましょうかぁ。まずは精霊の乏しい場所でとにかく限界まで力をかき集めて術を行使する。それに慣れることによって効率を高める訓練よぉ!」


「で、僕はお兄様とひたすら仕合えばいいんですね? お兄様、頑張ってください!」


「あ、今回は乱戦も想定して私も魔法で攻撃するからぁ。しっかり捌いてねぇ」


「…………鬼が、二人おります」


 こうしてエメラダ様を救うため、人外二人とのスパルタ教育が幕を開けたのでした――。

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