第26話 一応拡張されました。

 こんにちは、勇者です。


 アルダムスさん改め、魔王スティンリーに一撃死された自分。

お礼参りと行きたいとこですがいまの自分では敗北は明白、ということでルルエさんとクレムくんの人外お二人から直接スパルタ教育を受けているわけですが……。


「あっ!だめ……そんなに入れないで、溢れる、溢れちゃいますからぁっ」


「何言ってるのよぉ、ほら。こんなに広がったじゃない、まだまだ入るわよぉ? 大丈夫、苦しいのは最初だけよぉ」


「毎日ずっと同じこと言ってるじゃないですか! あっ、だからもう入らないって、ダ、ダメエェッ!!」


 ……なにもやらしいことはしていませんよ?

 自分に足りないもの。それは精霊術の練度と魔力。そこでルルエさんが考えたのは、外側からの強制的な魔力保容量キャパシティの拡張でした。


 やり方は単純。カラカラになった自分の魔力の容器に外側から魔力を注ぎ込んで、無理矢理その器を少しずつ大きくしようということなのです。


 ようするに革製の水筒に限界まで水を入れては飲み干し、再び革袋がはち切れる寸前まで水を入れられる、という感じでしょうか。


 昨日までの三日間、ひたすらクレムとの鍛錬で精霊術を酷使しては魔力を枯渇させ、ルルエさんの魔力譲渡エナジートランスファーというスキルで限界以上まで魔力を注ぎ込まれてまた使い切る、ということを繰り返していました。


 これが思った以上に過酷で、本来ならば心地よいはずの魔力譲渡も過剰量を注ぎ込まれればそれは中々の苦痛となりました。


 おまけに五元精霊召依を会得した自分はクレムとそこそこやりあえるようになってしまったので、剣のほうも厳しく打ち込まれます。


 時に斬られて死に掛けては治癒され、限界まで戦ったらまた魔力を注ぎ込まれる。これなんて拷問ですか?


「お兄様、まだですか! はやく次の模擬戦しましょうよ!」


 クレムはとても嬉しそうです。なんか尻尾でも付いてればぶんぶん振っていそうなくらい。

 彼曰く、ここ最近は人間相手にまともに打ち合えるのはザーム様くらいで、本気でやっても死なない相手がいることが嬉しいみたいです。いや何度も死に掛けてるんですけどね、さっきなんて腹割かれて中身が出てましたよ!?


 まぁ彼は彼でそういう鬱憤が溜まっていたのでしょう。魔物相手では怖くて戦えない、でも人間じゃ話にならない。それは力も持て余すでしょう。


「はぁい、補充完了! 今日は最終日だし、あと何回できるかしらねぇ」


「うぅぅ、早く終わってほしい……っていうか、正直自分の魔力量が変わってるようには感じないんですが」


「何言ってるのぉ、馬鹿みたいに拡がってるじゃない。クレム坊やとの継戦時間、どんどん延びてきてるでしょう?」


「そう……ですか? 自分じゃもう戦うのに精いっぱいであまり分からないです」


「初日と比べてもざっと二倍以上にはなってるわよぉ。これって上位の魔法士並みよ? それにしてもよく今日まで死ななかったわねぇ、あのザームだってこのやり方には根を上げて、剣の腕だけ磨き続けてたのにぃ」


「そんな褒め言葉いりません、あともう何度も死に掛けては治癒してるだけじゃないですか。実質もう数えきれないくらい死んでますよ!」


「そっちじゃなくて、魔力拡張のほうよぉ。普通だったらこんな無茶すれば発狂モノよぉ?」


 その発狂モノを無理にやらせてるのはあんたですよ?


 とまぁこんなふうに四日目最終日を迎えて、いまは最後の仕上げと言ったところです。そのルーティンから解放されれば、いざやあの筋肉魔王に再挑戦!


 実際のところ、自分の心境はかなり複雑です。あの変態露出狂で気持ち悪かったけど根は良い人たったアルダムスさんが、実は魔王で、しかも女性を攫うなんて。


 怒り六割、戸惑い四割と言ったところでしょうか。

 でも起こってしまったことは事実です。ならば仮面ちゃん……じゃないエメラダ様を一刻も早く救い出さなければ。


 そうして鬼のような四日間も過ぎ、誘拐事件からいよいよ五日目。恐らく討伐隊は現地の北方の壁と呼ばれる、魔王スティンリーの魔城の前で陣を張っている頃合いでしょう。


「あ、そうだグレイくん。これ渡しとくわぁ」

 装備を整えた自分に渡されたのは、赤い液体の入った小瓶でした。


「なんですかこれ、ポーション?」


「私の血よぉ、大事に飲んでねぇ」


「はぁ!?」


 思わず投げ返そうとしてしまいました。な、なんでこんなもの渡すんですか!?


「スティンリーと戦っていてもし魔力が切れたらそれを飲みなさぁい。散々私の魔力を注いで身体に馴染んだあなたなら、それでも少しは回復するはずよぉ」


 はぁ、確かに魔力は血液や髪などに宿りやすいとは聞いたことがありますが……自分今度は吸血鬼の仲間入りですか。


「さてクレムですが……どうしますか? 一緒に着いてくると危ないかもしれませんが」


「こ、怖いですけど行きます! 低級の魔物くらいなら、目隠しすれば戦える――――と思います!」


「あ~、じゃあこうしましょう。クレムはクロちゃんと本陣で待機してください。クロちゃんにも大きくなってもらって、クレムと陣を守ってもらいます」


「ぴぎゃ! ぐれ! わかた!」


「うんうん、クロちゃんは賢いです――ん!?」


 振り向いて、パタパタと羽ばたく小さなクロちゃんをまじまじと眺めます。


「い、いまクロちゃん、喋りませんでした?」


「しゃ、べ……? くろ! しゃべ、る!」


「――――クロちゃんが喋ったぁーー!!?」


 この驚愕をルルエさんと共有しようと顔を向けると、彼女はなんてこともないというふうでした。


「別に驚くこと無いじゃない。クロちゃんは黒竜の純血種なのよ? 人語が話せたって何の不思議もないわよぉ」


「そんな淡白な反応されても……クレム! クレムは驚きましたよね!?」


「あの、僕は……クロちゃんとは結構前からお喋り、してました」


 え、そうなの? 知らなかったの自分だけ? なんかすごい疎外感感じちゃうんですけど……。


「グレイくんはここのところずっと鍛えっぱなしで、クロちゃんにあまり構ってあげてなかったもんねぇ」


「うぅ……なんか寂しい」


「ぐれ! ぐれー! かなしい、ない! くろ! くー、まもる!」


「ふふ、ありがとうクロちゃん!」


 なんか暫くみないうちに、クレムはクロちゃんにだけはすっかり慣れたようですね。もう魔物というよりペット感覚になったという感じでしょうか。

 でもなんだか悔しいのでこれでもかとクロちゃんを撫で回してあげると、ぴぎゃぴぎゃ声を上げて喜びます――――嫉妬なんかじゃないんだから!


「ほら~! じゃれてないでさっさと行くわよぉ、早く掴まってちょうだぁい?」


「あ、はいすみません」


 なんか怒られちゃいまいした……。

 自分たちはルルエさんに触れると、あの転移の浮遊感と気持ち悪さに包まれます。

そして目を開けるとそこは森の中で、目の前には鎧姿の兵士が剣の素振りをしているところでした。


「…………え?」


「あ、どうも。お邪魔してすみません、自分はグレイ・オルサムと――」


「て、敵襲! てきしゅーーーーっ!」


 突如目の前に現れた自分たちを魔物と勘違いしたのか、兵士が慌てて叫びます。すると森のあちこちから抜刀した兵士たちが集まってきてひと騒ぎになってしまいました。


「ち、違います! 自分たちは援軍です! ほら、自分は武闘大会で優勝した翠の勇者です!」


 そう言っても、兵士たちの警戒は中々解けません。きっと合戦を前にして興奮しているのでしょう。

 そんなに自分たち怪しく見えるかなぁ……見えるか。


 刃に囲まれた自分たちは絶体絶命――ではないですが、この事態どうしたものかと悩んでいた時。


「何を騒いでいる!」


 唐突に、良く通る渋い声が耳をつんざきます。森の奥から足早に現れたのは、使い古された重苦しい鎧に身を包んだ威厳ありげな中年の騎士でした。

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