第21話 一応変態と戦いました。

こんにちは、勇者です。


 準決勝では仮面ちゃんの思わぬ能力に苦戦し、温存しようと密かに思っていた精霊術を使ってしまったものの、見事勝利を掴みました!


 あのあと運ばれた仮面ちゃんはすぐ意識を取り戻したということで、女の子を痛めたことへの罪悪感が少しだけ薄れます。


 自分はと言えば、今は控え室で決勝戦に向けての待機中。その間にへし折られた肩などをルルエさんに治療してもらっていました。


「もぉ~、女の子にこんなにされちゃうなんて情けないわねぇ。戦いの場では男女平等、殺しても殺されても文句なしなのよぉ? しかもあんな大規模な精霊術を二回も使うなんてぇ」


「しょ、しょうがないじゃないですか……それに性別抜きで彼女強かったですよ。実際もう一回戦ったら勝てるかどうかは五分五分かもです」


「あの召喚術、中々興味深かったものねぇ。それにしても結構美人だったわねぇあの子」


「見えてたんですか!?」


「あんな砂嵐くらいでこのお姉さんの目が届かないわけないでしょぉ?」


 自分の努力は無駄だったでしょうか……いえ、ルルエさんが例外なだけで他には見えていないと信じましょう。


「ク、クレムには砂嵐の中は見えていませんでしたよね?」


「はい、全然見えなかったですけどぉ……」


 なにやらクレムはちょっとご立腹のようです。どうしたんでしょうか?


「――お兄様は、ああいう粗野な人のほうが好みなんですか?」


「……いえ、クレムみたいな礼儀正しい子のほうがいいですよ」


 言うと、クレムの顔がパァッと明るくなります。これは教育、クレムを間違った性格にさせないための必要なこと……でもそれでも違う方向へ間違ってしまったような気もしますが深く考えません!


「さ、あとはこれを飲んでぇ」


「これ……エリクシル?」


「だいぶ魔力も使って枯渇気味でしょぉ? 次の相手、多分かなりやばいわよぉ! お姉さんようやくワクワクしてきたわぁ!」


 自分はワクワクしませんね! だって多分、次の相手ってあの人ですもん! 怯えながらも小瓶の中身を一口で煽ると、たちまち自分の中で活力が漲るのが分かります。あ、これいつもご飯食べてる時に感じるやつだ……。


「これで準備万端! あの筋肉坊やはどんなふうにグレイくんを追い詰めるのかしらねぇ、たのしみだわぁ!」


 間違いなくアルダムスさんのことですね、それには同意ですが楽しみにされるのは嫌!


 何のかんのと治療も済み、係員に呼ばれついに決勝の舞台へ。

 胸の内には「ここまでよく頑張った、もう負けていい!」と言う自分と「こうなったら優勝狙っちゃえよYOU!」と言う自分がせめぎ合っています。


 ……いえ、正直言って勝ちたいです。だからここからは、もう弱音は無しです!




「ハッハッハ! やはり出会えたね青年! 実に楽しみにしていたよ!」

「――――アッハッハ、帰りたい」


 相まみえたアルダムスさんの巨体を改めて、弱音がボロボロと口から溢れそうです……。

『さぁぁいよいよ決勝戦! 相対するのは両極端な背格好の戦士たち、しかしどちらもその強さは本物だぁ!』


 司会の声音とともに、観客の熱気は最高潮を迎えます。声援、ヤジ、拍手、様々な音が混ざり合い、それが今この場を作り上げているかのようです。


『西の入場門、自称・筋肉無双! 自称しなくてもその筋肉は充分やばい! これまでの試合ではその力を存分に魅せてくれたぁ! だけど試合後の筋肉披露は要らないぞぉっ、あと服を着てくれぇ! 北方の巨人、アルダムスゥーーッ!!』


 激しく同意です……。


『東の入場門、もはや首元の証に疑いなし! 身体能力もさることながら様々な術を扱う翠の勇者! その細い身体で何処まであの筋肉を痛めつけられるのか!! グレイ・オルサムゥゥーーッ!!』


 名を呼ばれ、自分の中で緊張と高揚が入り混じる。

先程までの弱気は霧散し、頭は真っ白。手は早く武器を握らせろと急かします。この人は間違いなく強い。その強さに、自分はどこまで抗えるのか――――試したい!


『果たして今回の武闘大会、そしてその報酬と栄誉を勝ち取るのはどちらなのかぁ! おぉ王女エメラダ様、とくと彼らの雄姿をご覧あれ! あなたに相応しいのはこの両者のどちらかだぁ!! では、試合ぃぃ、開始っ!!』


 ドォン、と。太鼓の音が響き渡り、瞬時に双剣を引き抜き祝詞を唱え、土精と風精の気を身体に巡らせる。握る双剣の柄はミシリと音を立て、自分は黒い巨体へと疾駆します。


 あっさりと懐に潜り込めたのを訝しみながら、加護の掛かった双剣をその割れた筋肉に沿わせ斬り裂きました。が、


「っ!? 斬れない!!」


「ハッハッハ! 想像以上の速さだねぇ、だがそれでは私の身体は傷つかない!!」


 剛腕が振り抜かれる。慌てて後ずさったものの、軽く肩に掠っただけで自分は吹き跳び、地面に転がります。


「ぐっ、馬鹿力とかそんなレベルじゃない……」


 掠った肩は痺れ、感覚がない。骨折は免れたようですが、一度でもあれを食らえば即死でしょう。片角の時の戦慄を思い出し、身が震えます……。


 よく見れば、アルダムスさんの身体は通常よりもさらに色黒くテカテカと光っています。あれは……身体強化の一種でしょうか?


「驚いたかね? そう、今の我が肉体は鉄! そう易々とは斬れぬ! 斬鉄の意思を以て臨むがいい!!」


 形質変化……。ルルエさんに聞いたことがあります。肉体や物体を違う組成に変え強化を図るスキル。ということはアルダムスさんの言うとおり、今の彼の身体は鉄そのものなのでしょう。


近接が無理なら、試しに遠距離戦でいってみますか。

アルダムスさんから距離を取ると、精霊術での攻勢を仕掛けます。


風精召依ギア・シルフ


 風の精霊のみを集め、アルダムスさんに無数のかまいたちの刃を繰り出します。しかしまるでそよ風を受けるかのように、アルダムスさんは両手を広げその刃を全て受け止めています。


「なるほど! なるほど! これは風の魔法……いや、精霊の御技か! 素晴らしい、薄らとだが私の鉄肌に傷を作っているよ!!」


 見れば確かに傷は付くものの、かすり傷にもならないような細かいものばかり。まるでダメージにはなっていません。


「ならば私も魔法戦といこう! 連射炎弾ラペリングフレイム!」


「はぁ!? ちょ、火精召依ギア・サルマンドラ!!」


 接近戦だけが主だと思っていたら思いっきり魔法までぶっ放してきました! このひと何者……。慌てて火精を宿し炎のダメージを減退しますが、その魔法に込められた魔力は膨大で、少なからずダメージを受けてしまいます。


「――――ふむ、君は複数の精霊の加護を受けられるのか! 私は今ので君を消し炭にするつもりで放ったのだが、素晴らしい! 百点!」


 点数つけんな。冗談じゃなく火精を宿さなければ自分は消し炭だったでしょう。この状態だって火傷を負っているというのに……。


「くっそ、なら動きを封じて切り刻む……土精召依ギア・ノームゥ!」

 土精を宿し手を地に付けると、無数の岩の棘を突き出しアルダムスさんを閉じ込めるように拘束します。


「おっ、おっ、これは――――」

 拘束は上手くいったようで、両腕を除いてアルダムスさんは岩の棘に埋もれてしまいました。この機にその剛腕、無力化させます!


 再度駆け寄り、腕に向かって斬りかかる。今度は土精の加護だけに注し、膂力を最大にまで上げて思い切り右腕に斬りかかります。今度こそ深い傷が克明に刻まれ、鉄の肌の間から赤い血がジワリと滲む。


 よし! ならば、ひたすら切り刻んで――――、

「フゥンヌゥーーーーーーッッ!!」


 雄たけびとともに岩の棘は粉々に砕かれ、中から黒い巨人が這い出てきます。その相貌はさも嬉しげで、何処かルルエさんの笑顔を彷彿とさせました。


「…………嘘でしょ」


「いやはや! とても素晴らしい拘束だった! うん、百点!!」

 百点ばっかじゃないですか基準低いですよ!?


「それにこの肌に傷を負わすとは、忌憚ない賛辞を贈ろう! 君は、強い!」

 ならばこそ、とアルダムスさんは自分に背を向けました。


「私も本気にならねばならぬ。しばし猶予を貰えるかな!?」


「あ、はい……どうぞ」


 いやどうぞじゃないんですけど、思わず勢いに圧されて返事してしまいました。悠然と入門口へと歩いていくアルダムスさん。その傍には、出会ったときに持ち歩いていたあの麻袋が置いてありました。


 それに手を突っ込むと、取り出したのは――――鎖。


「…………また鎖ですか」


「んん!? またとはどういうことかな?」


 ジャラジャラと鎖を弄りながらアルダムスさんが尋ねます。既に決勝ですし他の選手の情報が洩れても問題ないでしょう。自分は準決勝の仮面ちゃんのことを簡単に話しました。


「――――と言う感じで、非常に苦戦しました。もう鎖の跡が残るのは嫌なんで、す、が……何してるんですか?」


鎖はてっきり武器として使われるかと思いきや、アルダムスさん自身が自分の身体に手慣れたように巻きつけ……いえ、「縛りつけて」いるところでした。


「そうか! そんな素敵な女性がいたのか……是非お相手したかった! そう、是非にね――――」

 また、笑う。今度の笑みはなんだかどす黒い感じで、一瞬背筋に寒気が走ります。


「待たせたね、これが私の真の戦闘スタイルだ! 美しかろう! 私は、縛られれば縛られるほど強くなるのだ!」


 眼前には、鎖で亀甲縛りになった黒い巨体が聳えていた。ぎちぎちに縛りつけられた鎖は、彼が少しでも力を入れれば簡単に弾け飛びそうなのにそうならない。なぜなのか!?


「この鎖はね、昔とある特別な方から頂いたものだ。そう簡単に千切れはしない! だが、これ以上の鎖が、この世にはあると聞いた、私は! それが! 欲しい!」


 ムキッと。サイドチェスとを決めたアルダムスさんのドヤ顔は、どこか子供のようでした。いやこんな子供が居てたまるか。


「だからこそこの大会に参加したわけだが、おかげで君という強者に出会えた! まこと世界とは広く面白いものだ! こんなことならばもっと早く城から出ればと後悔するほどに!」


 しかし、そんなふざけた姿でも彼が今本気になったのだと分かります。溢れ出る力と魔力が、自分の膝を震えさせているのだから。


「恐れるな勇者! この壁は高い! この壁は厚い! この壁は硬い! ならばこそ、その力をここに示せ! 私を、この筋肉を、鎖を! 断ち切ってみせるがいい!!」


 ズン、と。彼が一歩踏み込むだび世界が揺れる。そんな錯覚に陥ります。これまで何度も恐怖を感じることはあった。死を垣間見ることがあった。

でもこの場に或るそれは、目の前のアレは、明確な「死」の具現に思われました。


「改めて名乗ろう、我が名は北方の壁! アルダムス・スティンリー! 拘縛のスティンリーである!」


 名乗りとともに、再び剛腕は自分の頭上へと振るわれた――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る