第22話 一応ステゴロしました。
こんにちは、勇者です。
なんて自己紹介してる場合じゃありません! 振り下された鉄腕を間一髪避けたのは良いですが、その後に続く連激の嵐。
一撃ごとに地面は割れて抉れ、巨大なモグラが大量発生したんじゃないかという状態です。
風精の力を全力で宿しても追いつかれ、突き、薙ぎ、蹴りの大盤振る舞い。こんなん食らったら一撃で挽肉です。
「どうした! 逃げるだけでは戦いにならない、ドンドン斬りつけてきなさい!」
「できるかぁ!!」
風精の全力を切らせば確実に捕らえられてしまいます。複合での精霊召依では半端になって回避も攻撃も成り立たない。八方ふさがりです。
しかしここまで強くなったのはあの鎖の効果もあるのですから、あれを壊せばなんとかギリギリの戦いにまで持ち込めるのでは?
必死に隙を伺い、そして踏み込んでの打ち降ろしが来ます。膂力は恐ろしいですがパターンは単純。これを切り抜ければ!
「フンッ!」
動かず集中し、ギリギリに避けることに全神経を集中させる。剛腕は頬を掠め肌を捲っていきますが、これがチャンス!
ガラ空きの胴に潜り込むと、魔王の短剣を身体ではなく鎖めがけて斬撃を放ち……しかし断ち斬れない。
「私の鎖は特別だと言っただろう? そんなものでは、斬れん!」
不意に足を掴まれ、ぶんぶんと振りまわされる。その遠心力で頭に血が上り、軽く意識が遠のきます。奔る衝撃で気がつけば、自分は遠く試合場の端まで投げ飛ばされ、壁にめり込んでいました。
今更のように全身に激痛が溢れます。掴まれた足はもちろん、あちこちの骨が折れているようです。ぼんやりとした視界の中で、悠然と、ゆっくりこちらへ歩いてくるアルダムスさんが見えます。
距離は遠いのに、ゆっくりと近づいてくる一歩が恐ろしい。その恐怖に駆られ、負担の大きい三種の精霊召依で五本の雷槍を宙に浮かばせ、アルダムスさんに放つ。
「
「――ぐぬぅ!? なんと、複合魔法まで使えるとは……素晴らしい、百点!」
もう聞き飽きました……。雷の技は鉄の身体には少々堪えたようで、片膝を付いています。でもこの技はそう何回も放てるものではなく、致命傷に至らせるのはまず無理でしょう。
「あ~、勝ちたかったな……」
この時点で、自分の心は完全に折れて負けを認めようとしていました。四種の精霊術を駆使してもきっと彼には勝てない。もう打つ手はない、そう思った時、ふとあることが頭に浮かびます。
「そういえば、まだ最後の精霊、使ったことありませんね……」
五大元素の精霊。火・土・風・水、そして、
これはルルエさんに使うことを禁じられていました。曰く、乗っ取られるかもしれないからと。
もうここまできたら、どんな悪あがきでもしてやろうという投げやりな気分になりながらも空の精霊に向かい祝詞を唱えます。
「……
呟いた瞬間、周囲の空気が変わります。なにか重たいような、というか時間が止まったような。観客の声は聞こえず、アルダムスさんは動かない。それどころか、自分の身体まで動かず呼吸さえもできない。
止まった時の中で、自分の思考だけが世界から切り離されたようでした。
(――――ようやく)
(っ!?)
頭の中に、声が響く。
(ようやく、我を喚んだな。まったく焦れてしまった)
(だ、誰ですか!?)
響く声は、男性ともとれるし女性ともとれるような声でした。ソレは鷹揚に言葉を続けます。
(今、喚んだであろう。我は空の精、全てを包むもの、万物を包括するもの)
(これ、あなたがやってるんですか)
(そうだ、少し話がしたくてな)
ていうか精霊って生き物みたいに自意識とかあるんですね。てっきりもっとふわっとした存在なのかと思っていました。
(本来は、無い。神殿や地脈で力が高まった時のみこういった形で顕現することはあるが)
(あの、思考読まないでくれます?)
(おかしなことを言う。我を身の内に入れた時点で我は其方も同じ――――あれに、勝ちたいか?)
(……考えが分かるんでしょう? 出来るならそうしたい、けど自分では余りにも力不足なんです)
(だから我がここに来たのだろう。力を、貸そう)
(なんか悪魔の契約みたいですね、代償とか要ります?)
(悪魔も精霊もそう変わらん。邪なるかどうかの違いだ。そうだな、代償は必要だ)
身体も動かないのに、あちゃあと顔を覆いたくなります。そう変わらんって、認めちゃいましたよこの精霊……。
(代償はそう、時たまで良い。我らに身を預けよ)
(? それは、身体を貸せってことですか?)
(そうだ。我々は、世から絶えぬ存在ではあるが直接に世へ触れることはできない。幾百の年も前には我らを宿す者もいたが、それも今は稀だ)
(えーと、つまり? 自分の身体を使って何かしたいと)
(食事をしたい者もいる、暴れたい者もいる、睡眠を経験したいと言う者もいる。我らの願い聞き届けるならば、今以上の力を其方に貸そう)
(それは……こちらも願ってもないんですが、あまり勝手をされるのもどうかなと)
(なに、みなその辺りは弁えている――――者もいる)
(やっぱりふわっとしてる!!)
(それは事前に其方の了承を得て行う故。我らとしても滅多にない機会なのでな――――どうだ)
(…………本当に、悪魔の契約だぁ)
よろしくお願いします、と胸中で呟けば、よかろうという重苦しい返事と共に時間は再度流れ始めました。
観客の声援が耳をつんざき、アルダムスさんはのしのしとこちらへ歩み寄ってくる。
さて、力を貸してくれるとは言われたけど具体的にどのように? そう思っていると、膨大な記憶のようなものが頭の中を掻きまわす。不意なことに驚き目眩がして、その場で嘔吐してしまうほどでした。
そして同時に理解します、精霊たちとの付き合い方を。まずは態勢を整えるために、アルダムスさんを足止めしなければ。
「…………
空精の加護でそれを唱えると、急にアルダムスさんの歩みが止まります。
「――なんと、あの距離からいきなり眼前に現れるとはどういう技かな?」
驚いた様子の彼は、誰もいない眼前に思い切り腕を振り下した。アルダムスさんには今、自分の幻覚を見てもらっています。バレるのは時間の問題でしょうが、自分が立ち直るまではなんとかなるでしょう。
「では精霊さんたち、改めてよろしくお願いしますよ。
水精を宿す。するとこれまでとは桁違いの力の流入量で、身体が中からはち切れそうになります。
でも本題はここからです。この膨大な力を、圧縮する。ルルエさんが教えてくれたように、自分に噛み合う歯車をイメージして。これまではそうしても中々上手くいかなかったのに、今はあっさりと言うことを聞いてくれて身体への負担が大幅に軽減されました。
まずは回復を。水精の力を循環させ、身体の治癒力を高める。
「土精、火精、風精の皆さん。どうか御力を改めてお貸しください」
集中し、五大元素の精霊たちをひとつひとつ身に納めていく。膨らんでは圧縮し、自分に組み込む。その工程を全ての精霊に科し、いま身体の中では五大元素の精霊が一同に会しています。
あとは、自分と言う歯車を中心に彼らを回すだけ。それだけで精霊たちは円滑に回転し、自分に最適な力を与えてくれます。問題は力加減ですが……そこは土壇場で慣れるしかないでしょう。
「
祝詞を唱えれば、途端に身体に力が溢れる。筋肉が、骨が軋み、耐えきれないと鳴く。でもこうでもしないととてもあの巨体には太刀打ちできません。
双剣を構え、ギュッと脚に力を込める。弩を引き絞り放つイメージで自分を弾けば、これまで出したことのない速度でアルダムスさんの眼前に飛び込みます。
「なん――っ!?」
息つく間もなく、その輝く丸い頭を蹴り飛ばす。本来であればこちらの脚が砕けて終わり。しかし今はしっかりと彼のこめかみを捉え、足を振り抜きます。
どうっ、という重たい音とともにアルダムスさんの巨体が吹き跳びました。観客の誰もがそんな事態を予想しておらず、一瞬の静寂が場を凍らせます。
「かったぁーい! でも、通った!」
思わずガッツポーズしてしまいます。数拍遅れ、観客席がドッと沸く。急な攻勢の反転に、誰もが興奮を隠せないような歓声。
アルダムスさんはよろりと立ち上がり、目を白黒させながらこちらを見ます。
「なんと、幻を見させられていた挙句……なにか変わったね?」
「えぇ、ちょっと悪魔と契約を。あなたに――勝ちたくて」
「それはいい、」
構え、その巨体で何故そんな速さが叶うのかという動きで自分と距離を詰め、黒腕を振り下す。
「百点だぁっ!!」
「聞き飽きましたよぉっ!!」
そこからは、殴打と斬撃の応酬でした。左腕は防御のために捨て、拳を受け苦悶しながらも右手に握るダガーを振るう。
刃は見事に鉄の肌を深く斬り裂き、鎖にも小さく傷を付けていく。
「ぐぁあっ!」
「あああぁぁぁっ!」
互いに獣のような咆哮しか叫ばず、思い思いに得物を振るう。隙とか駆け引きなど関係なく、ただがむしゃらに。
やがて、ピシリと小さな音が聞こえた。なんのことか分からず自分は斬撃を続けていますが、アルダムスさんの顔には焦りの色が浮かびます。
ピシリと、もう一度聞こえた瞬間、アルダムスさんを包んでいた鎖が切れてしまい、じゃらじゃら激しく音を立てて地面に滑り落ちていきます。
「あぁぁっ、私の鎖がぁっ!?」
「余所見すんなぁっ!!」
普段は発しない言葉遣いで叫ぶ。この時の自分は完全に頭が沸騰していました。もしかすると、精霊のどれかの性質に引っぱれていたのかもしれません。
胸元に蹴りを入れると、鎖から解き放たれ弱体化したアルダムスさんが軽く吹き跳びます。それでも地には伏せず、ギロリと睨みながらこちらに吠える。
「よくも! よくも私の大事な鎖をぉっ!!」
「うるさい! そんなもん牢屋かどっかで拾えっ!!」
ダガーを振るおうとし、指に力が入らないことに気付く。これではまともに斬り付けられない。
「…………おや、割とそちらも限界のようだね!」
「とっくに限界超えてるよ! もう一杯一杯だ! でも、」
持てないダガーをかなぐり捨て、代わりに空を握って拳を作る。
「勝ちたいんだぁっ!!」
ただの正拳突きを繰り出す。緊縛の解かれたアルダムスさんにはそれでも充分で、腹に深々と刺さった一撃は彼に苦悶の声を上げさせる。
「フハ、フッハッハッハ! よろしい! ならばここからはステゴロだ!」
「アンタは初めからそうでしょうが!」
言い合いながら、とにかく殴る。顔に、腹に、肩に、手当たり次第に殴打する。いつしかアルダムスさんは形質変化まで解けていき、いつもの色黒の肌に戻っています。
こっちはこっちで精霊たちに回せる魔力はとっくに使い切り、受ける痛みも増し力も抜けていく。それでも、自分は殴ることをやめない。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……ふぅ……どうやら、最後には、ふぅ……、筋肉が、物を言う、ようだね」
顔を腫らせたアルダムスさんがそう言います。なんですか勝利宣言ですか、でもここまで来て負けるなんて本気で嫌なんですよ!
「ハァ、ハァ、
最後の力を振り絞り、土精の加護を拳に集中させます。もうこれが本当に最後の一振り、最後の一撃です。
「はぁ、はぁ、一発だ!」
「ふぅぅ、応っ!」
向こうも満身創痍らしく、言葉足らずな発言にも同じことを思ったのか即答する。
互いに一歩引き、ギリギリまで力を蓄える。もう避けるなんてことは考えません。ただ今の最大の一発を相手にねじ込むだけを考えます。
刹那、ゴリッと同時に音を立てて、互いの拳が自分の顔に、アルダムスさんの腹に突き刺さる。
「…………………………」
「……………………ひゃくてん、だ」
そして倒れたのは、黒い巨体。
どすんと倒れ、土ぼこりが舞いあがる。満足そうな笑みを浮かべ、しかし白目を剥いて失神していました。
目の前の光景に、胸の内から何かが込み上げる。それは雄叫びとなって会場を響かせました。
「勝ったあああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
叫ぶと、ぐらりと視界が揺れた。膝からくず折れ倒れ伏し、自分もそのまま意識を暗闇に解き放ちました……。
(――――此処に契約は成った。各々、節度を持って行動するように)
(はっ、暴れられるならなんでもいい。待ち遠しいぜ)
(美味しい物……早く食べたい)
(夢ってんどんなものなのかな、楽しみだな)
(儂ははやく土を耕したいわ)
自分の深い奥底で、そんな会話が聞こえた様な気がします――――。
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