第20話 一応準決勝に出ました。

 こんにちは、勇者です。

「その武器を捨てろ」といきなりの勧告を受け大混乱中の自分。え、武装解除しろって言われた? 試合中に?


「その木剣、随分と手加減してんだろ。頼むから本気でやってくれ、あたしも昨日みたいな無様な拳は出さねぇ」


 あ、ようするに得物が不満だったということですか。

「真剣でということですか……でも無用な傷を負わせたくありませんし」

「心配いらない。あたしもちゃんと自分の得物を晒すからよぉ」


 そう言った瞬間、足元からジャラリという音が聞こえます。見れば、自分の脚に絡みつく――――鎖?


「おらぁ! とっとと本気だしなぁ! そのためにこの場まで来たんだからよぉ!!」


 彼女が徒手のままぐいと引き寄せるような動きを取ると、何処からか生えた鎖がジャラジャラと音を立てて自分を引き摺ります。

 転んだ自分はぶんぶんと振りまわされ、投げ捨てるように放たれると試合場の壁に叩きつけられました。


「っかは、」


 息が詰まり、頭をぶつけ軽く意識が遠のく。

 なんですか今の、何もないところから鎖が現れた……?


「本当はこれ使いたくないんだ、あたしは拳闘士だからな。でもあんたは強い。昨日のやり取りでそれは充分わかった。だから――」


「なに今の、スキル……魔法――いや、召喚術?」


 ようやく立ち上がり彼女を見れば、仮面ちゃんの周りからは何本もの鎖が、それこそ地面から空中からニョロニョロと這い出してきます。


「てめぇも本気で、殺す気で来なぁ! あたしはこの大会、絶対負けられないんだからよぉぉ!!」


 叫ぶと同時、一斉に鎖が襲いかかってきます。慌てて木剣を投げ捨て、両腿の鞘に挿した狂牛の双剣を抜き放ち迫る鎖を撃ち落とす。


「ハハッ! 抜いたな、それでいい! あんたの本気見せてくれよぉ!」


 次から次へと放たれる鎖。何本も縦横無尽に襲いかかるそれは、変幻自在な檻のようでした。


「……風精召依ギア・シルフ

 風の精霊を纏い、周囲に風圧を巻き起こす。それに吹き飛ばされた鎖は、自分を絡め取る前に散り散りに落ちていきました


「っ! 今何した、魔法かぁ?」


「それはこっちの台詞です。なんですかこの鎖。蔦みたいにあちこちから生えてきて……」


「まぁあたしの能力みたいなもんさ。いくらでも鎖を生み出して相手を絡み取り、ボコる。それがあたしのスタイルだ」


「あぁ、だからあまり俊敏さはなかったんですね」


「っんだとぉ!?」

 怒りにまかせ、正面から五本の鎖が迫る。やっぱり煽ると扱いやすいですね。昔雇ったことのある傭兵さんたちとそっくりです。


 腰を低くし、双剣をバツの字に構える。風精の加護を刃に貯め、ギリギリに迫ったところで、抜き放つ!


 空を裂く風刃となった斬撃は、奔る鎖たちをバラバラに引き裂きます。仮面ちゃんが呆気に取られている間に自分の身体にも風を纏うと、一足飛びに彼女へ肉薄します。


「お望み通りの真剣ですよ」

「こいつ、急に動きがっ!」


精霊術を使った高速移動は仮面ちゃんを驚かすには充分な速さで、構えも取らず胴がガラ空き。なるべく深い傷にならないようにと、ダガーを振り抜いた時でした。


「ハッハァ! 残念!」

 振り抜こうとした鎖が腕に絡み、ギリギリと締めあげます。斬る寸でで止められ、なおも他の鎖が自分に絡みついてきました。


「ぐぅっ! この、ちょっと! 鎖の跡が残ったらどうするんですか!」


 四肢や首に絡み締め上げてくる鎖の力は容赦なく肌に食い込み、恐らくは痣となっているでしょう。これ以上変態的な渾名は御免被りたいんですが!


「るせぇ、心配するなら命のほうにしな!」


 言うが早いか、身体中を拘束された自分に仮面ちゃんが大きく拳を振りかぶります。あ、ちょっと直撃は拙いかも……そう思った時には見事に手甲が腹に刺さり、自分はその勢いで反吐を吐きだしました。


「げぇぁっ、ゲホッ! ……な、中々サディスティックな戦法ですね」


「あぁ。けど効くだろ? ほら、もう一発だ!」


 みしりと、殴られる度に骨が軋む。腹部に受ける打撃もさることながら、締め上げる鎖の強さが尋常でなく、磔の態勢でボコボコ殴られるせいで勢い余って肩が外れそうです。


「さぁ勇者さんさ、なんだっけ? 名前」

「…………グレイ、です」


「グレイさぁ、もう降参しなよ。得意の軽業も封じられて、もう何も出来ないっしょ?」


「ハァ……ハァ……」


「今なら肋骨の何本かで済む。顔だって綺麗なままでいられるぜ。まぁあたしはこのまま、てめぇをサンドバッグにしても構わないんだけど、な!」


 そして顔面に一発。あぁ、これ覚えがあります。分からせってやつです。下っ端の躾にはこれが一番らしいですね。でも――。


「っ!? な、硬っ」

「悪いけど自分、Mじゃないんですよ。だからこのプレイもあまり好きじゃないんです」


 拳に打たれて血反吐を撒き散らすはずだった自分の顔は、特になんの怪我もなく彼女の拳を受け止めています。


土精召依ギア・ノームゥ


 土精の加護に満たされた自分の身体は巌の如く硬く在り、ミノタウロスのような膂力を宿します。締め上げていた鎖にもみしみしと力を込め、ゆっくりと、一本ずつ引き千切る。


「Mじゃ! ないですからね!」

 振りむいて、入場門近くで若干興奮気味のルルエさんに大声で叫びます。やばい、あの様子じゃ後で同じようなことされそう!?


「さてあなたの鎖。動きは凄いけどちょっと脆過ぎます。自分程度の力で引き千切れるんじゃ人外の人たちなんか相手も出来ませんよ?」


「人外? は?」


「すみませんこっちの話です……。で、誰が降参するって、あなたがですか?」


 落ちた鎖を一本取り、渾身の力で引き千切ります。こんな威嚇で戦意喪失してくれればいいんですが……。


「ふっっざけんなぁあああああ!!!」


返って逆効果になってしまいました。そこら中から溢れる鎖の束。それとコンビネーションを取るように仮面ちゃんは襲いかかってきます。


 繰り出す手甲を弾きながら、無限と思えるほど湧く鎖を片っ端から断ち切る。正直彼女、強いです。この大会に出て初めて、自分は余力なく力を発揮しています。


 しかしながら、鎖は良くても彼女のスタミナはそうもいかないようでした。当たり前ですよ、あんなもん被ってちゃそりゃ息も上がります。


 それに若干、イラッときてしまったのは何故でしょうか。


「ストップッ!」


「あぁっ!? 何様だてめぇ!!」

 言いながらも素直に手を止めちゃう辺り、実は素直な良い子なのでは?


「あの、予選でも言いましたけどその仮面取りましょうよ。明らかに動きの邪魔になってます」


「こ、これは……ダメだ!」


「ひとに真剣でやれと言っておいて自分はダメ? それはちょっと我儘が過ぎると思いませんか」


「ぐ……いや、取れない、理由がある」


 理由ですか……まぁ顔を隠す理由なんて身バレ防止の一点につきるでしょうが、それでもこっちは不満が残るんですよ。


「あなた……えぇとなんでしたっけ、もう仮面ちゃんでいいです。仮面ちゃんはそれを付けたままもし自分に負けて、それで悔いはないんですか?」


「仮面ちゃんって何だぁ! あたしの名前はエ……あいや、えっと、なんだっけ、あー、そうだっ! エルダだ!」


 偽名ですかそうですか。せめてすぐ言えるくらいには覚えておきましょうよ……。


「じゃあエルダさん、あなたがもし負けたとして、そんな敗因でいいんですか? 今の自分が全力だと胸を張れますか?」


 言われて、エルダ……やっぱり仮面ちゃんのほうが可愛いですね。仮面ちゃんがごにょごにょと言い淀みます。本人も仮面が邪魔だという自覚はあるようです。


「さっきのあなたと一緒ですよ。自分は本気の仮面ちゃんと戦いたいんです」


「だから仮面ちゃん言うなっ! いや、これには深いわけがだな……顔を見せるとその、拙いんだ」


「それはここの観客たちに? それとも自分に?」


 そう問われ、彼女は、ハ? とした様子になります。


「ようするに会場の誰にも見られなきゃ仮面を取ってもいいんですよね。それとも自分にも見られちゃ拙いですか?」


「…………お前、アルダの出身って言ってたな」


「そうです。この国の人と知り合いは……一人だけ昨日知り合ったひとはいますが、それだけです」


「むぅ……なら、お前は問題ない、かも」


「わかりました」


 言うが早いか、自分は風精と土精を身に宿し魔力を手のひらに集めます。それを試合場の地面に押しつけると、これでもかと念を込めます。


サンドッ、ストームッッッ」

 今まで自分でもやったことのない、極大の精霊術の行使。初歩的な技とはいえ、試合場と観客席を遮るほど巨大な円筒形の砂嵐を起こすのにはかなりの魔力を持っていかれました。


「――――なんだ、これ」


「なにって、壁です。これでこの中で戦う限り、観客からは見えません。」


 嵐の中の目にいる自分たちには、まったく風の影響はありません。まぁ砂嵐に触れれば吹き飛ばされますが。


「これで本気、出せますか?」


「ハ」


「は?」


「ハッハッハッハッハッ! おめぇ馬鹿じゃねーの? 見えなくするためだけにこんなデカイ魔術使ったって、ちょ、待て。フフッ、腹がっ」


 どうやら本気で笑いのツボに入ったご様子。彼女は怒りっぽい人と思っていましたが、単に感情豊かな女性だったんですね。


「…………そんなに笑うこと無いでしょ、頑張ったのに」


「ふふ、ふ、いや、お前は頑張った! すまん、宮廷でこんな馬鹿は滅多に見ないからつい、くふふっ!」


 笑いの沸点低いなぁ。早くしないと術解けちゃいますよ。


「あぁ、礼を言おう。あんたがここまでしてくれるんなら、あたしも素顔を晒す。ただし、あとで何を知っても他言無用。それが約束だ」


「口は硬いほうですよ。これでもアルダの兵に拷問されたことだってあるんです」

 まぁ食い逃げの冤罪でしたし、ただ泣き叫んでただけなんですけどね。


「なら安心だ」


 言って、彼女はようやくその素顔を晒しました。赤いざんばら髪に、黄色い瞳。目つきは鋭いですが、その様子は何処か気品を感じる佇まいでした。でも、なんとなく見覚えのあるような?


「……どこかでお会いしました?」


「多分気のせいだ。さぁ、さっさと始めようぜ? まぁこんなん見せられちゃ実力差は明白だが、それでもあたしは、勝つ!!」


 ズン、と一歩踏み構え、地が揺れるような気迫。あぁ、その芯の強さがとてもうらやましいです。自分なんか怯えて逃げてばかりなのに。


「翠の勇者、グレイ・オルサムです。お手合わせ願います」


「――――律義だねぇ、嫌いじゃない。あたしは、まぁ……仮面ちゃんだ。もうそれでいい」

 ニコリと笑う顔に、すこしドキリとしてしまいます。


 互いに間合いは把握し切り、あとは機会があるのを待つのみ。しかしそんな悠長なことをしてれば嵐が治まってしまいます。

自分はポケットからコインを取り出して仮面ちゃんに見せると彼女も無言でうなずきます。


 ピン、と。コインを高く高く弾く。今かとコインが地に着く瞬間を待ち、小さく地に跳ねる音が響いた瞬間、自分は駆けだしました。


 仮面ちゃんは正面に手を突き出すと、何かに祈るように目を瞑ります。すると正面にこれまでとは桁違いの太さの鎖が現れ、そしてその先には尖ったペンデュラムが添えられてこちらを睨む。


「あたしの渾身だ、受け取りなぁっ!!」


「おおおぉぁぁぁっっ!!」


 男性の腕ほども太い鎖に尖ったペンデュラムは、まるで極大の槍のようにこちらに突き出されます。捌くか、受けるか、迷ってる暇はないですっ!


「飛べぇぇぇっ!!!」


 双短剣に渾身の魔力と土精の加護を込め、喉元まで迫ったペンデュラムを打ち上げます。十メートルほど上空にまで吹き飛んだペンデュラムは、しかしその攻撃の意思を萎えさせず、上空から降り注ぐように自分へと向かってきます。これならば!


水精召依ギア・ウィンディネイ風精召依ギア・シルフ! そそり立て、大氷結エルドアイシクル!!」


 複合の精霊魔術で凍てつく風が水流を凍らせる。真っすぐ降りてくるペンデュラム諸共、巨大な氷の柱となって、その切っ先と太い鎖をクリスタルのように透明な氷の中に閉じ込めてしまいます。


 その様子に呆気にとられる仮面ちゃんは隙だらけで、自分は一息に彼女の懐へ潜りこむ。しかし仮面のない彼女の反応は目覚ましく、振り下しの手刀を自分の左肩に深々と叩きつけます。


 しかしそれはほんの少し遅く、既に自分の短剣の柄が彼女の腹に深々と突き立っていました。


「っぅ! …………はは、すげ、な」


 気絶する瞬間、彼女は笑いならそう称えてくれます。


「……あなたも充分すごいです、仮面ちゃん」


 手刀で砕かれた肩を庇いながら、彼女が地面に倒れ込まぬよう右手で支えます。

 おっと、顔バレは拙いんでしたね。ゆっくりと彼女を寝かせると、先程取り去った仮面を被せてやり砂嵐を治めます。


 次第に晴れる視界とともに、観客たちにどよめきが広がります。そして倒れた仮面ちゃんと傍で膝をつく自分たちを見て、盛大なブーイングが巻き起こりました。

それはそうでしょう。せっかく観戦しているのに、見えない間に決着がついているのです。みなさん少なからず観戦料も払っているでしょうし、怒りたくもなります。


 しかし、その傍らにある氷柱とそこに閉じ込められた巨大なペンデュラム。それを見た者は、一度息を飲み何があったのかと想像を膨らませているようでした。


 あれ、邪魔ですし片付けますか。


「ふっ!!」


 高く、とにかく高く跳び、氷柱の真上へと至る。


火精召依ギア・サルマンドラ


 狂牛の双剣ではなく魔王の短剣を抜き放ちそこに火精の加護を与えれば、巨大な炎刃が吹きあがる。自分はそれを思い切り振り下しました。


 轟音と熱で溶かされた氷の水蒸気で、再び試合場の視界が奪われる。それもすぐに消え去ると、聳え立っていた氷柱と鎖は綺麗に消え失せ、自分が一人そこに立っていました。


 会場が静まり返り、自分もどうすればいいか分からずオロオロしていると、視界の端でルルエさんが(手をかかげなさーい!)とジェスチャーしてます。

 それを真似して折れていない右腕を上に突き出すと、今度は大きな喝采が巻き起こります。



『これはどうしたことだろうかぁ! 突如撒きあがった砂嵐に視界が奪われたかと思えば、そこに立っていたのはグレイ選手ただ一人っ! 一体あの嵐の中で何があったのか、さきほどの巨大な氷の柱は何だったのかぁ!! しかしこれだけは分かるっ、決勝へと勝ち進んだのはぁっ! 翠の勇者、グレイ・オルサムだああぁぁーっ!!!!』


 ……つまり、派手なのが見れればなんでも良いんですね。

 溢れる声援の中で、そこはかとない満足感を得ているのだから自分も同類かと思いながら、自分は決勝へと歩を進めたのでした――。

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