第17話 一応登録しました。
こんにちは、勇者です。
寝覚めから二日酔いもぶっ飛ぶ衝撃を受けた自分ですが、今はなんとか立ち直っております。
泥酔し眠った挙句クレムと同衾していてなにがあったのかと心臓が止まる思いでしたが、起きた当人に話を聞けば、どうやらベロベロになった自分をクレムが部屋まで運んでくれてそのまま一緒に眠ってしまったらしいです。
腑に落ちないのは、自分は裸にされていて、クレムは寝巻き……というよりネグリジェに近い恰好だったのは何故でしょうか。
それとなくメイドさんたちを睨んでみると、誰も目を合わせません。お前らの差し金ですね?
しかし寝床は綺麗なものでしたし、きっと自分もクレムも清い身体のままなはず。はず!
いまコイツ童貞かよって思った人、あとで骨山にぶち込みますよ。
「お兄様、準備できました!」
玄関で立ち尽くして、言い知れぬ不安に押しつぶされそうなのを誤魔化すように肩に乗るクロちゃんを撫で摩っていたら、クレムが元気よく声を掛けてきます。
そう! もし、もしですよ? 仮に肉体的ゴニョゴニョがあったとしたら、あのすぐ顔に出るクレムがこんなに爽やかな笑顔を向けるはずがありません。
何処となく肌艶が良いのも気のせいです、ついでに何故か急に長く伸びた金髪も艶やかですが気のせいです。ていうかなんで伸びてんの!? 怖い……でも可愛い!
「クレム、朝は聞きそびれてしまいましたがその髪はどうしたんです?」
「これですか! えへへぇ、実はですね。昨夜ルルエ様に髪を伸ばせる魔法はありませんかってお聞きしたらこうして伸ばしてくれたんです!」
「そんな魔法があるんですか……でもなんで急に?」
「それは、だって――――お兄様はこのほうが好きかなって、昨日可愛いって言ってくれたし」
照れ照れと指で髪を弄くり頬を染めるその姿は、立派な甲冑姿でなければどこに出しても恥ずかしくない可愛らしいお嬢様のようでした。
惑わされるな自分、クレムは男の子、クレムは男の子、クレムはオトコの娘――――ン?
「あ~みんな揃ってるわねぇ、おはよ。グレイくん、物理的解毒するぅ?」
「結構です、朝からショッキング過ぎてそれどころじゃありませんでしたから!」
「あぁ、坊やのことぉ? 可愛いわよねぇ! お姉さん張り切り過ぎてちょっと長くし過ぎちゃったぁ」
確かに、クレムの髪は昨日のカツラに比べて長く腰元まで垂れていて、戦闘でも邪魔にならないようにと後ろでポニーテールに纏めています。
世の禿げ親父たちがこの魔法の存在を知ったら、きっと大枚はたいてでもこぞって髪を伸ばしたがるでしょうね。
「皆さんお揃いですね、もう出立なさいますか?」
エルザ様もお見送りに来て下さったようです、その横には執事さんに支えられなんとか立っているクラウス様の姿もありました。今にもキラキラしそうな顔色ですね、ご愁傷様です……。
「はい。クレムのことはお任せ下さい。たまにお顔を見せに寄らせて頂きますので」
「あまりこちらのことはお気になさらず。ハイエン家は代々放蕩家が多いので有名ですから。クレム、皆さんにご迷惑の掛からないようしっかり励むのですよ」
「はいお母様! あの、お父様も……お大事に」
「クレム…………がんばってき、ウプッ」
その初動を察知し、執事さんはいち早くクラウス様を担ぎ何処かへ消えて行きました。ある程度の力を付けた今だから分かりますがこのお屋敷、結構やばい実力者ばかりなのでは?
「……がんばってきなさい!」
「はい! 行って参ります!」
エルザ様が仕切り直し、いよいよクレムを加えた新パーティでの旅が始まりました。
ぐにゃりとした浮遊感が身体中を包み、次に目を開けた時にはもう見知らぬ土地に着いていました。
ルルエさんお馴染みの転移で辿り着いたのは、自分たちのさっきまでいたアルダ国領から遠く離れた隣国、ズルーガの王都から少し離れた場所でした。
ズルーガは大陸の北のほうに位置し、その最北には巨大な霊峰が聳えています。此処からでも遠くを見遣れば、薄らと雲の隙間に巨大な山脈が伺えます。
「うぅ、クラクラします」
「…………ちょっと失礼」
自分はみんなから離れ茂みの中へ入ると、あまり汚い音を立てないようにキラキラと吐きだしました。やっぱ二日酔いにこれはキツイです……。
「ほらぁ、やっぱり出発前に解毒しといたほうがよかったじゃないのぉ」
「後か先かの違いですよ……それよりあれが王都ですか、おおきいですねぇ」
それなりに離れているのに、ここからでも見上げるような高さの王城、そして巨大な城壁が眼前に広がっていました。すこし歩くと王都の城門へと続く広い道に出たので、そこを真っすぐ歩きます。
「ところで結局まだ詳しく聞いてませんが、その王都で開かれる武闘大会っていうのはいつから開催されるんですか?」
「今日の午後からよぉ、言ってなかったかしらぁ」
「言ってないですよ! 参加登録が終わっちゃいますって!」
「い、急ぎましょう。きっとまだ間に合います!」
三人で走り出しますが、地味に距離があるうえ周りには商人の馬車や旅人の往来も多く、全力疾走できません。
「あ~もう、お姉さん疲れるの嫌なの。グレイくんが出るんだから先に行ってきて!
唱えて飛ばされたのは、自分だけ。
肩に乗ってたクロちゃんも置き去りにポーンと人垣から投げ出され、数百メートルほど飛ばされ現在は自由落下中です。
以前の自分ならここで絶叫していたでしょう。しかし今は違うのです!
「
身体に風が纏わり、落下は浮遊に変わり飛行へと移ります。はぁー、空飛べるって楽!
道行く人々は何事かと自分を見上げています。その奇異の目がちょっと恥ずかしいですが、今は時間が惜しいのです。さっさか城門まで辿り着くと、さすがに城下町でまで飛ぶのは拙いと降りて走り出します。
「あー! でも何処で登録するか分からない、どうし――っわ!」
「んん!?」
走りながら焦ってどうしようかと考えていると、不注意にも誰かにぶつかってしまいます。しかし転んだのは自分だけで、ぶつかってしまったお相手はケロリとしています。
なにせその方、身長三メートルはありそうな大男だったので、むしろ大男の硬い筋肉が自分に少なくない衝撃を与えます。
「おぉ、これはすまん! 大丈夫だったかな?」
「いえ、こちらの不注意でしたので謝るのはむしろ――」
こっちです、と言い掛けて口が動かなくなりました。なにせその大男、ほぼ全裸なのですから。
いえ、一応大事なところは隠しているのですが、履いているのは分厚い鉄の……貞操帯のみ。
ほかは何も身に着けず靴も履かず、大きな麻袋を肩から提げてこちらを振り向きます。剃り上げた丸い頭は太陽の日射しをよく反射し、すこし眩しいくらいでした。
色黒の肌は日焼けなのか人種的なものか、すこし判断がつきません。
「どうした少年! どこか怪我をしたかな!?」
「いえ、大丈夫です。それとこれでも自分二十三歳なので、少年ではありません」
「おや、これは失礼した! して、そんなに急いで何処へ行こうと?」
「あの、この王都で開かれる武闘大会に出ようとしていたんですが、登録場所が分からなくて」
「あぁ! 君も参加するのか、それにしては随分悠長だなぁ!」
「つい一昨日知ったもので……あなたは登録場所が何処かご存知ですか?」
「ハッハッハ、知っているとも! なに、実は私も悠長な口でね、ちょうど登録に行こうとしていたところだ。一緒に行こうじゃないか!」
そう言って大男は自分の手を引いて起こしてくれました。良い人です。見た目以外は。
「すみません、助かります。自分はグレイ・オルサムと申します」
「うん! 自分から名乗るとは礼儀正しい、百点! 私はアルダムスだ! よろしくな!」
大男――アルダムスさんは、身長だけでなく声まで大きい人でした。その豪声に道行く人々が振り向き、更に彼を見るとギョッとして去っていきます。
「では行こう! 場所は王都内にあるコロシアムだ!」
「あっ、すみません。よろしくお願いします」
二人連れだって歩くとまるで親子のような身長差です。自分は努めてアルダムスさんのほうを向かないようにしていたんですが、彼は自分に何か興味があるようでちらちらと覗いてきます。
しかしその挙動も大きいので全然ちらちらとしていないんですが。
「あの……なにか気になりますか」
「これは失礼! いや、君のその胸元のプレートが気になってね」
言われて触れた勇者の証。最近は装備もだいぶ良いものになってきたので、少しは勇者としての見栄えは整って来たでしょうか。
「翠の勇者だったのか! 魔王を倒すとは随分な実力者だね!」
「あ、いえ、これはその――――」
見た目はアレですが、礼儀正しく接する彼にはなんだか話してもいい気分でした。
自分の勇者になった経緯、それからの修行などを世間話に納まる程度に説明すると、アルダムスさんは目を丸くしていました。
「あのアルダ王国、剣の参天に師事していたのか!」
「といってもほんの一週間で、ご本人から稽古を付けられたことはなかったんですが……少し前の自分よりはかなりマシになりました」
「うんうん! 自らの力の高まりを実感するのは良いことだ! 君は奢りも少ない、努力すればもっともっと強くなるだろう!」
これから戦うのが楽しみだ! と笑うアルダムスさんの言葉でようやく気付きます。武闘会に出るということはこの人とも当たる可能性があるということですから……戦いたくない!!
「ところで一つ聞きたいんだが、最初の魔王の話だ。彼はどんなふうに……いや、安らかに逝けたと思うかい?」
「…………分かりません。でも、最後にお礼を言われた気がします。首を落とした自分が言うのもあれですが、その顔はとても穏やかに見えました」
「――――そうか! 変なことを聞いたね、さぁ! あれがコロシアムだ!」
アルダムスさんの指差す先には、巨大な円形状の建物が聳えていました。周囲には屋台や賭けに投じるもの、純粋に武闘会の熱さを心待ちにする人など、いろんな人たちで溢れかえっていました。
コロシアムの中央門から少し離れた小門で受付が出来るということで、自分とアルダムスさんは参加者たちであろう屈強な者たちの列に加わりました。
視線が痛い! 自分に向けてではなくアルダムスさんへなのですが、彼と話している自分にもそれが飛び火してくるのです……。
小一時間ほど掛かりましたが、無事登録も完了。あとは試合時間まで待機、遅刻の場合は失格となるそうです。
予選開始はこの日の午後から。本戦は翌日の朝から行われるらしく、かなり力の入った催しなんだなと思いました。
「当然だよ。この武闘大会はこの国の第一王女、エメラダ様の生誕記念に企画されたものなんだからね!」
「王女……お姫様の誕生日に? 武闘大会?」
「なんでもその王女様は大の格闘技好きだそうでね、現ズルーガ王がその意を汲んで此度の催しが開かれたそうだ!」
「はぁ……随分と血の気の多い方なんですね。自分はあまり人が争うところは好きじゃないんですが」
「ん? ではなんでこの大会に出るんだ。勇者としての箔付けかい?」
「箔付け……もあながち間違いではないんですが、どちらかと言えば課題――修行の一環という感じです」
「あぁ、君が話してくれた酔狂なお姉さんが指示したのか! 君も大変だなぁ!!」
どん、と背中を叩かれ、自分は咳き込みました。なんて力してんですかこの人……。
「とりあえず案内は此処までだな! 本戦で君と戦うことを楽しみにしているよ!」
「いえ、正直予選も通れるか心配でしょうがないんですけど……」
「えぇ? 何言ってるんだ君! そんな心配より雑魚を殺さないように注意したまえ、一応は生死問わずのこの大会だが、あまり死人が出ると中止もありうるからな!」
そうよく分からないことを言って、アルダムスさんは何処かへ去って行きました。ほんと、見た目は変態なのに良い人だったな。色んな意味で戦いたくないです。
「お兄様~! 登録間に合いましたかぁ~!!」
呼ばれて振り向けば、クレムとルルエ様がこちらを見つけて来てくれたようです。
さて、このあとはいよいよ予選の開始です。武者震い……ならぬガチ震えをしながら、自分は試合開始の時間を落ち着かずに待つのでした。
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