4章 武闘会編
第16話 一応仲間が増えました。
こんにちは、勇者です。
一週間の修行も終え、隣国ズルーガへと旅立つ準備期間として、本日一日は買い出しも含めての休息日となりました。
てっきり一緒に付き合ってくれると思っていたルルエさんはハイエン家の酒を飲み納めすると言って、朝食を摂って早々に中庭で一人酒盛りを始めてしまっています。
自分一人で買い出しですか……まぁ別にいいですけど! と拗ねていたら、宴メイドさんの一人、確か名前は――セレナさん、でしたか。街に行くなら馬車を用意してくれると言うのです。
しかしさすがに自分一人の外出でそこまではとお断りしたのですが、なんだかこれでもかと強引に押し切られ、結局お願いすることになりました。
そして馬車の準備を待っていると、そこにお会いしたことのないドレス姿の美少女がやってきたではありませんか。慌てて自己紹介しようとすると「お兄様」と呼ばれ、ようやく彼女……ではなく彼がクレムだと気付きました。
可愛い白のイブニングドレスに、カツラでしょうか、髪が長く肩下まで垂らされ、ワンポイントのピンクのリボンが愛らしさを引き立てていました。
一緒に付いていくと言うことで、馬車に乗って街まで行き、買い出しに付き合ってもらいました。
その所用もすぐに済むと、宴メイドさんたちがちょくちょく現れて、
「お暇ならちょっと街を観光しては如何でしょう」
「そこの屋台、坊ちゃまのお好きなお菓子が売っています、買いなさい」
「ところでグレイ様のお好みそうな衣装が商街にございますが覗いては如何?」
というふうに、何かと世話(世話?)を焼いてくれ、クレムの案内もあってたっぷりと街の観光が出来ました。
あぁ素晴らしき日常! だたし今日限り!
しかしクレムが、靴が履き慣れず痛いと言うので日の明るいうちにハイエン邸へと戻ってきたのですが、帰りの途中から彼の様子がおかしく、お屋敷に着いた途端に飛び出して何処かへ行ってしまいました。
「……あの、自分なにか怒らせてしまいましたかね」
「クレム様に何か怒らせるようなことをなさったんですか?」
「いえ、特に心当たりは……せいぜい今日の姿を褒めるのが遅くなってしまったことくらいでしょうか」
「なら問題ありません。次からは真っ先に褒めて差し上げて下さいね」
御者を務めてくれていた黒髪のメイド――ヒトミさんに尋ねればニコリとそう返され、ハイとしか返せませんでした。
午後も早々に引き上げたので、なんだか時間を持て余してしまいます。そういえばここにお世話になり始めて、お屋敷と骨山以外に出歩いていませんでしたね。
思い立った自分は、門番さんに一声掛けて屋敷の周辺を散策しに出かけることにしました。クロちゃんも連れていこうと思ったのですが、何処にも見当たらないので一人で行くことにしましょう。お散歩です!
平原の中にぽつんと佇むハイエン邸の周囲は、爽やかな森もあり緑豊かでした。今が季節の果実もたわわに実り、それを一個拝借して齧りながらぶらりぶらり。特に何も考えずに散策していたら、あっという間に夕方になってしまっていました。
今いる場所は小高い丘のようになっていて、この辺りの景色を一望することが出来ました。ふと木立ちに腰かけ、夕日の沈む景色を眺めます。先程行った街の景色も素晴らしかったですが、ここにはまた別の風情があってとても和やかな気分です。
ふと、後ろから足音が聞こえてきます。振り向けば、ドレスと長髪のカツラを取った、普段通りのクレムがいました。ちょっともじもじして自分と目を合わせようとせず、黙って自分の横に座り込みます
「……………………」
「…………あの、なんか怒ってます?」
「え!? なにも怒ってませんけど、どうしてですか?」
「いや、帰りの時から様子が変でしたので、自分が何かしてしまったかな、と」
「いえ、お兄様は何もして――なくはないのですが! 怒っているとかそういうわけではないんです! あくまで僕の問題なので、気にしないでください」
そう早口に言うクレムの顔は、夕日に赤く染められています。さっきまでの女の子の格好も本当に可愛かったですが、少年姿のクレムも微笑ましい可愛らしさがありますね。
「そっか、よかったです……それにしても良い景色ですね。ところでクレム、なにか自分に用でしたか?」
「はい。あの、先程の態度を謝りたくて探していました」
「クレムが怒ってないなら気にしてませんよ」
ありがとうございます。と呟いたクレムは、沈む夕暮れの景色をみて黄昏れているようでした。
「……僕、昔はよくここで遊んでいたんです」
「へぇ、一人でですか? それともあのメイドさんたち?」
「…………お兄様と」
自分? クレムの言葉に自分は戸惑ってしまいます。ですがふとあることに思い当り、話題選びを失敗したかと後悔しました。
「僕には四つ上の兄がいたんです。ハイエル兄様……僕よりずっと活発で、怖いもの知らずな人でした」
人でした。という過去形で、なんとなく彼がこのもう世にいないのだと察してしまいます。
初めてお屋敷の客間に入って見た家族の肖像画。それには四人の姿が描かれていました。クラウス様、エルザ様、今よりずっと小さいクレム、そして……。
「ハイエル兄様は森で遊ぶのが大好きで、怖がる僕の手を引いて良くこの森に遊びに来ていました。木登りをしたり、木の実を採って食べたり、動物を追いかけたり……でも」
「お亡くなりに、なったんですか」
「……はい、この森には少なからず魔物が棲んでいます。普段は絶対森の奥からは出てこないのですが」
クレムは一拍置いて、膝を抱えそこに顔を埋めました。
「その日ははぐれの魔物がこの近くまで迷い込んで、僕たち二人はその魔物に追い回されました。すぐに屋敷のほうへ逃げましたが、その途中でハイエル兄様は僕の目の前で…………」
「――――ごめんなさいクレム、嫌な話をさせてしまいました」
「いえ、ここにお兄様がいると分かって、そのお話も聞いてもらいたかったんです。僕の魔物への極度な恐怖心は、それが始まりなんです」
クレムは顔を上げ、ぐっと涙を拭います。その目は哀しみと自己への叱責が入り混じっているようでした。
「それからは、どうしても自分の中の怖さを克服したくてお爺様に修行をつけてもらいました。幸いというか、僕には剣の才があったようで随分と強くなれましたが、結局魔物への怖さは無くなりませんでした」
夕日が少しずつ、山の向こうへ沈んでいきます。クレムの表情も、あまりよく見えません。
「成り行きで出場した剣術大会で優勝して……お兄様だから言いますが、僕は本当は勇者になんてなりたくなかったんです。でも世の中はそれを許してくれませんでした。お父様も悩みに悩んで、僕を魔物に慣れさせるために旅へ出しました」
きっと、クラウス様にとっても苦渋の決断だったのでしょう。だからこそ知己のない冒険者ではなく、信頼のおける私兵の中から選り抜きを共に着かせたのだと思います――――結果はアレでしたが。
「そこで僕の人生は終わるはずでした。それを救ってくれたのがお兄様――――勇者様だったんです」
暗くなる中、クレムの青い瞳だけが光って見え、とても綺麗でした。そこにもう亡き兄の話をしている時の影は無く、じっと自分を見つめています。
「勇者様の人を助ける優しさを見て、力がなくとも立ち向かう勇敢さを見て、僕はようやく心が決まりました。あなたのような勇者になりたいと」
クレムが立ち上がり自分の前にくると、おもむろに膝をつき恭しく頭を下げます。自分は茫然とその流れを見ているだけでした。
「翠の勇者グレイ様。お願いです、どうか僕をこれからもあなたの旅に同行させてください。僕が持ち、あなたに捧げられるものは全て捧げます。この身も含めて」
「ちょっ!? やめてくださいクレム! そんなことしなくても――」
「きっと魔物に怯える僕は何度もあなたに迷惑を掛けてしまいます。また死なせるような目にも遭わせてしまうかもしれません。けれどどうかお願いします。…………あなたのもとに、お兄様のそばに、居たいんです!」
真摯なその言葉が自分に刺さります。むしろ迷惑をかけるのはこちらなのではないでしょうか。
「顔を上げてください、そんなことしなくても普通に相談してくれれば断りませんよ!」
「いえ、これは今後の一生に関わること。先に相談した父にも礼を尽くすべきだと言われました。どうか真剣にお考えください」
この子、本当に十一歳なんでしょうか……礼儀正しいとかそういう度を越しています。自分に礼など尽くされても、返せるものは微々たるものだというのに。
「……はぁ。真剣に考えても考えなくても、答えは同じです。クレムが自分に付いてくるというなら、拒む理由なんてありません。むしろ心強いですよ」
膝をつくクレムを無理やり立ち上がらせると、ギュッと手を握ります。こんな小さな手なのに、ああも鋭く剣を振りまわしてるんですね。改めて驚嘆します。
「一緒に旅をしましょう。魔物だって自分と、ルルエさん……は直接手伝ってくれないかもですが、とにかくクレムが恐怖を克服するまでいつまでも護ります。自分だってまだまだ弱いんです、それならクレムが傍で自分の稽古をつけてくれれば、お互いの為にもなるでしょう?」
「本当に……いいんですか?」
不安げに見上げるクレム。この子は案外疑り深かったんですね。ならばメイドさん直伝?のオラオラ路線でいきましょう。
「何度言わせるんです? さっき自分の身も捧げると言ったばかりじゃないですか。なら大人しく一緒に付いてきなさい!」
ギュッと握る手の力を強めると、なんだか微かにクレムが震えている気がします。え、泣かせた? オラオラ路線だめだった!?
「――――はいっ! 僕はもうお兄様のものです! 身も心も!」
心はいりませんよぉーー!?
見ればクレムは泣いているどころか、嬉しさからか満面の笑顔、瞳キラキラ当社比三倍増しでした。
そうして真剣なやり取りも何処へやら。真っ暗になった森からの帰路ではクレムが嬉しそうに自分の腕に組みついて離れなくなってしまいました……どうしてこうなった!!
その後、晩餐の席でクレムを預かる旨をクラウス様に伝えると、こちらはこちらで大人げなく泣き出してしまいました。
「そうか……グレイくん! 一度命を救ってもらった君なら大事な息子を任せられるっ、これからよろしくおね、お願いずるよ゛っ」
「グレイさん。クレムのこと、末長くお願いしますね? 末長~く」
エルザ様の言葉には何か別の意味が含まれているような気がしなくもないですが、気付いたら負けな気がするのでスルー安定です。
(マジでやりましたよグレイ様、まさか私たちの介入もなくお坊ちゃまを受け入れてしまわれるなんて)
(今日街で聞きましたけど、あのひとショタ好きで有名な勇者だったみたいです、初めから素質ありだったんですよ)
(年端もいかない子を身受けするなんて、青少年法とかなくてよかったですね~この世界……っと、失言失言)
外野の変態メイド共ーッ、聞こえてますからね!
「あらぁ、グレイくんったらついに坊やに手を付けちゃったのぉ?」
「あんたは直球すぎるんですよ違いますから! 旅の仲間が増えるって話をしてるんです!!」
「あの……僕、お兄様になら」
お兄様にならナニ!? もうこれ以上自分をアブノーマルに追い込まないで!?
もうそれからはしっちゃかめっちゃかで、日中あれだけ飲んでたルルエさんはまたクラウス様と祝杯(瓶ごと)を酌み交わし、エルザ様はホホホと笑いながらクレムを撫でて、メイドさんたちは自分の誹謗中傷に華を咲かせながら夜は更けていきました。
くっ! こうなりゃ自分も前後不覚になるまで飲んでやる!
飲み慣れない蒸留酒をカパカパ煽り、自分は一気に酔いがまわりその後の記憶が曖昧になってしまいました。
「あの、ルルエ様。お願いがあるのですが……」
「あら、どうしたの坊や」
「実は、ゴニョゴニョ――――――」
「あはっ、そんなの簡単よぉ! むしろ性別も変えたかったらいつでも言ってねぇ、パパっと済ますから!」
何やら不穏な会話が聞こえた気がしますが、自分はもう酔いと眠気に耐えきれずそのまま食卓で寝息を立て始めたのでした。
明くる日。もう深酒をしないと深く心に決めたのは二日酔いのせいではなく、ベッドに自分の隣りで眠っている髪の長いクレムを見たときでした――――。
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