第18話 一応予選に出ました。

 こんにちは、勇者です。


 いよいよ午後になり武闘大会予選開始も間近。自分は先程から筋肉まみれの控え室でぶるぶるガタガタと震えております……。せめてここにクレムもいれば心強かったのですが、


「僕が出るとお兄様の鍛錬になりません。みんな倒しちゃいますから!」


 とのことです。無自覚で煽ってくるのは罪ですよ?


 周りを見れば筋肉筋肉筋肉!熱量がやばい……。どうやったら皆そんなにモリモリになるんですかね……とか考えていたら、隅っこのほうでモリモリじゃない方もいらっしゃいました。


 自分と似たような軽装鎧に赤いざんばら髪、手には分厚い手甲を装備しています。拳闘士でしょうか? しかしその容姿は顔に被った仮面で見えません。


他に分かる特徴と言えば、性別が女性だということ。

 多分この大会で女の人ってこの人だけなのでは?


 なんとなくその人をじっと見ているとその視線に気づいたらしく、無言でビッと中指を立てられました。やっぱりここ怖い! おうち帰る!!



 時間になり、総勢三百名以上の選手が一同にコロシアム内に移動されます。

 中は予想外に広く、その数の人間が集っても適度な間隔を保てるほどでした。そして周囲にはぐるりと囲む観客席。皆歓声を上げて選手たちの入場を囃し立てています。


「あ、あばばばば……」


 自分は今まで経験したことのないような人の圧力に飲まれ、完全に縮み上がっていました。どうしよう、今からでも棄権……いやそれはもっと危険!


 ルルエさんにどんな目に遭わされるか分かったものではありません。


 大柄な男たちの中でひとり竦んでいると、急に太鼓や楽器の音が鳴り響きます。そして観客たちが一斉に祝福の声を上げていました。


 それに釣られ見上げてみると、貴賓席であろう見晴らしのよさそうな場所に豪奢な衣装を纏った初老の男性……あれがズルーガ王でしょうか? そしてその隣には、赤い髪の綺麗な女性が所在なさ気に俯いていました。あれが第一王女エメラダ様ですかね?


 それにしては、こっちに全く興味がなさ気に見えるのですが……。


「諸君! 我らが王、ゾルダス・ルノ・ズルーガ陛下と、第一王女エメラダ様のご来場である! 盛大な拍手で称えよ!」


 進行役であろう臣下らしき人が声を上げ、ズルーガ王と王女が手を振っています。そしてやはり王女様の顔に浮かぶ笑顔は、何処か作り物めいたものでした。


 やがて形式的な祝辞が済むと、いよいよ予選が開始されます。いったいどんな試合方法なのでしょうか


「これよりこの場にいる戦士たちには、開始の合図とともに全員で闘ってもらう! これにより十六名が残った時点で予選は終了し、本戦への出場権が与えられる!」


「……………………」


 まさかのバトルロワイヤル……まぁこれだけの数でちまちま予選をやっていたら一日じゃ終わらないでしょうね。


「本戦は第一回戦、第二回戦、準決勝、そして決勝戦の順に行われる。雄々しき戦士たちよ、この場で存分に自らの腕を振るうが良い!」


 その言葉とともに、ひと際大きい太鼓の音が鳴り響きました。


 どうやらそれが開始の合図だったようで、周囲は既に阿鼻叫喚の地獄絵図。やってやられて殴り殴られ、さながら獣の檻が一斉に開かれたかのようでした。


 自分は茫然と立ち尽くし、その光景を見つめています。あぁ……なんでこんなとこ来ちゃったんだろ。


 しかしそんな自分を血の気の多い男たちが見逃すはずもありません。弱そうな者を見つけるやすぐさまそれをつぶす連中、その手合いでしょう。自分に向って奇声を上げながら剣や斧を振り下してきます。


 自分はそれを見て慌てて武器を構えました。両手に持つのは、試合前にルルエさんから渡されたダガーのように短く整えられた二本の木剣。なぜこんなものをと聞くと、


「今のグレイくんならそれが丁度いいのよぉ、それともオークの時みたいに血の海で泳ぎたい?」

 とのことでした。


 仕方ないので土精の力を借り木剣を高質化すると、雨のように降り注ぐ刃を全ていなします。

 この時点で、自分はある違和感に気付きました。


――――みんなこれ、本気でやっているんでしょうか?


 受ける剣戟はどれも軽く、動きも緩慢。突いて下さいと言わんばかりの隙がそこら中にありありで、軽く戸惑ってしまいます。


 そして初めの一人を木剣で打ち据えたとき、その違和感の正体が分かりました。


「ゴッハァアアァーっ!?」

「うえぇ!?」


自分の攻撃を受けた男は、鎧をへこませ何メートルも高く跳ね上がってしまったのです……ようするにこの人たち、弱い?


 ついクレムと打ち合う時のように力を込めてしまいましたが、どうやらそれは彼らにとって致命傷になりかねない一撃になるようでした。吹き飛んだ男は泡を吹いてピクピクと痙攣しています。


 周囲で自分を狙っていた者たちがポカンと口を空け、恐らく自分も同じ顔をしていたでしょう。


「え、まだ精霊術で身体強化もしてないのになんで……?」


 困惑が自分の頭を埋め尽くしますが、男たちはその隙を許してくれません。先程よりは遅いながらも、じりじりと自分ににじり寄ってきます。


 ひとまずは考える時間がほしい。そのためにはこの人たちを排除しなければ。自分は手近な者から順に、本当に軽く力を込めて木剣を振るっていきます。


 すると見る見るうちにその数は減っていき、自分の周りに立っている者はいなくなってしまいました。


「え、どういうこと……自分、生身でもこんなに強くなってるの?」


 いま倒した誰もが、一ヶ月前の自分ならとても敵わなそうな人たちばかりでした。なのに今はほんのひと息で蹴散らしてしまえるなんて。


 自分が持ってしまった力に、思わず恐怖を覚えます。そしてアルダムスさんに「雑魚を殺さないように」と言われたことを思い出しました。


そういうことだったんですね……でもあの人、戦ってもいないのに自分の力量を見定めていたということですか? それはそれで戦慄を覚えますっ!


 その後も予選という狂乱は続き、立っている者もまばらになってきました。武闘会の係員が倒れた者を端から引き摺って行き、人だらけだった会場もどんどん見晴らしが良くなっていきます。


 自分はと言えば、ひとまずその場から動かず寄ってくる敵を端から倒していくことにしました。加減が今一つ分からない現状、あまり積極的になりたくなかったのです。


「やぁ、やはり残っていたね! 私の見立ては間違っていなかった!」


 声を掛けられ振り向けば、そこにいたのは鋼鉄の貞操帯男アルダムスさんでした。


「あ、アルダムスさん……どうも」


「どうした? 随分と覇気がないじゃないか、こんな場だというのに!」


 そう言ってアルダムスさんは大きく腕を広げます。見回せば目を血走らせた戦士たちが、今も強さを求めて相手を打ち負かそうと必死に食らいつく姿が目に入ります。


「あの……正直、ちょっと自分が怖くなっていたところです」


「んん? 面白いことを言うね少年……失礼、青年だったな! なぜそんなふうに思うんだ!」


「この数週間、自分は格上の魔物や強い人とばかり戦って修行してきました。それでいざ力を振るってみれば想像していたよりもずっと自分は強くなっていたみたいで、相手との力量差がいまいち測れなくて……それが怖いんです」


「――――ハッハッハッハ! いや、やはり君は面白い。ここで戦ってもいいがそれはちょっと勿体ない! 楽しみは本戦に取っておくとしよう! 残りももう少ないし、あとは好きにしていたまえ!」


 そう笑いながら、アルダムスさんはのっしのっしと自分から離れ、密集する集団の中へ突進していきました。まるで巨大な猪に轢かれたかのように何人もの人が宙を舞い、ボトボトと落ちていきます。怖っ!!


 ボーっとその光景を眺めていると、急に背後から明確な殺気が飛んできました。目より先に木剣を振り抜けば、眼前に迫っていた鉄拳と鍔迫り合います。


 鉄拳の持ち主は、仮面のせいで表情は見えませんが随分と驚いた様子でした。

あ、さっきの女のひとだ。背後からの奇襲が失敗したことがそんなにショックだったんでしょうか?


「おまえ、そんな見た目なのに強いんだな」


「はぁ、以前は見た目通りだったんですが、今はどうやら違うようなんです」


「……馬鹿にしているのか?」


 ざわりと、ざんばらな赤毛が逆立ちます。別に煽るつもりではなかったんですが、気が短い人ですね。


 赤毛の仮面女の手甲が鋭く自分に放たれます。結構早いですがクレムの斬撃に比べればなんてこと無いもの。木剣が欠けるのも嫌なので避けることに専念しました。


 華奢に見える腕ですが、その拳のキレはなかなかに良いものでした。これは回避の訓練に丁度いい感じです。この人と戦っていれば他の人からの横やりもきっとないでしょう。

 そう思い、予選が終わるまで彼女には回避訓練に付き合ってもらうことにしました。


「この、糞っ! なんで当たらねぇ!」


「当たったら痛いじゃないですか」


「ふざけんな! 避けんじゃねぇ!」


 拳撃から隙を見ての回し蹴り。正確にこめかみを狙ったそれは、自分の前髪を掠って通り過ぎます。


「あの、ひとついいですか」


「ハァ……ハァ……なんだぁ!!」


「その仮面付けてるから動きが鈍いんじゃないですか? 視界も狭いし、息もしづらいでしょ」


「テメェには関係ねぇんだよ! いいから死ね!」


 渾身の大振り。そんなの投げて下さいって言ってるようなもんじゃないですか。顔面すれすれを通り過ぎた拳を手に取ると、相手の勢いを利用してふわりと彼女をひっくり返しました。


「あっ、だぁ!」


「あ、すみません。つい投げちゃいました」


「舐めてんじゃねぇぞ!? てめぇも攻撃してきやがれ!!」


「いまそういう気分じゃないんで」


「じゃあどんな気分なんだよ!」


「…………鬼ごっこ?」


 瞬間、ぶちっと何かキレたように怒りを噴出させる仮面ちゃん。これでもかと連激を繰り出してきますが、感情に任せた拳は先程よりも精細を欠いてブレブレです。


 さて、この人も倒したほうがいいのかなと思った時、再び大きな太鼓の音が鳴り響きました。


「そこまで、そこまでぇ! 残った者は矛を収めよ、これにて予選は終了である!」


 気付けばその場に立っていたのは既に十六人に絞られていたらしく、血の気の多く戦いを続けるひとたちの元に係員が割って入り、戦闘を止めているようでした。


 自分たちの元にもやってきて、係員は必死に仮面ちゃんを宥めています。がんばれ係員!


「てめぇ殺す、ぜってぇ殺す! 本戦で首洗って待ってろぁ!?」


「ご心配なく、毎日身体は拭いてますから」


「あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁぁっ!?!?!?」


 なんかこの子からかうの面白いですね。ちょっとだけ先程までの気分が払拭されました。ありがとう仮面ちゃん!


 結局、自分の不安は杞憂だったようであっさりと本戦に進出してしまいました。問題はここからです。アルダムスさんはもちろん、あの人と同じくらい強い人に当たったら嫌だな……。


 そう思いながらも、何処か自分の中で燻ぶる熱い感情がありました。クレムと二回目に立ち合った時に似た興奮。なんだかんだと、自分は本戦に進めたことが嬉しいみたいです!

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