第13話 一応追いかけっこしました。

 こんにちは、勇者です。


 クレムの一撃を何とか防ぎ、辛うじてザーツ様に認めてもらった自分は、これから暫くの間この方のもとで修業をすることになりました。


「じゃあまず第一の課題だ。走れ、一週間」


「はい?」


 ザーツ様は真顔でそう言います。指を差したのは庵のある裏山の頂上。


「この庵、山の麓から山頂まで毎日走れ。それが餓鬼のしばらくの鍛錬だ」


「はぁ、わかり、ました?」


 言われて、いまいちピンと来ませんでした。この山はそこまで高いわけでもなく、徒歩でも急いでいけば半日、走れば数時間で行って戻れるくらいに見えます。


 ルルエさんが血反吐を吐くと言っていたからにはどんな鬼のような試練が与えられるのかと思いましたが、若干拍子抜けしたのは否めません。


「全力疾走だ。道はない、ルートはお前が適当に判断しろ。とにかく早く行って早く帰ってこい。時間次第じゃあ往復の回数も増やす、が。今日は一往復で良いだろう。行け」


 困惑を共有しようと周囲を見回せば、ルルエさんはいつものニコニコ顔で、クレムは何処か遠い目をして自分と目を合わせません。え、なに、逆に怖いんですけど?


「なにボーっとしてやがる! さっさと行け糞餓鬼!」


「は、はい! 行ってきます!」


 活を入れられ、慌てて自分は飛び出します。山に入れば、鬱蒼とした茂みが何処までも続きます。しかしそれはやはり普通の山道で、薬草の採集などのクエストもこなしていた自分には特別辛いとは思えませんでした。


 走り出して中腹に至るまでは……。


 木々の茂る斜面を全速で駆け上がり、自分はどんどん山の深くまで進んでいきます。そしてある地点を境に、何かがおかしいと気付きました。


(――――背後から気配がする。獣?)


 何かがこちらを伺うような視線が、先程から自分にまとわりつきます。それも沢山の数が。

 初めは遠巻きだったそれも、自分が気付いたと察したのか気配を隠すことなく近づいてきます。


 カラカラと音がする。森の中ではまず聞かないようなそれは、徐々に自分に近づいてくるのです。もはや嫌な予感というより確信を持って後ろを振り向くと、そこにいたのは……、


「スケルトン~!?」


 追ってきていたのは、各自様々な武器を携えた骨たちでした。


「ちょ、ま、なんで!? スケルトンなんで!?」


  そんな自分の叫びも関係なくスケルトンたちはぐんぐんと速度を上げ、自分に肉薄してきます。これは拙いと前に向き直り逃げきろうとすると、更に前からもスケルトンたちが待ち構えていました。


「だぁああああっ! なんなんですかこの山!?」


 待ちうけるスケルトンに、ダガーを引き抜いて一閃。一体、二体と相手にしているうちに、追いかけてきた後続に追いつかれてしまいました。たちまち自分は骨の群れに囲まれ退路を断たれてしまいます。


とにかく切り抜けようとがむしゃらにダガーを振りまくり、近づく傍から骨たちを薙いでいきます。しかし、まるでこの山そのものが墓場かのようにわらわらとスケルトンたちは湧いて出て為す術もありません。


「あ、やめっ、ぎゃ!」


 集る骨の集団は思い思いに手に持つ武器を振りかぶり、自分を切り刻んでいきます。しかしそのどれもが錆びついてまともな切れ味も持たず、幸いにも致命傷になる傷はまだ負っていません。


 そこから先は、文字通り死に物狂いでした。群れるスケルトンたちの頭上へよじ登り、必死に包囲網から逃げ出し、一目散に駆けだします。


 当然スケルトンたちも追ってきて、先に進むごとにその数は増していきます。あっちへこっちへと蛇行して逃げながら、ようやく山頂に着く頃には自分の身体に傷のないところなどありません。


「ぜはぁ……ぜはぁ……な、んなんですかここは、ホントにこの山自体が墓場とでもいうんですかね――」


 よろけながら山頂に登ると、そこは適度に広い平地となっていました。そしてそこにもたっぷりとスケルトンたちが待ち構えていて、その上……、


「――――スケルトンキングって、もう、なんでもありですかぁ」


 その中心には、骨でできた玉座に座す巨大な骸骨。王冠をかぶり、手には立派な杖を携え、羽織るマントが王の風格をこれでもと露わにしていました。


 スケルトンキングはゆっくりと立ち上がると、軽く杖を振ったかと思えば自分に火球の嵐を浴びせかけてきました。


「熱っ、あぢぢぃっ、もうやだあああぁ!!」


 ミスリルの鎧を身に着けていたお陰か、ダメージは思ったほどなかったものの熱いものは熱い!擦り傷切り傷のうえに火傷までこさえ、自分は命からがらその場から逃げだしました。


 もちろん帰り道にも山盛りのスケルトンが待ち構え、行きと同じように群がられては無理やりに逃げ出し、真っすぐなんて降りられずやっぱり蛇行しながら山を下っていきます。


 麓に戻った時にはもう陽は沈みかけていて、仁王立ちで待つザーツ様と笑いを堪え切れず大爆笑しているルルエさんの前でバタリと力尽きました……。


「おう、遅すぎだ! もう陽が暮れるじゃねぇか!」


「そ、んなこと言われても……あれ何なんですか、呪いでも掛かってるんですかこの山は……」


「そうよぉ、昔私が作ったの! スケルトンランド、楽しかったでしょ? 山の周りに結界を貼ってぇ、ここからは一体も逃げ出せないようにしてあるけどねぇ。それにしても随分と男前になったじゃなぁい?」


 ルルエさんがケタケタ笑いながら、自分の傷をつんつんと突いてきます。そんなことしてないで早く傷治して!!


「そんなわけだ餓鬼! 明日からは朝から夕までこれを繰り返すぞ、死ぬ気でやれ」


「もう死にかけですよ……お願いですから……早く治癒して……」


「はいはい、中等治癒(アドヒール)~。ねぇねぇ、てっぺんのスケルトンキングどうだった? 割と会心の出来だと思うんだけどぉ」


「火球ばら撒かれてさっさと逃げてきましたよ! 趣味悪すぎです!」


「そうだ餓鬼、次からはあの上にいるデカイの倒すまで降りてくるんじゃねぇぞ? 大丈夫だ、あいつらは何度倒したって神聖武器じゃねぇ限り復活するからよ。狩り放題だぜ?」


 そう言ってザーツ様は豪快に笑います。ルルエさんもフフフと笑い、自分は泣きながらその笑いに釣られてハハハと空笑い……。


ちなみにクレムはといえば、隅っこのほうでクロちゃんとずっとにらめっこをしていたみたいです。魔物になれるための訓練なんだとか。


 ザーツ様の庵を後にし、ハイエン邸に着く頃にはもう陽は落ちていました。


「おや、随分と憔悴しているね。さっそく父の洗礼にあったのか」


「……はい、クレムやクラウス様もアレをこなしてたんですか」


 夕食の席で、クラウス様は自分の顔を見るなり苦笑いしていました。今日の食卓にはさすがに酒精は無く、メインの肉料理を食べて「胃にくる……」と呟いています。


「私はあんなのやらないよ、父やクレムほど武闘派じゃないからね。しかし……これから大変だなグレイくん」


「今日から一週間、ずっとだそうです、死にそうです……」


 昨日の酒のおかげか、自分に対するクラウス様の接し方はすっかりと砕けています。貴族の方とこんなふうに接するなんて、ちょっと前の自分は思いもしなかったでしょう。


「あら、それだけじゃあないわよぉグレイくん。夜はお姉さんとのレッスンがあるんだからぁ」

「……初耳なんですけど、それはやっぱり死に掛けるやつですか」


「いいえぇ、上手くいけばそんなことないわぁ。成功すればこの後の山登りも随分と楽になるはずよぉ」


 つまり下手すれば死ぬってことですね。ここのところ自分の命の価値観は大暴落!


「じゃ、お食事が終わったら庭にいきましょぉ。お姉さんがイイことしてあげる!」

「たーのしーみでーすぅ……」


 もうどうにでもしてくれと諦めの境地に至り、今はせめて空腹を満たし生の喜びを味わいましょう。


 夕食も終わり、ルルエさんに施されて屋敷の庭に出ると、空には満天の星が輝いて、大きな月も浮かんで周囲を柔らかく照らします。


 庭のテーブルで向かい合わせに座ると、ルルエさんはまた何やら谷間をまさぐって道具を取り出していきます。その胸は本当にどうなってるんです?


「はい、準備できましたぁ」


「で、なにをやるんですか死ぬんですかそうですか」


「もぉ~グレイくんそんなにやさぐれないで! 本当に危険はないんだってばぁ――――あんまり」


 あんまりじゃ困るって言ってるんですよ!


「あなたは先日、身体向上フィジカルエンチャントの魔法を使えたわねぇ?」


「はい、それがなにか?」


「魔法って、どういう素質が必要かわかる?」


「……正直、あんまりわかりません」


「簡単に言うとね、人にはそれぞれ門があるの」


 そう言ってルルエさんは、指で輪っかを作ります。


「魔法の源は勿論魔力だけど、それだけじゃあ魔法にならない。触媒や、力を貸してくれる者が必要になるわぁ。それが精霊や悪魔といった自然的な存在ねぇ」


 ルルエさんは指を輪っかにしてそこにふうと息を吹きます。その風が顔に当たり、少しこそばゆいです。


「この指が門、吐息が魔力と精霊、そしてあなたに当たった風が魔法。簡単にいえば原理はこんなところねぇ」


「あぁ、なんとなくそんな話は昔聞きましたね」


 子供のころ、近所に住んでいた魔法士が小さい子にそう説明していたのをぼんやりと思いだします。


「で、問題はこの門。門の大きさは人それぞれで、大きければ大きいほど魔法の素質があると言われているわぁ」


「……で、自分の門は小さいから魔法が堪能ではない、と」


「その通りよぉ。でもあなたは先に魔法を使えた。それは何故かしらぁ?」


「身体向上はスキル寄りだからって言ってませんでしたか?」


「それもあるわぁ、でももっと大きな要素は、あなたの素質」


「いや、いま素質がないと言ったばかりでは?」


「門が小さいと言っただけよぉ、それとあなたの素質は全くの別」


 そう言ってルルエさんは指の輪っかを作らず、今度は直接息を吹きかけてきました。うざっ!


「あなたがやったのはこういうこと」


「? よく意味がわかりませんが」


「つまりはぁ、精霊に直接お願いしたから力を貸してもらえたのぉ。本来はそんなことできないのよぉ?」


 そしてルルエさんは取り出した道具――色取り取りの宝石を卓に並べていきます。


「魔法は自然的力を門から通すことで発生する。その門の工程をあなたは一足飛びでやってのけちゃったのねぇ多分。つまりそれだけ精霊に気に入られている、ということよぉ」


「と言われましても、いまいちピンと来ません」


「だから、これぇ」


 指差したのは五つの宝石。それぞれに色が違うもので、特にカットもされていない装飾品としては格の落ちるものでした。


「これに一個一個触れてみてぇ? そうすれば、あなたと相性の良い精霊がわかるわぁ」


 さぁ。と施され、自分は一つの石を手に取りました。するとそれはオレンジ色に輝きだします。


「あらぁ、いきなり当たりかしらぁ。身体向上も土の属性だったしねぇ。一応ほかのも試してみてぇ?」


 差し出されるままに、自分はそれぞれの石を手に握ります。すると全部の石が同じように光っていました。


赤、青、緑、黄。それを見たルルエさんは、自分がこれまで目にしたことのない驚きの表情をしていました。


「……あなたぁ、親族に面白い職を持ってた人とかいなかったぁ?」


「え、そう言われても――――あ、確か祖母ちゃんの祖母ちゃんが祈祷師をしていたとか聞いたことがありますね」


「なるほどぉ、その血かしらねぇ。まさか五大元素すべてが反応するとは思わなかったわぁ」


 先程の驚きの顔はとうに消え、今は悪戯そうな怪しい笑顔を浮かべています。


「今からあなたの中にぃ、精霊の嵌まる歯車を作るわぁ。無理するからちょこぉっと苦しいかもだけど、我慢してねぇ?」


 やっぱり痛いことするんじゃないですか! と反論する間もなくルルエさんは自分の胸倉を掴むと、おもむろに心臓の真上辺りに手を当てました。


 そこはじんわりと熱を持ち始め、信じられないことに、やがて彼女の手が自分の胸へ深々と刺さっていってしまいました。


「――――っ!な、にを」


「シィー、黙っててぇ。これけっこう神経使うんだからぁ。間違って心臓を握りつぶしちゃいそう」


 ゆっくり、ゆっくりと。ルルエさんは自分の胸の中を掻き回します。その度に自分の中の何か――例えるなら揃えられたパズルのピースを一個ずつ剥ぎ取られていくような感覚に陥り苦痛が走ります。


 自分の中に、穴が開く感覚。その穴のある場所に何か別のものを嵌め込まれていくような――――。


「ふぅ……はいおしまい。あとは必要な時に精霊に頼んで、自分の内側に彼らを迎え入れればいいわぁ。今からちょっと実践してみましょう」


 ルルエさんに施されて立ち上がると、なんだか周囲を感じる感覚が鋭敏になったような気がします。


「そうねぇ、まずは風。あなたの中に風を迎え入れるようなイメージを浮かべなさいなぁ。そうすれば風の精霊が導かれて、あなたの中の歯車と噛み合うわぁ」


「いや、全然言っている意味がわからないんですが」


「いいから! 野原にでも行って風を浴びるような想像をなさい。それを胸の中に閉じ込めるのよぉ」


 訳も分からぬまま、試しに言われたとおりにしてみる。周りに吹く風を、自分の内にしまい込む、そんなイメージを。


 するとどうでしょう、確かに何かが自分の胸に嵌まり込んだ感覚を覚えたのです。


「!? な、なんですかこれ!!」


「それが精霊を迎え入れる感触よぉ、あとはそれを自分の中で回転させるの。ゆぅっくりでいいからねぇ」


 言われるがまま、入り込んだそれを、自分を中心にして一緒に回す。そう、さっきルルエさんが言っていた歯車を回すようなイメージをしてみました。


 瞬間、自分の周りにザァッと風が舞い起こります。


「それよぉっ、その感じ! それが魔法でもスキルでもない、言わば精霊術」


「精霊術……」


「そしてあなたの使う魔法もどきは精霊魔術とでも言えばいいかしらぁ? 魔法は文字通り「法則」に従って行使するものだけど、グレイくんの使うものは精霊から直接行使を許される「すべ」だからねぇ」


 感覚に慣れてきて、少しずつ歯車の回転を上げていく。それに呼応するように周囲の風は強くなり、やがて自分を宙に浮かせてしまいました。


「え――あ!? 自分、飛んでる!?」


 驚いた瞬間、集中が切れて風が止んでしまう。投げられたようにすとんと地面に降りて、自分は今起こったことの不思議さを噛み締めていました。


「今はまだ集中してないとダメでしょうけど、訓練次第で精霊の力を自由に借りられるようになるわぁ。世界中の魔法士はあなたに殺意をおぼえるでしょうねぇ」


 そんなルルエさんの煽りも耳に入らず、自分は自らに宿った新しい力に困惑し呆け続けるのでした――。

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