第14話 一応精霊術を使えました。

 こんにちは、勇者です。


 昨日は庵の裏山でスケルトンたちにリンチされ這う這うの体で下山し、その夜にはルルエさんからのレッスンを受けて精霊術なるものを伝授されました!


 夜のレッスンはその後もしばらく続き、風の精霊の力をどうにか実用できるまでには至りました。


 そして本日は修行二日目。昨日と同じく裏山――もう骨山と呼びましょう――の麓から頂上への登山大会、おまけに山頂のキングスケルトンを倒して来いという課題まで出ています。これはもう生きて帰れない……と思ったら大間違いですよ!


 昨日の精霊術の会得で自分の実力はかなり底上げされたはず。死に掛けくらいでならなんとかいける! はず!


「よぉし餓鬼、今日も来たな。逃げ出すんじゃないかと思ってたぞ」


「出来るわけないでしょう、ルルエさんもいるんですし……出来れば逃げたいんですが」


「あらぁ、逃げてもいいのよぉ? そのかわりもっとハードな修行を用意してあげるからぁ」


「頑張って! 行ってきます!」


「お兄様、気を付けて行ってらっしゃい。骨は切るよりも叩くほうが有効ですよ! あの山にはそこら中に武器が転がってますから、鈍器を使うのをお勧めします」


 そう言うクレムは今日もクロちゃんとにらめっこ。たまにクロちゃんが飽きてクレムにじゃれついたりするらしいですが、その度に気絶しているそうです。


「クレム、クロちゃんは怖くありませんからゆっくりと慣れてあげて下さい。顎の下とかくすぐると喜びますよ」


「ひぃぃ……が、がんばりますぅ」


 という訳でいざ、登山開始!


 昨日と同じようにひとまずは普通に山の中を走り抜けます。するとやはりある地点を過ぎてからカラカラと音が聞こえてきました。

 ちらりと見遣れば、既にスケルトンが数体あとを追いかけてきていました。


 しかし昨日と違うのはここから! 自分の新たな力、見せてやります!


精霊抱懐エレメントストレージ風精召依ギア・シルフ!」


 昨晩のうちにルルエさんと定めた精霊の力を使う際の祝詞を唱えると、身体の内側に風の精霊がすこしずつ流れ込んできます。

 自分の中でその力を歯車のようにイメージし、それと自分の歯車を噛み合わせ、回す。


 すると身体の中で魔力と精霊が暴れ出し、それが身の外側へと溢れだします。


 途端に自分の身体は浮くように軽くなり、今までの何倍もの速度で木々の間を駆け抜けていきます。

 スケルトンの集団と克ち合うと、身が軽くなったのを利用して木を蹴りつけて飛び回り、まるで猿のようにスケルトンの頭上を通り抜けます。


「ハッハァー! あばよーです!」


 余裕を見せつけるようにぴょんぴょんと飛び跳ね、スケルトンたちをつい煽ってしまいます。


 言い訳をさせてもらうなら、今の自分はこれまで凡人だった己の力を脱却し有頂天、文字通り舞い上がっていたのです。そんな浮かれ状態では周囲に気を配るのが疎かになるのも当然で……、


「――――っ!あ痛ぁっ!?」


弓を持ったスケルトンにつるべ打ちにされてしまい空中から落ちてしまいます。痛みで集中も切れてせっかく取り入れた精霊の力も霧散し、そのままスケルトンたちの群れに真っ逆さまです……。


「あれ、ちが、どうしてこうなった!?」


 結局状況は昨日と変わらず、スケルトンとの追いかけっこが始まりました。


 クレムの助言で気付きましたが、確かに山のあちこちにはたくさんの武器が放置されており、自分はその中からかつて戦ったオークが持っていたような棍棒を手に取ると遮二無二ぶん回して道を拓きます。


 ようやく群れから抜け出し、見つからないよう身を隠すと改めて精霊術を行使します。今のところの難点は、集中が切れるとすぐに力が消えてしまうことですね……。


 それからはなるべくスケルトンに見つからないよう慎重に行動し、時に見つかり追い掛けられ、時に少数の群れを上空から襲い先手を打ちと、さすがに昨日よりはスムーズに山頂へと辿り着きました。


「あぁ……問題はここからですね」


 木陰から山頂の広場を覗いていると、既にキングスケルトンは臨戦態勢。周囲に火球を浮かべいつでも自分を迎え撃つ用意をしていました。さてどうしましょうか。


 昨日は混乱続きできちんと作戦を練れませんでしたが、今日はかなり余裕もありどう攻略しようか頭を捻ります。っていうかあのキングスケルトン、よく考えたら先の迷宮の片角より強そうじゃないですか? 魔法は勿論ですが、よく見れば腰には立派な剣を携えています。


 正面からのまともな応酬では間違いなく昨日の二の舞でしょう。


 ということで、いつものアレです。


隠密ハイド忍足スニーク


 姿と足音を消し、キングスケルトンの後ろに回り込みます。あとはちゃちゃっと切り刻んでさっさと山から降りてしまいましょう――と歩を進めた瞬間です。


 足元で何かが光ったかと思うと、こちらが見えていないはずのキングスケルトンが振り返り火球を降り注いできたのです。


「なんでなんでなんで!! どういうこと!?」


 よく見れば、先程の光は敵感知の魔法陣であったようで、それに気付かず見事に足を踏み入れてしまったようなのです。


「この、骨のくせに随分高等な魔法使いますね!」


 風精によってブーストされた速度で何とか火球は避けていますが、相手の攻撃は止みそうにありません。


「……仕方ない、ぶっつけ本番ですがやってみますか」


 再び木立の陰に入ると一度風精を解き放ち、再び集中。そして呼び招くは火の精霊。今あの火球に対抗するには、炎に耐性を持つしか打破する手段がありません。


精霊抱懐エレメントストレージ火精召依ギア・サルマンドラ


 途端、胸の内に焼け焦げるような熱が舞い込みます。それが全身に伝播し、吐く吐息でさえも枯れ葉に吹きかければ燃えだしそうなほどの熱量。


「ぐ、こ、れで、いけますかね?」


 もう一度前に乗り出し、わざと火球をその身に受けてみます。すると火球の威力を防ぐどころか、火球そのものをどんどん吸収していってしまいます。


「あ、そうか。基本的に魔法は精霊の力を借りているから……」


 火精を身に宿した自分にはその魔法はもはや魔力を補充する格好の餌となり果てます。キングスケルトンは状況を把握できず、なぜ倒れないのかと必死に魔法を連発してきます。


 その悉くを吸収してしまうのはいいのですが、吸い取る度に自分の中に熱が溜まっていきます。魔法は効かなくとも内側から焼かれているようで、返ってダメージを負っている気になってきますね。


 どうしようと考え、ふとルルエさんの言葉を思い出します。


『魔法は自然的力を門から通すことで発生する。その門の工程をあなたは一足飛びでやってのけちゃったのねぇ』


 ならば身体向上フィジカルエンチャント(ルルエさんに言わせればもどき)の時のようなことが出来るのではないでしょうか。


 腕を前に掲げ、キングスケルトンに狙いを定めます。手のひらに魔力、そして溢れかえる火の精霊の力を集めるよう意識すると、そこには奴が使っていたような火球が形成されていくではありませんか!


「よし、出来る!」


 いま溜め込んでいる全ての火精の迸りをその火球に集中させると、球はみるみる肥大していき、自分よりもはるかに大きく成長してしまいます。その事象に内心焦りながらも、後には引けないと巨大火球をキングスケルトン目掛け撃ち放ちました。


 轟音を響かせながら、巨大火球は真っすぐと飛んでいきキングスケルトンを飲み込み、のみならずその炎の勢いは予想以上で周囲の木々まで燃やし始めてしまいました。


「えぇぇ! ま、まずいどうしよう……山火事とか洒落になりませんよ!」


 焦る自分。しかし火はどんどん燃え移っていき、このままでは骨山を焼き尽くしてしまいます。


「こうなったら……精霊抱懐エレメントストレージ水精召依ギア・ウィンディネイ! 頼みます水の精霊さん、火をどうか消して下さい!」


 先程と同じ要領で今度は水精を身に宿す。そして山に蓄えられた水気を集めると、天に腕を掲げます。


 うまく水脈でもあったのでしょうか、想像以上に溜まった水気が水柱となって天高く聳え立ち、やがて雨のように燃え盛る木々に降り注ぎました。


 しばらくすると火の勢いも弱まり、どうにか鎮火できたようです。


「あ、焦った……あんなにすごい炎になるなんて。でもとりあえずはキングスケルトンも倒せましたし、さっさと――」


 瞬間、鎧に衝撃が襲い自分は山頂から吹き飛ばされて転げ落ちてしまいます。何事かと混乱し、恐る恐るもう一度山頂を覗きこんでみると……まだ、生きていました。


 いや骨なので生きているという表現が正しいのか分かりませんが、そこには身に纏った全てを焼かれ丸裸(丸骨?)になったキングスケルトンが剣を抜き放って構えていたのです。


「火ってスケルトンには効きづらいんでしたね……忘れてました」


 相手は接近戦でやる気満々のようで、もう魔法は放ってきませんでした。代わりに溢れ出る殺気に自分は気押されてしまいます。


「うぅ……結局こうなるんじゃないですかぁ」


 渋々と、自分はダガーを抜き放ちます。そして偶然とはいえ、以前に一度は力を借りている土の精霊に祝詞を捧げます。


精霊抱懐エレメントストレージ土精召依ギア・ノームゥ。お願いします、力を貸して下さい!」


 唱えた直後、身体向上フィジカルエンチャントとは比べ物にならないほどの力の奔流が自分に流れ込み、身体中に力が漲ってきます。


「さて、片角の時はひと蹴りワンパンで死亡でしたけど、今回はどうなりますかね」


 態勢を低くし、ダガーを構える。イメージするのは昨日の模擬戦でのクレムの動きです。キングスケルトンは自分より二回りは大きく、その戦法が有効だと判断しました。


 ゆっくりと互いの間合いが縮んでいき、一定のラインを越えた刹那。自分もキングスケルトンも跳ぶように走り出しました。


 大上段で振りかぶる骨の王、その瞬間を見計らい自分は一気に飛び込みます。しかし考えは甘かったようで、自分のスピードでは懐へ入れてもらえず、強烈な蹴りを食らって弾かれてしまいました。


 ごろごろと地面を転がりながらも態勢を立て直し、相手を見る間もなく飛び退くと、つい今までいた位置にキングスケルトンの剣が深々と突き刺さっていました。


「……これ、勝てないかも」


 その後似たような応酬が続き、鍔ぜり合っても土精の力を借りた自分は圧し負けてしまいます。やはり正面からの切り合いは不利、スピードさえあればと風精の力で相手のスピードを上回って動き回り切りつけてみますが、今度は膂力が足りずこれといった決め手になるダメージが与えられません……。


 力だけでは勝てず、速さだけでも勝てず、いよいよ進退極まったと思った時、ふと思い立ったのです。


「――――精霊って二つ同時に宿せないんですかね」


 よくよく考えてみれば、魔法の中には様々な属性を組み合わせて使用するものが数多く存在します。ならば出来ないことではないのでは?


 どうもこのキングスケルトン、間合いを広く取る癖があるようで、こちらが完全に油断さえしなければ先手を取ってくるのは稀です。


 ならばと出来る限り自分は相手から離れ、精神を集中させます。


精霊抱懐エレメントストレージ土精召依ギア・ノームゥ風精召依ギア・シルフ――――ぐっ!!」


 次の瞬間、身体中に激痛が奔る。二つの精霊の力がぶつかり合って、内側で暴れているのが分かります。膝が震え、今にも嘔吐しそうなくらいの異物感に襲われ、それが治まる気配はありません。


 自分の異変に気付いたのか、キングスケルトンがこちらへ走り出してきます。拙いと思いながらも、いま精霊の力を霧散させてしまえばただ切り殺されるだけ。ならば無理を押してでも、今動かなければ!


 トン、と一歩踏み込んだ瞬間、自分でも制御できない驚くほどの速さで身体が前へと突き進み、軌道も変えられずキングスケルトンに真っすぐ突っ込んでいってしまいます。しかしその変化に驚いたのは自分だけではないらしく、キングスケルトンも寸の間だけ隙を見せて挙動が遅れます。


 慌てたように剣を振りかぶり、しかし少し遅かった。既に懐へと潜り込んだ自分は、渾身の力を込めてダガーを振り抜きました。


 その後も勢いは止まらず、キングスケルトンの脇腹を抜けるようにしてすり抜け、正面に迫った木に激突してようやく自分は身体の制御を取り戻します。その瞬間に精霊の力は消え、あとには強烈な倦怠感が自分を襲いました。


 しかしへたり込んでもいられず、汗と血をぼたぼたと流しながら立ち上がります。震える手でダガーを構え反撃に備えるも、追撃はもうありませんでした。


 見れば、キングスケルトンは今の一閃で断ち切られ、その場に崩れ落ちて動きません。


 暫くの間相手が起き上がってこないか警戒していましたが、それも杞憂と分かった途端ばたりと倒れこんでしまいます。


 もう今は指一本動かせず、自分は青い空をじっと見上げていました。


「…………勝った」


 じわりと、倦怠に包まれた身の内から嬉しさが込み上げてきて、おかしくもないのにケラケラと笑い出してしまいます。


 勝った、あの片角より手強そうだったキングスケルトンに勝った!


 思わず拳を突き上げグッと握る。自分は、強くなってる!


 その満足感に包まれていられたのも、その後数分間だけでした……。

 カタカタと、音が聞こえるのです、森の中のあちこちから。嫌な予感がして見回せば、これでもかというくらいスケルトンが集まってきているではありませんか。


「あぁ……またこの中を帰るのか」


 その事実に絶望しながら立ち上がり、精霊術を使おうとしますが魔力も精神も使いきって発動できません。あとはもう、己が身一つです……。


 下山は一日目と同じようにスケルトンから必死に逃げ回り、ふらふらと麓の庵に戻ってこれたのはやはり陽が傾いた頃合いでした。


「おい糞餓鬼! また夕方じゃねぇか、ちゃんと山頂のデカイのは倒したのかぁ!」


「なん、とか、勝ちました……」


 怒鳴られながら、ザーツ様の前で倒れ込んだ自分は今度こそ一歩も動けませんでした。


「おっ? なんだてっきり逃げてきたと思ったのに、ちゃんとやったってか。本当か魔女よぅ」


「本当よぉ、ちゃんと一度事切れてたわねぇ。まさか二日目でアレを倒せちゃうなんて、さすがは私の見込んだおも……勇者だわぁ!」


 いま玩具って言いかけましたね。そうか、ルルエさんがこの山のスケルトンを召喚したならそういうことも分かっちゃうんですね、嘘言わなくてよかったぁ……。


 倒れる自分に治癒魔法を掛けるルルエさんですが、一向に動かない自分を覗きこんでフフフと笑いました。


「あらら、これは魔力の使い過ぎねぇ。精神も相当に負荷が掛かったんでしょう、歩けるぅ?」


「むり……です……」


 結局その日はもう一歩も動けず、クレムとルルエさんに引き摺られるようにハイエン邸へと帰宅したのでした…………。

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