第12話 一応生きてました。

 こんにちは、勇者です。


 違います、おはようございます勇者です。昨夜の晩餐と暗黒の宴から一夜明け、自分は謎の興奮と慣れない寝床で若干寝不足気味です。


 メイドさん(昨夜の闇宴参加者のひとり)から朝食の案内を受け食堂へ通されると、そこにはエルザ様とクレムくんの二人だけでした。


「おはようございます」


「おはようございますグレイさん、昨夜はよく眠れましたか?」


「……はい、とても快適でした」


 社交辞令も時には必要なのです。クレムくんはというと、顔を真っ赤にして俯いたままでした。そりゃそうですよね……。


「主人は昨夜のお酒が過ぎて体調が悪く……失礼ながらまだ横になっておりますの。お客様がいらっしゃるというのにごめんなさいね」


「いえ、ルルエさんにあれだけ飲まされれば当然です、お気になさらず。……ところでそのルルエさんは?」


 あの人が二日酔いということはまずあり得ません。寝坊でもしているんでしょうか。


「ルルエ様は一足先にお義父様のところに向かわれたそうです。お二人とも長いお付き合いですし、積もる話もあったのでしょう……あらクレムどうしたの? 顔が真っ赤! 風邪でも引いてしまったかしら」


「ち、違います! 大丈夫です! ……お、おはようございますお兄様」


 おでこに手を当てられ慌てて取り繕うクレムくん。朝の挨拶はするものの、その笑顔にいつもの輝きはなくぎこちないものでした。


「お、おはようございますクレムくん」


「は、はい。おはようございます……」


 なんっともいえない微妙な沈黙が場を包みます。昨夜は昏倒したまま目を覚まさなかったので、もしかすれば夢落ちとして片づけられるかな~とか淡い期待をしていましたが、彼はしっかりと覚えているようです。


「さ、じゃあいただきましょう! 今日はお義父様のところに行くのですから、二人ともしっかりと召し上がってね」


 ニッコリと笑うエルザ様ですが、今はその笑顔に罪悪感を感じてしまいます……。


「ではいただきます。――――うんまっ」


 一口食べて、つい呟いてしまいました。それを嬉しそうに見つめるエルザ様は、本当に理想の母親という感じです。うちの母さんは今何してるかなぁとか、若干ホームシックになるほどです。


「たくさん召し上がってね。今日はきっと大変だと思いますから」


「はい! あの、昨夜は聞きそびれてしまったのですがザーツ様とはどういった方なのでしょうか」


「あら! ごめんなさい、夫から聞いているとばかり思っていたから。そうね、お義父様は一言で表すなら……剣術バカね」


 バカときましたか、義理の父を……。


「爵位を譲って隠居されてからはこの屋敷からすこし離れた裏山で庵を建てて、そこで一人ずっと鍛錬されているのよ。もう齢は七十を過ぎているというのに、動きは夫よりずっと若々しいんだから」


「はぁ。クラウス様からはこの国でもかなり腕の立つ剣士だったと伺いましたが、今だに鍛えられているんですね」


「えぇ。グレイさんは参天というのはご存知?」


「あ、はい。一応人並みには知っています」


 参天。この国――アルダ王国の中でも最も優れた剣、槍、弓の使い手。その三人を総称して参天と呼びます。


「その参天の一人、剣の参天がお義父様なのよ」


「ハイ!?」


 かなり腕の立つどころの話ではありません、個人戦力としてならこの国最強の一角ではありませんか!


「その参天になれたのも、お義父様が若いころルルエ様にお世話になったお陰だというのだから、我がハイエン家は三代に渡って助けて頂いて、ルルエ様にはいよいよご恩を返しきれないわねぇ」

「そうなんですね……ん?」


 エルザ様のお話に少し違和感を覚えました。


「あの、いまザーツ様が若いころにお世話になったと仰いましたか? ルルエさんに?」


「そうよ……あぁ、あなたはまだあの方から何も聞いていないのね。本当に悪戯好きなお人」


 ふふふと笑うエルザ様ですが、自分はいま大混乱中です。


「ルルエ様はね、見た目通りの年齢ではないのですよ。お義父様がまだ十代だった頃からあのままの姿だったと聞くわ。私が初めてルルエ様とお会いした時と、今も全然変わりありませんもの。本当は御いくつなのかしらねぇ」


 さも楽しげに言うエルザ様。


いやいやいやいや。朝からそんな爆弾発言されたら、自分気になって今日をシャンと過ごせるか自信がありません!


「あ、でも女性に年齢を聞くのは失礼ですからね。あまり詮索してはいけませんよ?」


 めっ! と叱るように自分に言い聞かせます。その所作はとても可愛らしくて、クレムくんが大きくなって女性であればこんな感じなのかな……とか考えてしまい、さらに自分はうろたえてしまいます。


その後はせっかく美味しかった料理の味も分からずに朝食も済んでしまいました……。




そうして悶々としたまま、自分は出掛ける準備を済ませてクレムくんを伴い、ザーツ様の居らっしゃるという裏山の庵へと向かったのですが、道中の沈黙が! つらい!


「………………」

「……………………」


昨晩から庭園で過ごしていたクロちゃんも自分が出掛けるのに気がつき一緒に付いてきているので、なおのことクレムくんとの距離感が遠いです……。


「――な、なまえっ!」


「ん!? なに!?」


 先に口火を切ったのはクレムくんのほうでした。咄嗟のことで驚く自分に、どこか物欲しげな目線が刺さってきます。


「……名前、呼び捨てにしてくれないんですか」


「あ、う、――――呼び捨てでいいんですか?」


「…………そのほうが、嬉しいです」


「じゃ、じゃあ…………クレム」


 そう呼ぶと、頬を赤らめながらいつもの笑顔を取り戻してくれました。男の子の格好でも充分可愛いですね!


「クレム、ザーツ様の鍛錬というのは、そんなにきついんですか」


「はい……お爺様の育成方針は死ぬまでやれ、です。実際それで僕も死にかけて、父に剣術の修行をやめるように言われたこともあります」


 おぉ……これは、ルルエさんと似たもの同士な予感がしますね。というかあの人と過ごして強くなったんだからそうもなるでしょうか。


「でもクレムは修行をやめなかったんですね。えらいです」


「えへへ! 僕も、強くなりたかったんです。お爺様は憧れで雲の上の存在だけど、みんなを守れるような立派な人になりたかったんです」


 またじっと見つめる視線を感じます。な、なんでしょうか?


「だから、今の僕の目標はお兄様なんですよ!」


「自分!? いや、自分はまだまだ弱小なのでみんなを守るとかそんな御大層なこと出来てませんが……」


「僕を守ってくれました。噂で聞いたオーク退治だって、多くの街の人を守りました。……その、ルルエ様から聞いて、クロちゃんのことも知ってます」


 そう言われて、全部ルルエさんの課題の成り行きなんだけどねと心中で呟きますが、褒められるのは悪い気もしません。


「だから、今の僕の目標はお兄様なんです。広い視野で、色んな人を助ける。そんな勇者になりたいんです」


「……そうですか。じゃあ、一緒にがんばりましょう!」


「はい!」


 本人がやる気を出しているのに水を差すのも野暮な話。自分が目標というのはともかく、活気に満ちたクレムを自分は応援しようと決めました。


 そんな感じで二人のわだかまりも解けたところで、件の庵が見えてきました。


 それは隠居したとはいえ、貴族が住んでいるとはとても思えないような質素なもので、なんだか自分の実家を彷彿とさせます。


「お爺様、クレムです」


 クレムが先に立ち、戸を叩きます。すると中からひょっこり顔を出したのはルルエさんでした。

「いらっしゃーい。地獄の入口へようこそ~」


「バカなこと言ってんじゃねぇ魔女!」


 その後ろに続くように、一人の老人が現れました。長い白髭を蓄え、皺の寄った相貌、しかしその眼光は物凄い力強さです。


「おはようございますお爺様。お客様をお連れしました」


「はっ、これから死ぬ奴なんか客じゃねぇ。で、後ろのお前がそうか?」


 その眼が自分を射抜くように睨みつけました。たちどころに自分は竦んで冷や汗をかいてしまいます……。


「は、初めまして、グレイ・オルサムと申します。本日はよろしくお願いします」


「おう、随分とひょろっちいな? これが今の魔女の玩具かい」


「そうよぉ、とぉっても楽しい玩具。ドンドン壊していいからねぇザーツ」


 玩具扱いどころか破壊宣言されましたけど、これは自分、今すぐ逃げるべきですか? 


 しかしつい今しがたクレムに一緒に頑張ろうといった手前、後には引け……引きたい!!


「相変わらず人を人と思わねぇ糞っぷりだな! まぁ俺も同じだが!」


 同じなんかーい……。まだ何も始まっていないのに自分のライフはもうゼロですよ!


「よし、餓鬼。てめぇの獲物を見せな」


 施され、自分はダガーを引き抜きザーツ様へ差し出します。


「はぁ……こりゃ業物だな、餓鬼には勿体ねぇ。予備は無ぇのか」


「先日壊れてしまいました。今はそれだけです」


「ふん、武器である程度判断してやろうと思ったが、駄目だな。おいクレム」


「は、はい!」


「その餓鬼と模擬戦をやれ。手を抜くな、抜いたら殺す。糞餓鬼、お前は死んだら帰れ」


「え、いやでも、お兄様と僕の実力じゃ――」


「んなこたぁ分かってんだ! 死ぬ気でやって生き抜く気概があるか見極めると言ってんだ、それとも俺がやるか?」


 チン、と鯉口を切る音が聞こえます。自分にとってはどちらでも死亡ルート確定なので、もう正直どうにでもしてくれという感じです。


「……わかりました、僕がお相手します。いいですねお兄様」


「あぁ、良いですよ。……でもちょっとくらい手加減して下さいね?」


「ごめんなさい、僕も殺されるので無理です」


 クレムにしてはきっぱりとした態度でお断りされてしまいました。ていうかクレムの目が本気です。やらなきゃ本当に殺されるということですね、分かりたくありませんでも分かります!


 庵の前で、自分とクレムが間隔を空け対峙します。クレムの手には、てっきりダンジョンで置いてきたと思っていた長剣が握られていました。ちゃんと回収してたんですね。


 互いに武器を抜き、構えます。そして改めて目の前の少年の異常さを再認識せざるを得ませんでした。隙がなく、且つ自然体。獲物を見つめ、じっと隙を伺うその姿はまるで鷹のようです。


 さながら自分はそれに狩られる兎といったところでしょうか。じりじりと身を焦がす殺気。それに先程から当てられ、恐怖心から今にも逃げ出すか飛びかかるかしてしまいそうです。そうすれば当然あっさりと切り捨てられるでしょう。


 ならば、必死に待ちます。後の先とは言いませんが、自分の実力ではどうあってもクレムに一撃を入れることも叶わないでしょう。ならせめて、受ける――。


 沈黙の間は、一体どれほど続いたでしょうか。クレムのほうは顔色一つ変えませんが、自分のほうは既に全身が汗で濡れるほどの極限状態です。しかし動くわけにはいきません。自分は今持つ運の全てを賭けて、彼の初太刀を受けねばならないのですから。


 汗が額を伝い、目に入って瞬きをした一瞬。


クレムがすっと身を揺らします。次に来るのは、恐らく片角を討ったときのあの動き。

目にも止まらぬ高速の歩法と渾身の切り上げ。身体の小さいクレムなら、必ず懐に潜ろうとするはずです。


 フッと小さな身が残像も残さず消える。それを悟ると、自分はダガーを身体の前で構え、そこに振るわれるかも分からない斬撃に備えました。


 瞬間、猪に突き上げられたかのような衝撃が身体に奔ります。見下ろせばクレムの姿は既に眼下にあり、長剣を振り上げ自分のダガーとぶつかり合ったところでした。


 その時のクレムの顔は、自分の全霊の防御で剣戟を受けられたことに驚きを隠せないようでした。しかし自分の出来ることは此処まで。その後に反撃するなど考えてもなく、ただ振るわれるままに身体は宙に浮いて吹き飛ばされます。


 グルグルと世界が回る。一体あの小さな身体のどこにそんな膂力があるのでしょう。自分は立っていた位置から十メートルほど吹き飛ばされ、顔面から地に落ちたのでした……。




 目が覚めると、クレムが心配そうに自分を覗きこんでいました。


「よ、よかったぁ。目が覚めましたかお兄様」


「あー、自分死にました?」


  いまいち記憶が判然としないままそう口にすると、ルルエさんがニヤニヤと横から首を出します。


「生きてるわよぉ、よく出来ました! これで賭けは私の勝ちねぇザーツ?」


「ケッ! 糞餓鬼が、何うちの孫の本気の一撃受けて生きてやがる……オラ持ってけぇ!」


 そう言ってザーツ様は一枚の金貨をピンと弾き、ルルエさんへ放ります。受け取ったルルエさんはこれでもかという下種な笑顔を浮かべていました。


 こいつら人の生死で金賭けてたんかい!?


「おい餓鬼」


「は、はい……」


 まだフラフラとする頭を押さえながら立ち上がると、ザーツ様が睨むように自分を覗きこみます。


「なんでクレムの初撃が分かった? てめぇの実力じゃまともに見えていなかったはずだ」


「以前、クレムの動きを見たことがありましたから……来るならそれだろうと当たりを付けて、全力で防御しました――それごと吹き飛ばされましたが」


 ふん、とザーツ様はご立腹の様子でしたが、自分がそれ以上追及されることはありませんでした。代わりにクレムくんが被害を被っていますが。


「おいクレム! 不利を利用するのはいいが相手に予測されるような同じ動きはするな! こんなド素人が一回見ただけで破られてんだぞ、反省しろ!」


「は、はいぃ~、ごめんなさい……」


 シュンとしょげるクレム。でも自分が思うに、これがクレムの考えうる最大の手加減だったのでしょう。一度見ているならもしかしたら、と。


 でもめっちゃ驚いた顔してましたけどね?


「まったく、仕方ねぇ……合格だっ! 適当に理由付けて追い返すつもりだったが、生きてるなら砂粒程度には認めてやる」


「あっ、お断りして宜しかったんですよ?」


「糞餓鬼っ! 俺が稽古付けてやるって言ってんだ! つべこべ言わず死ね!」


 だからどいつもこいつも死ぬの前提で鍛えるのやめてくれませんかね!?


 こうして死ね死ねと言われながら、自分はザーツ様の修行を受けることになったのです…………死にたくない!!

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