Sugar Bowlにて ♪「Come to me」Bobby Caldwell

 二人でこの店に来るのは何年振りになるだろうか。同じ東京に住んではいるけど、“学生”と“OL”とお互いの立場が違うので、田舎に帰れる時期も違ってなかなか二人でこの店に来れていなかった。

 角のソファの席は健在だったけど、籐のついたては無くなって、お店中にオープンなスペースになっていた。

 時間と場所を惜しんでキスするほど若くなかったけど、構わず、いつものソファ席に座った。

 久し振りだからじっくりメニューを見たけど、やはり、注文したのはいつもの名物の自家製ハンバーグカレーとブレンドコーヒーのセットだった。そして、彼女は、なんとかスパゲティとカフェオレだった。


 時々、思い出したかのように昔話を断片的にしてみるものの不思議と会話は弾まない。座る席は同じでも、口に入るメニューは同じでも、店内で掛かる曲は同じでも、やはり、高校生の頃とは違うのだ。お互いに口には出さないものの、きっと同じことを感じていたに違いなかった。

 ただ、それを認めたくなくて、断片的な思い出話を口にし、そうでないときは、僕は煙草を口にし、ただ、カウンターに置かれたグラスや、壁にかかったアンティークの時計や、テーブルに置かれた紙のマットを眺めながら、お店を出た後どうするかを考えていた。

 だけど、彼女がもっと先のことを考えていた、なんて知る由もなかった。


 

「ということで、終わりにしましょう」


「そんなこと急に言われたって、返事のしようが無いよ」


「こういうことって、大概、急なもんよ」


「俺は、納得できない」


「私は、納得できてるわ」


「そりゃそうだろうよ。そうでなきゃ別れを口にするはずない」


「君は、もう二年、東京に居る。私は、こっちに帰ってくる。はっきりしてるわ」


「俺だって、こっちに何回か帰ってくるよ」


「無理よ。君は、田舎が大嫌いだから。そして、私は東京が大嫌いなの」


「そんなこと言ったって…」


「いいのよ、無理しなくても。無理はいけないわ。私も、君も」


「俺が帰ってきたら、また、この店で会ってくれる?」


「ううん。会わないわ。もう。私だって平気で言ってるわけじゃないの。わかって」


「ずいぶん平気そうに見えるけど…」


「ばか…」


 彼女は、慌ててセカンドバックからハンカチを取り出して目に当てた。そして、うつむいたまま、しばらく、泣き声が店内に聞こえないように、肩だけ小さく上下に動かして耐えていた。

 これが別れのシーンでなければ、彼女の肩をそっと抱くところだけど、それは、はばかった。どうしていいのかわからず、しょうがないから足を組みなおして煙草を口にくわえた。


 店内のBGMがもう少し大きかったら、彼女の嗚咽が目立たないのに… そんなことを考えながら次の言葉を探すのだけど、いつまでたっても見つからなかった。



♪「Come to me」by Bobby Caldwell

https://www.youtube.com/watch?v=RpnIwCEBuFE





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