Sugar Bowlにて ♪「Baby Come Back」PLAYER

 前に来たときは深緑色だったのに、夕暮れの時間でも遠くからわかる白いペンキに塗りなおされていた。

 木造2階建ての一階は、アイビー系の服が売られている店だけど、ドアを開けたことすらなかった。所詮、お金がない貧乏高校生の僕にとって、顔のないマネキンが着ている服は“雑誌の世界”でしかなかった。


 服屋の入り口の横にある木造の階段を登っていくと、ガラスのドアがあって、それを押すと「カラカラ」と鈴の音がやさしく鳴った。

 40歳代と思われるママさんがメニューを持ってくる前に、僕らは、いつもの角のソファ席に座った。そして、いつものように、開いたメニューがテーブルに置かれる前に僕らはそれぞれの飲み物を注文した。

「はい。少々お待ちください」と、学生服姿の僕らにも丁寧に言葉を残してママさんが厨房に姿を消すのを確認してから、僕らは、いつものように短いキスをした。



「なんで、女の人はキスするときに目を閉じているの?」


「女の人?」


「あ、いや、テレビや映画でもそうだろ、たいがい。ていうか、お前はなんで目を閉じているの?」


「じゃあ、なんで、君は目を開けているの?」


「あ、いや、その… 目を閉じてうっとりしている顔を見たいからさ」


「じゃあ、わかってるじゃない。うっとりしてるのよ」


「そっか。うっとり… する? やっぱり?」


「何を馬鹿なこと聞いてるのよ」


「じゃあ、もう一回」


「来たわよ。コーヒー」


「お待たせしました。ブレンドコーヒーとウインナコーヒーです。ごゆっくりどうぞ」


 いつものことだけど、この時間に僕ら以外に客はなく、ママさんも飲み物を出すと厨房に引っ込んでしまう、大変、“良心的な”お店だ。しかも、角のソファ席は、横に3~4人並んで座れるゆったりしたもので、籐でできたついたてが他の席からの目隠しになっている。

 僕らは、飲み物に口を付けては、他愛もない話しをして、そして、飲み物に口を付けては、無邪気に唇を重ねた。

 いつも不思議に思うけど、目を閉じてこうやってキスをしてるのに、そのあとに話す内容は本当にどうでもいい内容で、しかも、彼女の顔はキスの余韻のひとかけらもない表情をしている。

 きっと、どっちがホンモノなのかそれを確かめたくて、僕は何度も唇を合わせようと思ったのかもしれない。


 Sugar Bowlの2階の窓の向こうは群青色の夜空に変わって、二人ともとっくにカップが空になっていたけど、僕らは短い話と短いキスを繰り返した。




 Sugar Bowlでは、店内のBGMとしてAORが流れていることが多かった。

 PLAYERの「Baby Come Back」は、お店で繰り返し流された。大げさではなく、お店に来るたびに流れていた気がする。

 今の洋楽をよく知らないけど、この当時のこの手の曲には“隙間”があったと思う。寄り添ってくれたり、染みこんできたり、頷いてくれたり、その逆に、放っておいてくれたりする“隙間”だ。



♪「Baby Come Back」PLAYER

https://www.youtube.com/watch?v=Hn-enjcgV1o




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