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「好きです」


 なんて、短い台詞せりふだろう。3年以上も大塚さんを見つめてきて、たったその一言が言えなかったなんて。


 失恋するのは決まってる。だったら盛大に当たってくだってやる。夏の夜空に大輪の花を咲かせて消える花火のように、引き際まで美しく……とはいかないかもしれないけど。

 ぼくはこの失恋を、きっと、一生引きずることになる。未練たらたらで、大塚さんと先生の姿を恨みがましく目で追うだろう。教室で、廊下で、職員室で、卒業したあとは、妄想の中で。


 直立不動で、大塚さんをまっすぐに見つめて、大きな声で、はきはきと言う。


「中学二年のとき、大塚さんが聖書を貸してくれたあの始業式の日から、これまでずっと好きでした。『私たち、前に話したことがあるんだよって、覚えてる?』って、大塚さんはぼくに聞いたけど、もちろん、めちゃくちゃ覚えてる。忘れられないよ。だって、ぼく、一目惚れだったんだ」


 大塚さんの顔が赤いのは、どうせ、オレンジ色の西日のせいだ。


 でも、かまわない。


「好きだったよ、ずっと。大塚さんには、ほかに好きな人がいるって知ってるけど、それでも、言えてよかった」


 うん、うん、とぼくは自分に納得させるように頷く。


「ぼく、ちゃんと言ったから。告白しても、大塚さんと付き合えるわけじゃないってわかりきってても、言ったよ。ねぇ、大塚さん」


 ぼくは一歩、大塚さんに近づいた。彼女がぼくを見上げる角度が高くなる。


「大塚さんも、頑張って。好きなら好きって、伝えてきなよ。大塚さんの告白は、きっと、大丈夫だから」


 きっとっていうか、絶対、ね。

 だから、怖がらずに、佐々木先生のところへ行っておいでよ。


「じゃ、そういうことで。あ、今日のぶんの学級日誌は、もうぼくが書いて、桑原先生に渡しておいたから」


 最後の方は駆け足になって、ぼくは言いきった。呆然ぼうぜんとする大塚さんを残して、ぼくは教室を飛び出す。危ない、もう少しで正気に戻るところだった。いまさら気持ちが高ぶってきた。


「わあああああああああああああああああああ」


 ぼくは廊下を走りながら、ひたすら叫んだ。

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