19


 大塚さんが帰ったあと、ぼくの熱はぐんと上がって、起き上がるのもままならないほどになった。

 母さんから電話で知らせを受けたらしいばあちゃんが夜にやってきて、このとき初めて薬を飲んだ。それでも、体調は一向に回復しなくて。

 せっかくの日曜日も、一日中たっぷり寝込んだ。


 そして、月曜日。

 運命の日まであと3日に迫ったこの日。

 ぼくは学校に復帰した。ある、大きな覚悟を決めて。


「おはよう」


 机でもくもくとワークブックの問題を解いている大塚さんに声をかけた。

 思えば、大塚さんに自分から挨拶したのは、これが初めてだった。

 彼女から、返事はない。

 ワークブックに集中していて、気づかなかったのだろうか。

 その時、数人の女子が大塚さんにわらわらと話しかけた。大塚さんは顔を上げて、笑顔でその子たちと話しだす。

 ぼくは華やかなその空間に気後れして、すごすごと自分の机に退散した。いや、退散しようとして、踏みとどまった。ちょっとごめん、と女子たちを押しのけて、大塚さんの前に迫る。バン、と大塚さんの机に手を置くと、彼女はびくっとぼくを見た。


「あの」


 言え、言うんだ、ぼく。


「あとで話があるんだ」


 表情を止めた大塚さんの顔の中で、唯一、瞳だけが揺れている。ぼくはこれまでで一番長く、大塚さんの目をじっと見つめた。


「放課後、ちゃんと残っててね」


 学級日誌を毎日ふたりで書く。そう決めごとをしているけれど、今日はなんとなく、釘を刺しておかなければ、大塚さんが逃げ帰ってしまうような気がしていた。


「いい?」


 ダメ押しで確認すると、大塚さんの頬がゆっくり赤くなっていって、こくん、と一度だけ頷いた。

 ぼくは満足して、やっと自分の席に着く。いまの意味深なやり取りに、教室がざわざわとうるさいけど、知ったことか。

 無視して、鞄から出した教科書類を引き出しに押し込んでいく。


 そういえば、今日の大塚さんはポニーテールだった。

 二つ結びも可愛いけれど、やっぱりぼくは、大塚さんのポニーテール姿が好きだ。


 妙に、気持ちが落ち着いていた。静かな冬の海のようだ。嵐の前の静けさ、という言葉が頭をよぎった。


 ぼくは、今日、大塚さんに告白する覚悟を決めた。


 最後の最後。ぼくが大塚さんに思いを告げることで、ぼくもこうやって頑張ったんだから、大塚さんも、頑張って好きな人に告白してほしいと、そうやって後押しするんだ。


 これが失敗したら、もういい作戦なんて何もない。完全にお手上げだ。

 ぼくは大塚さんの失恋の責任をとって、いさぎよく死のう。


 そして、放課後。

 何が始まるのかと、なかなか帰らないクラスメイトの最後の一人が出て行った教室の中、大塚さんは、ちゃんと残ってくれていた。

 いよいよだ。

 ぼくはゆっくり、小塚さんの机に歩いていく。

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