16


 放課後の、2時間の部活動の時間がなくなって、かわりに20分間の学級日誌を書く時間ができて。

 オレンジ色の光が差し込む放課後の教室で、大塚さんとふたりきり。西日に当たると、大塚さんの黒髪は、濃い栗色に変わる。黒い目も、同様に。


「佐々木先生に借りた『カゲロウ』、すごく面白いよ」


 学級日誌を書きながら、大塚さんが微笑む。一角一角、ゆっくり丁寧に書く、そのリズムが、ぼくは好きだなと思う。


「天谷くんも好きなの?」

「え……?」


 一瞬、何のことを言われているかわからなかった。

 もしかして、ぼくが大塚さんを好きってこと、バレた?

 心臓が痛いくらいに激しく鼓動した。


「富田太郎、天谷くんも好き?」

「あ、ああ……」


 富田太郎のことね。

 びっくりした。まだ、心臓がバクバクいってるよ。


「うん、まぁ、ぼちぼち」


 あいまいな答えを返す。

 朝読書の時間に、2冊くらい、読んだことがあったかもしれない。題名ははっきり思い出せないけど。


「ねぇ、本当は天谷くんが借りたかったんじゃない?」

「え?」

「私、佐々木先生に聞いてみるよ。このまま天谷くんに貸してもいいかって」

「いいよ、別に」

「だって、最初に『カゲロウ』に興味持ってたのは、天谷くんなのに。明日、佐々木先生に会いに行くから、そのときに───」

「いいってば!」


 大塚さんは、なんだか目に見えてはしゃいでて、佐々木先生の名前を出して嬉しそうにぼくに笑いかける大塚さんを見たら、ついカッとなってしまった。

 大声をあげる資格など、ぼくにはないのに。だって、ぼくは大塚さんの何でもない。ただの、そう、ただの、大塚さんの恋の応援者だ。すぐに気分が落ち込んで、しゅんと謝る。


「ごめん」


「ううん。私こそ、押しつけがましくて、ごめん。天谷くんも読者になってくれたら、感想言い合えるかなって、ちょっと、思っただけなの」


 少し切なそうに、大塚さんが微笑んだ。


 ズキズキ、胸が痛む。

 呼吸が苦しくて、体が重くて、水の底にいるみたいだ。

 耳鳴りが、頭の中に響いてる。ぐわん、と視界が揺れた。


「あのさ」

 気づけば口が勝手に開いていて、


 言っちゃだめだ!


 冷静なぼくが言うのに、ぼくは自分が止められなかった。


「そんなふうに、ぼくに笑いかけないでくれる?」


 ほかに、好きな人がいるくせに。


 刺すように冷たい声が、教室をしんとさせた。


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