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そのぼくは、すごく幼い。たぶん、小学校一年生とかだと思う。
不機嫌そうに眉をよせて、ばあちゃんを
ばあちゃんは、バスの席を、ご老人に
でも、今思えば、このときのばあちゃんはまだ50代で若く、席を譲ったご老人は80歳の、ザ・老人ってかんじのじいさんだった。
せっかくばあちゃんが席を譲ったのに、そのじいさんは、ばあちゃんを
余計な世話じゃ。くそったれ。ほっとけ、ばかたれ。
それに対してばあちゃんは、「ごめんなさいね」と謝った。
老人扱いされてむかついたのかもしれないけど、じいさんの対応はあんまりだ。断るにしても、お礼を言うとか、あっただろうに。
「さいしょから、声なんて、かけなければよかったんだ」
じいさんが言うように、放っておけば。
ぼくはばあちゃんに怒った。本当は、じいさんに怒りたかったのに、怖くてできなくて、行き場のない怒りをばあちゃんにぶつけてしまった。
「あさひ」
ばあちゃんは、こまった子だねというように微笑む。
「情けは人のためならず、というだろう? 人に対して親切にしていれば、巡り巡って、いつか自分にいいことが返ってくる。そういうふうに、世の中はできてるんだよ」
人に親切に。人のために。人がいやがることも率先して。
教えのとおり、そうやってきたけどさ───
「いいことなんてないじゃん、ばあちゃん」
居間に入ると、ばあちゃんが朝刊から顔を上げ、老眼鏡ごしにぼくを見た。
看護師をしている母さんが昨日は夜勤で、ぼくはばあちゃんちに泊まっていた。
「おや、早いね、あさひ。朝ごはん、もう食べるかい? こまったね、まだ米が炊きあがってないんだ」
はぁ、まったく。
「朝ごはんより、孫の命の心配をしてよ」
げんなりしながら座卓に着く。
「あと6日だったね」
今日は晴れだね、みないなテンションで言うばあちゃん。
ぼくの生死なんて、本気で興味がないみたいだ。
ぼくってば一応、一人っ子で、唯一の孫のはずなんだけど。
「元気がないね」
「そりゃ、死期が近いもんで」
「諦めたのかい」
「さぁ」
「情けないね~」
天谷の男だろ、しゃんとおし。
台所に立ったばあちゃんの、くぐもったお叱りが飛んでくる。
生き死にがかかってるんだ。ぼくだって、しゃんとしたいのはやまやまだけど、でも。
思い出すのは、佐々木先生にクッキーを褒められたときの、大塚さんの照れ笑い。
あのときぼくは大塚さんの顔が見えない位置にいたから、彼女の照れ笑いは妄想上のものでしかないけど、再現度には自信がある。三年以上も、色んな表情を観察してきたのだ。録画したチャンネルを回すように、はっきりその表情を取り出すことができる。
「ほら、さっさとごはん食べて、学校行きな」
どんと置かれた山盛りごはん。
温かい味噌汁が、骨身に染みた。
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