14

 

 そのぼくは、すごく幼い。たぶん、小学校一年生とかだと思う。

 不機嫌そうに眉をよせて、ばあちゃんをにらんでる。


 ばあちゃんは、バスの席を、ご老人にゆずった。ぼくの目には、ばあちゃんもじゅうぶん老人に見えるのに、ほかの人に席を譲るなんておかしいと思った。


 でも、今思えば、このときのばあちゃんはまだ50代で若く、席を譲ったご老人は80歳の、ザ・老人ってかんじのじいさんだった。

 せっかくばあちゃんが席を譲ったのに、そのじいさんは、ばあちゃんを罵倒ばとうした。


 余計な世話じゃ。くそったれ。ほっとけ、ばかたれ。


 それに対してばあちゃんは、「ごめんなさいね」と謝った。

 老人扱いされてむかついたのかもしれないけど、じいさんの対応はあんまりだ。断るにしても、お礼を言うとか、あっただろうに。


「さいしょから、声なんて、かけなければよかったんだ」


 じいさんが言うように、放っておけば。

 ぼくはばあちゃんに怒った。本当は、じいさんに怒りたかったのに、怖くてできなくて、行き場のない怒りをばあちゃんにぶつけてしまった。


「あさひ」

 ばあちゃんは、こまった子だねというように微笑む。

「情けは人のためならず、というだろう? 人に対して親切にしていれば、巡り巡って、いつか自分にいいことが返ってくる。そういうふうに、世の中はできてるんだよ」


 人に親切に。人のために。人がいやがることも率先して。

 教えのとおり、そうやってきたけどさ───


「いいことなんてないじゃん、ばあちゃん」


 居間に入ると、ばあちゃんが朝刊から顔を上げ、老眼鏡ごしにぼくを見た。

 看護師をしている母さんが昨日は夜勤で、ぼくはばあちゃんちに泊まっていた。


「おや、早いね、あさひ。朝ごはん、もう食べるかい? こまったね、まだ米が炊きあがってないんだ」

 はぁ、まったく。

「朝ごはんより、孫の命の心配をしてよ」

 げんなりしながら座卓に着く。

「あと6日だったね」

 今日は晴れだね、みないなテンションで言うばあちゃん。

 ぼくの生死なんて、本気で興味がないみたいだ。

 ぼくってば一応、一人っ子で、唯一の孫のはずなんだけど。


「元気がないね」

「そりゃ、死期が近いもんで」

「諦めたのかい」

「さぁ」

「情けないね~」

 天谷の男だろ、しゃんとおし。

 台所に立ったばあちゃんの、くぐもったお叱りが飛んでくる。


 生き死にがかかってるんだ。ぼくだって、しゃんとしたいのはやまやまだけど、でも。


 思い出すのは、佐々木先生にクッキーを褒められたときの、大塚さんの照れ笑い。

 あのときぼくは大塚さんの顔が見えない位置にいたから、彼女の照れ笑いは妄想上のものでしかないけど、再現度には自信がある。三年以上も、色んな表情を観察してきたのだ。録画したチャンネルを回すように、はっきりその表情を取り出すことができる。


「ほら、さっさとごはん食べて、学校行きな」


 どんと置かれた山盛りごはん。

 温かい味噌汁が、骨身に染みた。

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